Chehre

3.5

 スイス人作家フリードリヒ・デュレンマットの小説「A Dangerous Game」(1956年)を原作とした映画は今までインドで、マラーティー語映画「Shantalal Court Chaalu Aahe」(1971年)、カンナダ語映画「Male Nilluvavarege」(2015年)、ベンガル語映画「Anusandhan」(2021年)が作られている。2021年8月27日には、同じ小説を原作としたヒンディー語映画「Chehre(顔)」が公開された。

 監督は「Gali Gali Chor Hai」(2012年)などのルーミー・ジャーファリー。アミターブ・バッチャンが特別出演扱いで出ているが、はっきり言って主役級の存在感を示している。他に、イムラーン・ハーシュミー、クリスタル・デスーザ、リヤー・チャクラボルティー、アンヌー・カプール、ドリティマーン・チャタルジー、ラグヴィール・ヤーダヴ、スィッダールト・カプール、サミール・ソーニーなどが出演している。

 大雪の中、デリーに向かって自動車を走らせていた実業家サミール・メヘラー(イムラーン・ハーシュミー)は、倒木で道が塞がれてしまっていたことから、途中で会った老人パラムジート・スィン・ブッラル(アンヌー・カプール)に連れられて、パラムジートの友人で老紳士ジャグディーシュ・アーチャーリヤ(ドリティマーン・チャタルジー)の家に行く。そこでは老人ハリヤー(ラグヴィール・ヤーダヴ)、若い女性アナ(リヤー・チャクラボルティー)、青年ジョー(スィッダーント・カプール)がおり、やがて後から老人ラティーフ・ザイディー(アミターブ・バッチャン)もやって来る。

 ジャグディーシュは元裁判官、パラムジートは元弁護士、そしてラティーフは元検察官だった。彼らは毎夕集まって裁判ごっこをしていた。サミールも参加することになる。サミールの役割は被告であった。そして、ラティーフの尋問に従って答えて行く内に、彼がつい最近行った罪が明らかになって行く。

 サミールはとある広告会社に勤めていたが、社長のオスワル(サミール・ソーニー)を嫌っていた。あるとき、サミールは偶然、オスワルの妻ナターシャ(クリスタル・デスーザ)と出会う。彼女が社長の妻だとは知らず、サミールはナターシャと会うようになる。ナターシャはサミールに、オスワルを一緒に殺害する計画を持ちかける。オスワルは一度心臓発作を起こしており、次に心臓発作を起こしたら命が危なかった。二人はオスワルにわざとショックを与え、しかも注射を打って殺す。だが、ナターシャはサミールを利用しただけだった。それを知ったサミールは、オスワルが死ぬことで手に入る資産の一部を渡すようにナターシャと交渉した。サミールがデリーに向かっていたのは、ナターシャから取り分を受け取るためだったのだ。

 最初は、何の罪も犯していないと言っていたサミールだったが、ラティーフの巧みな尋問によって、罪が明らかになって行く。ジャグディーシュはサミールを有罪とし、死刑を宣告する。この遊びを真に受けたサミールは家から逃げ出すが、崖から落ちて死んでしまう。

 その後、ジャグディーシュの家にはナターシャがやって来る。ラティーフらはナターシャを温かく迎え入れる。

 吹雪の中、森林の中の一軒家に厄介になった主人公サミールが、そこに集う不思議な老人たちの遊びに付き合うことになり、やがて彼が抱える過去の出来事が明らかになって行くというストーリーだった。雪の中、迷い込んだ邸宅で主人公が狂気に遭遇するというストーリーラインは、ハリウッドの傑作ホラー映画「ミザリー」(1990年)を想起させるし、序盤の展開は、よくある密室型殺人事件の走り出しともよく似ていた。だが、引退した裁判官、検察官、弁護士がサミールを交えて裁判ごっこを始めるという意外な展開を迎え、出演する俳優たちの、水を得た魚のような自由な演技のぶつかり合いが非常にエキサイティングな映画に仕上がっていた。

 圧巻なのはアミターブ・バッチャンの演技だ。若い頃は「アングリーヤングマン」と呼ばれ、権力や抑圧への抵抗の象徴となる役柄を演じて人気を博して来た大御所俳優アミターブは、そのカリスマ性に加え、元々高い演技力を備えており、キャリアを重ねるごとに度々その演技力を存分に披露して来た。「Chehre」のアミターブはなぜか特別出演扱いであるが、主役級の出番があり、しかも彼の圧倒的な演技力の上にこの映画は成り立っていると言って過言ではない。特に裁判ごっこの最後で彼が行う論告の長いスピーチは、彼のベストの演技のひとつと評していいだろう。

 さらに、アミターブと初共演のイムラーン・ハーシュミーも、どうしても今までの出演作の傾向から、プレイボーイやワルのイメージがこびりついているのだが、確かな演技力を持っている俳優でもある。それがまた十分に発揮されていた。しかも、アンヌー・カプール、ドリティマーン・チャタルジー、ラグヴィール・ヤーダヴなど、重鎮と言っていい俳優たちが揃っており、彼らの競演はゾクゾクして来る。

 重厚な演技の男優陣に対し、女優陣の方は圧倒的に力不足で、まだ駆け出しのクリスタル・デスーザや、VJ出身のリヤー・チャクラボルティーなど、小粒感は否めなかった。

 ほとんど密室において登場人物同士の会話を通して前へ進んで行く映画であり、第一にはウィットに富んだ台詞回しを楽しむ映画である。回想シーンでも、映像で語られる部分は多くなく、会話が主体である。さらに、元裁判官、元検察官、元弁護士が会話をし、裁判ごっこまで始めるわけで、その台詞の中には裁判用語が多く含まれるのは必定である。英語も適宜混ぜられるが、目立つのはウルドゥー語の言い回しである。歴史的な理由から、裁判用語にはアラビア語・ペルシア語の語彙が多く、端からはウルドゥー語的と表現されることになる。

 アミターブ演じるラティーフの論告では、2012年のデリー集団強姦事件、インドで頻発するアシッド・アタック(主に女性の顔に対して酸を掛ける行為)、2016年のウリ襲撃とそれに対するサージカルストライクなどが言及されており、2010年代のインドの問題を総まとめしている。

 「Chehre」は、密室が舞台で、場面の転換が少ない分、アミターブ・バッチャンやイムラーン・ハーシュミーなど、俳優たちの演技とその競演を存分に楽しめるサスペンス映画に仕上がっている。最後のまとめ方は凡庸だったが、そこに辿り着くまでの過程はとてもエキサイティングだ。低予算映画ではあるが、佳作である。