20世紀のヒンディー語映画10選

 1913年に初の完全国産映画「Raja Harishchandra」が公開されて以来、インド映画は常に進化し続け、その歴史は百年を越えるようになった。Filmsaagarで取り上げるのは主に21世紀のヒンディー語映画だが、たまには過去に目を転じて20世紀の不朽の名作を嗜んでおくことは、現代映画を理解する上でもとても大切である。

 20世紀、つまり1913年から2000年までに公開されたヒンディー語映画の中から、この10本は必ず観ておくべき、というものを選りすぐってみた。こういう企画に際しては、得てして選者の強い主観が入るものであるが、10本限定となると、どうしても誰もが不朽の名作として認める作品を選ぶだけで枠が埋まってしまうため、誰が選んでも大体同じ品揃えになるのではないかと思われる。

 また、入手の困難さも関係するのか、こういう企画において独立前の映画が選ばれることは稀であり、実質的には1947年から2000年までの半世紀の中から選ぶことになる。以下、その栄えある10本を、なるべく現代映画の鑑賞に役立つような視点で紹介する。

1.Awara(1951年)

Awara
「Awara」

 巨匠ラージ・カプール監督・主演作。ヒロインは往年の大女優ナルギス。貧しい泥棒が主人公の社会派映画で、題名の意味は「放浪者」である。

 ラージ・カプールは、現在活躍中のスター男優ランビール・カプールの祖父にあたり、「Awara」には、ラージの実の父親プリトヴィーラージ・カプールや、実の息子(かつランビールの父親)リシ・カプールなども出演している。ナルギスはサンジャイ・ダットの母親にあたる。ラージとナルギスの間に婚姻関係はないが、ただならぬ関係にあったことは当時公然の秘密であったとされる。

 ラージ・カプールの名作は多数あるが、「Awara」は海外でも大きな反響を呼んだことで、特別な地位を確立している。特に、挿入歌「Awara Hoon(私は放浪者)」は世界中で大ヒットとなった。

 日本人は、挿入歌「Mera Joota Hai Japani(私の靴は日本製)」のあるラージ・カプール監督・主演作「Shree 420」(1955年)も押さえておくべきである。日本製の靴をはいて意気揚々とステップを踏むラージの姿は、日本人には嬉しいものだ。この歌はインド人との会話の中で登場することがあるので、知っているとインド人との話題のネタになる。ただ、歴史的なインパクトという点では、やはり「Awara」の方に軍配が上がる。

 「Awara」や「Shree 420」など、ラージ・カプールの作品の多くはYouTubeで無料で鑑賞できる。

2.Pyaasa(1957年)

Pyaasa
「Pyaasa」

 巨匠グル・ダット監督・主演作。ヒロインは往年の名女優ワヒーダー・レヘマーン。売れない詩人と売春婦の間の悲恋物語で、題名の意味は「渇き」である。

 グル・ダットの妻はプレイバックシンガーのギーター・ダットで、「Pyaasa」中のいくつかの挿入歌も歌っているが、彼はワヒーダー・レヘマーンと不倫関係にあったとされる。

 独立直後の時期におけるヒンディー語映画界の表の顔がラージ・カプールだとしたら、裏の顔はグル・ダットだ。両者の作風には共通点も多いのだが、ラージ・カプールがより大衆と共鳴する悲哀を描いたのに対し、グル・ダットはより個人的かつ知的な悲哀を描いた点に大きな違いがある。

 名作が多い彼の作品群の中でも、「Pyaasa」は一、二を争う最高傑作とされている。他には「Kaagaz Ke Phool」(1959年)や「Chaudhvin Ka Chand」(1960年)などが傑作として名が挙がることが多い。

 「Pyaasa」、「Kaagaz Ke Phool」、「Chaudhvin Ka Chand」など、グル・ダットの作品の多くはYouTubeで無料で鑑賞できる。

3.Mother India(1957年)

Mother India
「Mother India」

 メヘブーブ・カーン監督作で、主演はナルギスとスニール・ダット。貧しいながらも女手ひとつで2人の息子を育て上げ、社会的な抑圧や不幸な災厄に屈せず、母として強く逞しく生き抜く女性を主人公にした、ヒンディー語映画史に燦然と輝く傑作中の傑作である。アカデミー賞外国語映画賞に初めてノミネートされたインド映画である上に、インドでもっとも成功した映画として、最上級の評価をされている。

 この作品で主演したスニール・ダットとナルギスは公開後に結婚し、二人の間にはサンジャイ・ダットなどが生まれた。メヘブーブ・カーンは独立前から数々の映画を撮って来た人物で、「Mother India」撮影時にはベテラン監督であった。彼は、スニール・ダットやナルギスを含む多くの俳優たちをスターに育て上げた功績でも知られている。

 盗賊になるほど荒くれてしまった息子を母親が自ら撃ち殺すという「Mother India」のラストは、衝撃的ではあるが、日本人の道徳観から外れていないものである。ナルギスが演じるラーダーには、インド人が理想とする母親像、さらに言えば女神像が凝縮されており、それは日本のテレビドラマの傑作「おしん」とも比較できる。

 「Mother India」はYouTubeで無料で鑑賞できる。

4.Mughal-e-Azam(1960年)

Mughal-e-Azam
「Mughal-e-Azam」

 Kアースィフ監督作。主演はプリトヴィーラージ・カプール、ディリープ・クマール、マドゥバーラー。ムガル帝国中興の祖、大帝アクバルとその息子サリーム(後のジャハーンギール)、そしてサリームが禁断の恋をしてしまった侍女アナールカリーの三人を巡る叙事詩的大作である。題名は「偉大なるムガル皇帝」という意味で、アクバルのことを指している。

 製作に10年以上の歳月を費やしており、当時としては天文学的額の予算が投じられただけあって、そのスケールは今観ても半端ない。また、その間、印パ分離独立という国家的大事件があり、映画の技術面でも、カラー映画という革新があったことも特筆すべきである。

 プリトヴィーラージ・カプールは、現在活躍中のスター男優ランビール・カプールの曾祖父にあたる人物で、カプール一族の祖、そしてインド映画黎明期の立役者である。ディリープ・クマールは当時のヒンディー語映画界のスーパースター、マドゥバーラーは当世一の美女の誉れ高い女優であった。ディリープとマドゥバーラーは熱愛状態にあったが、結局二人は結婚しなかった。

 「Mughal-e-Azam」は、基本的に白黒映画で、一部だけカラーで撮影された。2004年には全編カラー化されたバージョン「Mughal-e-Azam (2004)」がリバイバル上映され、好評を博した。

 YouTubeで検索すれば、白黒オリジナル版(1960年)もカラー版(2004年)も視聴可能である。

5.Guide(1965年)

Guide
「Guide」

 ヴィジャイ・アーナンド監督作。主演はデーヴ・アーナンドとワヒーダー・レヘマーン。観光ガイドの主人公が、娼婦の娘という汚名を持つ人妻と出会い恋に落ちるが、世間からのけ者にされるという物語である。

 監督のヴィジャイは主演デーヴの弟である。デーヴは当時のスーパースターで、ヴィジャイを含む複数の兄弟も映画業界に関わっており、アーナンド一家は映画界の一大勢力となっていた。デーヴの直系ではないが、「エリザベス」(1998年)のシェーカル・カプール監督や、男優のプーラブ・コーリーなどが、現在活躍中の末裔に数えられる。

 「Guide」はデーヴ・アーナンドの俳優としての代表作だが、彼の活動期間は非常に長く、後には監督業にも進出し、2011年の死の直前にも新作を発表するほどだった。グル・ダットとは下積み時代の盟友で、共にキャリアを築いた時期もあったし、他にも多くの才能を開花させていることから、彼を恩人と考える者は業界内に多い。

 YouTubeで検索すれば、「Guide」は視聴できる。

6.Ankur(1974年)

Ankur
「Ankur」

 シャーム・ベーネーガル監督作。主演はシャバーナー・アーズミーとアナント・ナーグ。地主の息子とその若妻、そして使用人夫妻の人間関係を巡るドラマであり、地主による低カースト者の搾取や、彼らの反乱の兆しが描かれている。当時、メインストリームの娯楽映画とは一線を画したパラレルシネマが隆盛しており、この運動から多くの有能な映画監督が輩出された。その中でもシャーム・ベーネーガル監督はパラレルシネマの旗手であり、彼の「Ankur」はパラレルシネマの代表作とされることが多い。題名は「萌芽」という意味である。

 シャーム・ベーネーガル監督はグル・ダットと親縁関係にあり、ドキュメンタリー映画や広告映画の監督からキャリアをスタートさせた。パラレルシネマが下火になった後は娯楽映画も撮り出し、21世紀に入ってからもいくつかの良作を送り出してはいるが、やはり彼が業界内で一目置かれているのは、「Ankur」をはじめとしたアート映画の業績からである。甥のデーヴ・ベーネーガルは彼の助監督として研鑽を積み、後に映画監督となった。

 名女優として現在までヒンディー語映画界で活躍中のシャバーナー・アーズミーは、「Ankur」で実質的にデビューした。シャバーナーの父親は著名な詩人であり、母親は女優である。また、1990年代後半から活躍する女優タブーはシャバーナーの姪にあたる。シャバーナーは脚本家・作詞家ジャーヴェード・アクタルと結婚し、監督・男優ファルハーン・アクタルや監督ゾーヤー・アクタルの継母となった。アナント・ナーグも「Ankur」撮影時にはほぼ新人で、その後はカンナダ語映画の重鎮に成長した。

 「Ankur」はYouTubeで無料で鑑賞できる。

7.Sholay(1975年)

Sholay
「Sholay」

 ラメーシュ・スィッピー監督作。主演はアミターブ・バッチャン、ダルメーンドラ、ジャヤー・バードゥリー、ヘーマー・マーリニーの4人。2人の風来坊が、盗賊の親玉ガッバル・スィンの恐怖に怯える村の用心棒になって戦う一大活劇である。黒澤明監督「七人の侍」(1954年)がハリウッド映画「荒野の七人」(1960年)を経由してインドに伝わり、翻案された経緯があり、日本に縁のある作品ともいえる。公開当初は客入りが良くなかったが、口コミで人気が広がり、遂には伝説的なヒットとなった作品で、現在まで多くの映画人や作品に多大な影響を与え続けている偉大な映画である。インドの、特に娯楽映画の発展を語る際には、絶対に避けて通れない映画だ。題名は「炎」という意味である。

 監督のラメーシュ・スィッピーは映画プロデューサー・監督の父を持ち、幼少期から映画業界に親しんで来た。「Sholay」は彼のフィルモグラフィーの中でも初期の作品であり、これを越える作品はその後送り出せていないが、プロデューサーとして21世紀に入っても活動的で、多くの作品を送り出している。

 「Sholay」で主演を務めた4人は当時から既にトップスターで、その後もヒンディー語映画界の重鎮であり続けた。アミターブ・バッチャンとジャヤー・バードゥリーはこの共演を機に結婚し、二人の間には男優アビシェーク・バッチャンなどが生まれた一方、ダルメーンドラは既に既婚者であったが、共演したヘーマー・マーリニーと恋仲になり、力技で彼女を二人目の妻として迎えた。ダルメーンドラと一人目の妻の間には男優サニー・デーオールと男優ボビー・デーオールなどが生まれ、ヘーマーとの間には女優イーシャー・デーオールなどが生まれた。また、男優アバイ・デーオールはダルメーンドラの弟の息子であり、甥にあたる。

 主役以上に悪役が人気になったのも「Sholay」のユニークな特徴である。盗賊の親玉ガッバル・スィン、彼に殺される部下カーリヤー、ガッバルの首に懸かった懸賞金「50,000ルピー」を答える台詞を言っただけで映画史に名を残したサーンバーなど、個性的なキャラが映画を賑わしている。

 「Sholay」の挿入歌の数々も映画の人気と共に歌い継がれて来た。どれも甲乙付けがたいが、特に「Yeh Dosti Hum Nahin Todenge(この友情は永遠に)」はインドの裏国歌ではないかというほど今日に至るまで愛されている歌である。

 YouTubeで検索すれば、「Sholay」は視聴できる。映画評はこちら

8.Hum Aapke Hain Koun…!(1994年)

Hum Aapke Hain Koun..!
「Hum Aapke Hain Koun..!」

 スーラジ・バルジャーティヤー監督作。主演はサルマーン・カーンとマードゥリー・ディークシト。サルマーン演じるプレームの兄と、マードゥリー演じるニシャーの姉が結婚することになり、二人は出会って恋に落ちるが、ニシャーの姉が事故死したことで、ニシャーは意に反してプレームの兄と結婚することになる、という家族劇である。ヒンディー語映画史に残る大ヒット作の一本であり、その後のヒンディー語映画の方向性を決定づけた一作と言っても過言ではない。題名は「私はあなたの何?」という意味である。

 スーラジ・バルジャーティヤー監督は寡作な映画監督だが、多くの作品をサルマーン・カーン主演で撮っている。サルマーンのデビュー作「Maine Pyar Kiya」(1989年)もバルジャーティヤー監督作である。

 サルマーンは、同時期にデビューした同年齢のシャールク・カーン、アーミル・カーンと共に「3カーン」の一人に数えられる大スターになり、21世紀に入ってもヒンディー語映画界に君臨し続けている。細かく見ていくと2000年代には低迷していた時期もあるのだが、アクション映画に活路を見出した後は驚異的なヒット率を誇っている。最近になってもスーラジ・バルジャーティヤー監督とは、「Prem Ratan Dhan Payo」(2015年)でタッグを組んでいる。

 マードゥリー・ディークシトはサルマーンよりもデビューが早く、「Hum Aapke Hain Koun…!」の撮影時には既に90年代を代表するスター女優になっていた。だが、この映画の大ヒットが彼女の地位をより確固たるものとしたのは疑いがない。1999年に結婚し、「Devdas」(2002年)を最後にしばらく銀幕から遠ざかっていたが、「Aaja Nachle」(2007年)で復活し、以後はまた映画に出演するようになった。

 伝統的には何日も続くインドの結婚式をずっと追った映画でもあり、インドの文化を楽しみながら理解する目的でも有用な作品だ。

 「Hum Aapke Hain Koun…!」はNetflixで鑑賞できる。映画評はこちら

9.Dilwale Dulhania Le Jayenge(1995年)

Dilwale Dulhania Le Jayenge
「Dilwale Dulhania Le Jayenge」

 アーディティヤ・チョープラー監督作。主演はシャールク・カーンとカージョル。NRI(在外インド人)の主人公が、同じくNRIの女性と出会って恋に落ち、インドまで追いかけて行って、二人の結婚に反対する厳格な父親に気に入られようと努力する恋愛物語である。インド映画史上もっともヒットした映画の一本に数えられており、驚くべきことに、公開から25年以上経った今でも上映され続けている。連続上映週数にすると優に1,000週を越えているが、これはギネスブック世界記録にもなっており、依然として更新中である。日本では「シャー・ルク・カーンのDDLJラブゲット大作戦」という酷い邦題と共に劇場一般公開されたことがあった。題名は「心ある者が花嫁を連れて行く」の意味である。

 アーディティヤ・チョープラー監督は、ヒンディー語映画界最大のコングロマリット、ヤシュラージ・フィルムスの会長であり、プロデューサーとして非常に多作である。映画製作から人材育成まで、21世紀のヒンディー語映画を牽引している人物の一人だ。彼が自らメガホンを取った作品は多くないのだが、その中でも「Dilwale Dulhania Le Jayenge」は彼の初監督作であり、最大のヒット作だ。この作品では、従弟のカラン・ジョーハルが助監督を務めている点も特筆すべきである。

 シャールク・カーンはこのとき既に人気俳優となっていたが、「Dilwale Dulhania Le Jayenge」の成功が彼を「3カーン」の一角に押し上げた。その後もヒット作に恵まれ、程なく「キング・カーン」と呼ばれるようになる。カージョルも当時成長株の若手女優であり、この映画によってトップスターの仲間入りを果たした。カージョルは1999年にアジャイ・デーヴガンと結婚し、21世紀には、出産と育児の合間に映画に出演するパターンとなった。

 映像や音楽が特徴的で、1990年代のヒンディー語映画の中では、もっともパロディーやオマージュの対象になりやすい作品でもある。例えば、ヒンディー語映画で一面の菜の花畑が出て来たら、十中八九、「Dilwale Dulhania Le Jayenge」のパロディーが始まる。そのマンネリズムは、もはや枕詞の粋に達している。

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10.Kuch Kuch Hota Hai(1998年)

Kuch Kuch Hota Hai
「Kuch Kuch Hota Hai」

 カラン・ジョーハル監督作。主演はシャールク・カーン、カージョル、ラーニー・ムカルジー。8歳の女の子が、亡き母親の手紙を読んで、父親の学生時代の親友を探し出し、彼女と再婚させようとするという、時と世代を超えた恋愛物語である。大ヒット作であるばかりでなく、多くのインド人から愛されて止まない作品である。また、その後の恋愛映画の進化を先取りした作品としても重要だ。題名は「何かが起きている」という意味である。

 アーディティヤ・チョープラーに誘われて「Dilwale Dulhania Le Jayenge」の助監督を務め、映画業界に入ったカラン・ジョーハルは、「Kuch Kuch Hota Hai」で監督デビューを果たした。その後も多くの作品を監督・プロデュースしているが、このデビュー作を越える作品は未だないというのが正直な感想である。

 シャールク・カーンとカージョルは既に押しも押されぬスターになっていたが、この作品ではカージョルの従妹で当時駆け出しのラーニー・ムカルジーがセカンドヒロインとして出演し、新たなスターに台頭したことが注目される。ラーニーは高い演技力も発揮し、2000年代を代表する女優に成長した。2014年にはアーディティヤ・チョープラーと結婚している。

 ヒンディー語の恋愛映画史において「Kuch Kuch Hota Hai」が重要なのは、「結婚は恋愛に勝利する」という恋愛映画の絶対的な法則を破る道筋の発端となったことが大きい。正確に言えば、「Kuch Kuch Hota Hai」で描かれたのは死別に伴う再婚ではあるが、結婚成立後に第三者との恋愛を成就させるプロットは本来ならばインドでは好まれて来なかった。それを万人が受け容れられるような形で提示し、成功したことで、その後の恋愛映画の発展が促される結果となった。

 「Kuch Kuch Hota Hai」はNetflixで鑑賞できる。映画評はこちら