Bell Bottom

3.0

 2021年8月には、似たテーマのヒンディー語映画が複数公開された。実話をベースにし、敵としてパーキスターンを名指しにし、そして愛国主義高揚を目的とした映画である。8月12日にスィッダーント・カプール主演「Shershaah」(2021年)、8月13日にアジャイ・デーヴガン主演「Bhuj: The Pride of India」(2021年)がOTT(配信スルー)公開され、満を持して8月19日に劇場公開されたのがアクシャイ・クマール主演「Bell Bottom」であった。

 「Bell Bottom」は、第3次印パ戦争後にインドの航空機で発生した一連のハイジャック事件を取り上げており、特に1984年8月24日のIC(インディアン・エアラインス)421便ハイジャック事件を映画化している。

 監督はランジート・M・ティワーリー。「D-Day」(2013年)などで助監督を務めていた人物で、過去にも何本か映画を撮っている。主演は前述の通りアクシャイ・クマール。他に、ラーラー・ダッター、ヴァーニー・カプール、フマー・クライシー、アーディル・フサイン、デンジル・スミス、ザイン・カーン・ドゥッラーニー、ドリー・アフルワーリヤーなどが出演している。

 インディラー・ガーンディー(ラーラー・ダッター)政権時代の1984年8月24日、インディアン・エアラインスの航空機がハイジャックされた。諜報機関RAWのハイジャック専門家ベルボトム(アクシャイ・クマール)が召喚され、事件を担当することになる。ベルボトムは、過去に母親をハイジャックで失ったことがあり、以後、ハイジャックの防止に一生を捧げて来た。妻のラーディカー(ヴァーニー・カプール)には、RAWで働いていることは秘密だった。

 ハイジャックされた飛行機は一旦アムリトサルに着陸し、その後、ラホールに着陸する。パーキスターンのズィヤーウル・ハク大統領はインドにハイジャック犯との交渉を提案するが、ガーンディー首相は断る。飛行機は今度はドバイに着陸し、テロリストの解放や身代金などを要求して来た。

 ベルボトムとチームはドバイに飛び、人質の解放に全力を尽くす。だが、パーキスターンの諜報機関ISIも現地で状況を観察しており、ベルボトムの作戦は次々に失敗する。その失敗の原因のひとつには、ベルボトムの支援に入っていた空港職員アディーラー(フマー・クライシー)がISIと内通していたこともあった。

 万事休すとなり、ハイジャック犯が人質や解放されたテロリストたちを連れて飛行機を乗り移るタイミングに、ドバイの空港を砂嵐が襲う。この好機にベルボトムはハイジャック犯を一網打尽にする。こうして、一人の死傷者も出さず、犯人を逮捕し、人質を救出することに成功した。

 実際のハイジャック事件をベースにした映画と言うと、ソーナム・カプール主演「Neerja」(2016年)があったし、さらに範囲を広げて、空輸の物語となると、アクシャイ・クマール主演「Airlift」(2016年)があった。飛行機や空港を舞台にした映画は、その密室性や特異な環境からか、緊迫感あふれる映画になりやすい気がする。「Bell Bottom」もクライムサスペンス映画として良くまとまっていた。

 主人公が過去にハイジャックで母親を失っているという人物設定には、家族の絆を映画に何が何でも盛り込もうとするインド映画の特徴がよく表れている。しかも、母親が命を失った事件の首謀者が、今回のハイジャック事件でも主犯格になっており、因縁の対決になっていた。

 また、最近のヒンディー語映画では、名指しでパーキスターンが敵として登場するが、「Bell Bottom」においても、パーキスターンの当時の大統領ズィヤーウル・ハクや、ISIのトップが登場し、ハイジャック犯たちを裏で操っていた。「Bell Bottom」で映画化されたハイジャック事件は、表向きはパンジャーブ州の独立を目指すカーリスターン運動関連とされていたが、ハイジャック専門家のベルボトムの主張では、第3次印パ戦争後に起こったハイジャック事件の多くは、バングラデシュ独立によって国土を失ったパーキスターンが、インドを内部分裂させるために行っている作戦の一部だとされていた。

 ただし、「Bell Bottom」は、IC421ハイジャック事件をベースにしているものの、かなりフィクションが織り込まれており、全てを事実だと捉えるのは間違いだ。事実なのは、この事件においてハイジャックされた航空機が最終的にドバイに着陸し、ドバイ政府によって逮捕された犯人がインドに送還され、人質が全員無事に解放されたことである。その背後にRAWの活躍があったと噂されているが、諜報機関の作戦は公表されることはないため、あくまで諸説のひとつに留まっている。「Bell Bottom」は、その仮説を想像力豊かに映画化した作品だと言える。

 映画を観ていると、当時のインドがいかに弱腰外交をしていたかが批判されているようにも感じられた。第3次印パ戦争後、印パ関係は小康状態を維持していたようである。パーキスターンは、バングラデシュ独立の恨みを果たすため、裏ではインド内部分裂を画策していたが、表向きは友好的な対インド外交を展開していた。それに騙されたインド政府は、パーキスターンを表立って批判することを控えていたようである。当時、ハイジャック事件が頻発しており、ハイジャックされた航空機は決まってラホールに着陸していた。そしてパーキスターン政府がインド政府に代わってハイジャック犯と交渉していた。また、人質を一人でも犠牲にしたら有権者から非難を浴びるという、いわゆるゼロリスク主義もインドに横行していた。しかしながら、全てはパーキスターンとISIの策略だったと主張されていた。ハイジャック犯は裏でISIによって操られており、全く自作自演だったのである。その弱腰外交を断ち切ったのが、ベルボトムの強い信念であった。

 主演のアクシャイ・クマールは、信念を持ち才能に恵まれたRAWエージェントをスターらしく演じていた。彼の他の主演作と同じ、安定した演技である。だが、キャスティングで最も意外性があったのは、ラーラー・ダッターである。彼女は今回、インディラー・ガーンディー首相を演じていた。はっきり言って、ラーラーの面影が全くなく、完全にインディラーになりきっていた。第一にはメイクアップ・アーティストの功績であろうが、ラーラー自身の演技力も物を言っていたし、何より彼女の挑戦が賞賛されて然るべきである。ヴァーニー・カプールとフマー・クライシーについては、出番は限られていたものの、好演していた。

 「Bell Bottom」は実話に基づくクライムサスペンス映画で、1984年に発生したハイジャック事件の映画化である。アクシャイ・クマール主演映画らしい、安定したヒーロー映画だ。インドにおいて、新型コロナウイルスのパンデミックに伴う第2次ロックダウン後に初めて劇場公開されたヒンディー語映画で、まずまずの興行成績を上げ、映画業界に明るい光明をもたらした。映画の内容如何よりもその点が、確実に映画史に記録されることになるだろう。