プロモソングは本編にも必須?

 2021年9月20日にインドの最高裁判所が興味深い判決を出した。ヒンディー語映画界最大のコングロマリット、ヤシュラージ・フィルムスに対し、同社が製作した映画「Fan」(2016年)の観客に15,000ルピーの賠償金を支払うように命じたのである。その経緯は以下の通りである。

 「Fan」は2016年4月15日に公開された映画で、シャールク・カーンが主演である。この映画の公開前に、以下の「Jabra Fan」というビデオがプロモーションの一環として放映・配信された。

 マハーラーシュトラ州アウランガーバードに住む教師アフリーン・ファーティマー・ザイディーとその子供たちは、このプロモーションビデオを見て、「Fan」を映画館で観ることを決めた。ところが、いざ映画を観てみると、映画本編にはこの「Jabra Song」が全く含まれていなかったのである。映画館のミスでそのシーンが落ちてしまったわけではなく、最初からこのシーンは本編に入っていなかった。彼女は騙されたと感じ、裁判を起こした。

 映画本編に使われないダンスシーンがプロモーションとして放映・配信される行為は、最近のヒンディー語映画で定着しつつある慣行である。かつて、映画の中に挿入されるダンスシーンは、切り出されて、予告編としてテレビなどで放映され、観客動員の一助となって来た。だが、ヒンディー語映画を中心に、映画の中にダンスシーンが挿入されることが少なくなって来ていることに伴い、それでもプロモーションを効果的に行うために、様々な工夫がなされるようになっているのである。

 例えばよくあるのは、冒頭のタイトルクレジットや、エンディング後のエンドクレジットに、本編とは関係ないダンスシーンを入れることだ。これならば映画のストーリー部分の雰囲気を損なわずに、プロモーションにも使えるダンスシーンを入れ込むことができる。

 それがさらに簡略化されて行き、純粋な予告編としての利用のみを目的とし、本編では全く使われないダンスシーンが作られ、放映・配信されるようになったのが、「Fan」の「Jabra Fan」に代表されるものであった。他にもこのような例は増えている。

 映画ではなく商品に置きかえて考えてみれば、原告の主張も分からないでもない。広告などで消費者に対し提示されていた特徴、機能、デザインなどが、購入して商品を実際に手にしてみたときに、異なっていたり存在していなかったりしたと分かったら、日本で言えば景品表示法違反となり、訴えたくもなるだろう。果たして、映画のプロモーションビデオが、景品表示と同じ扱いになるのか。注目されていた判決であった。

 原告がまず訴えたのは地方裁判所であったが、そこでは訴えは退けられた。次に彼女は州消費者紛争救済委員会(State Consumer Disputes Redressal Commission)に相談し、同委員会はヤシュラージ・フィルムスに対し、原告に15,000ルピーの賠償金を支払うように命じた。ヤシュラージ・フィルムスはその命令について不服を申し立てたが、同委員会の命令は変わらなかった。そこでこの訴訟は最高裁判所までもつれ込むことになり、2021年に最終的な判決が出たという訳である。

 ヤシュラージ・フィルムスは、特定の曲を映画本編では使わずにプロモーションにのみ使用するのは業界の慣行だとし、また、どのシーンを最終的に残すかはプロデューサーや監督の専権事項であって、大衆は自身の期待に添うようなストーリーを要求できないと主張していたが、聞き入れられなかった。それに対し最高裁判所は、予告編は予告編であって、映画本編で使われないと分かっているものを使ってマーケティングをすることは適切ではないと断じた。

 今回の判決は、今後のインド映画の作りに多少の影響を及ぼすかもしれない。