Skater Girl

3.5

 クリケットを題材にし、インド映画の新時代を告げる傑作「Lagaan」(2001年)が大ヒットしたことで、ヒンディー語映画界ではスポーツ映画がジャンルとして確立し、以後、クリケットのみならず、様々なスポーツを題材にした映画が作られるようになった。ホッケー、サッカー、ボクシング、カバッディー、レスリングなどなど。2021年6月11日からNetflixで配信が始まったヒンディー語映画「Skater Girl」は、スケートボードを題材にした映画である。過去にインラインスケートを取り上げた「Hawaa Hawaai」(2014年)はあったが、スケボーは初ではなかろうか。

 監督はマンジャリー・マキジャニー。「Sholay」(1975年)でサーンバーを演じたマック・モーハンの娘であり、過去に無声短編映画「The Last Marble」(2012年)や俳優トム・アルターの伝記映画「The Corner Table」(2014年)など、渋い作品を撮っている。メインキャストは、ラチェール・サンチター・グプター、アミー・マゲーラー、シャフィーン・パテールなどだが、ほぼ無名の俳優たちである。唯一、往年の名女優ワヒーダー・レヘマーンが特別出演しており、彼女だけは有名だ。ラージャスターン州ウダイプル近くのケームプル村で撮影されており、村人たちも多数エキストラとして出演しているようである。音楽はヒンディー語映画界でもお馴染みのサリーム・スライマーンである。

 インド人を父親に持ち、ロンドンで生まれ育ったインド系英国人女性ジェシカ(アミー・マゲーラー)は、2週間の休暇を取得してケームプル村に滞在していた。彼女の父親は最近亡くなったが、彼がこの村の出身であることが分かり、滞在してみたくなったのだった。

 ジェシカの友人で、インドの学校で教えているエリックも村にやって来る。エリックはスケートボードを持って来ており、村の子供たちは興味津々だった。特に、プレールナー(ラチェール・サンチター・グプター)という女の子がスケートボードを気に入り、エリックから借りて練習をするようになった。ジェシカは村の子供たちのために多数のスケートボードを取り寄せ、彼らに配る。大喜びした子供たちは村中をスケートボードで駆け巡るようになる。

 村人たちから苦情が来たため、ジェシカは村の近郊にスケートボードを建設する。女王(ワヒーダー・レヘマーン)が土地と資金を提供してくれた。しかも、ケームプル村でスケートボードの選手権が開催されることになった。プレールナーは、弟のアンクシュ(シャフィーン・パテール)と共に張り切って練習をする。

 ところが、プレールナーの父親は彼女にスケートボードを禁止し、大会の日に彼女を結婚させることを決めてしまう・・・。

 ケームプル村は、ラージャスターン州のどこにでもあるような村だ。古い伝統が残っており、村人たちは「上のカースト」と「それ以外」に分かれている。主人公プレールナーはビール族であり、インドの政治用語ではST(指定部族)にあたる。つまり、カースト外であり、身分は最下層だ。村では、「上のカースト」と「それ以外」で、使える井戸や、立ち入っていい場所も決まっている。教科書を忘れたプレールナーが罰として掃き掃除をさせられていたが、掃除をするのは低カースト者の仕事であり、このシーンからも彼女のカーストの低さが分かった。インド憲法によりカースト差別は禁止されているはずだが、この村では暗黙の了解の下にそうなっているのである。劇中で、プレールナーがスケートボードを落としてしまった貯水池の水のように、ケームプル村は淀んでいた。

 そこへ、外部からジェシカが飛び込んで来る。その波紋は大きかった。彼女は、村の子供たちがスケートボードに目を輝かせていること、そして、カーストの壁を越えてスケートボードを楽しんでいる様子を見て、これこそ自分がやりたかったことだと思い立つ。彼女は、休暇明けにロンドンで昇進が待っていたが、それを蹴って滞在を延ばし、ケームプル村にスケートボードを広める活動を始める。彼女のクレイジーなアイデアに対して、幸いにも、多くの賛同者や協力者が現れ、夢は実現に近づいて行く。そして、遂にケームプル村に、インド最大のスケートパークが完成する。

 プレールナーには、ブラーフマンに属するヴィクラムというボーイフレンドがおり、カーストを越えた恋愛もしていた。だが、それが村人たちに発覚し、関係を引き裂かれたとき、両人とも主体的にそれを越えようとする努力をすることができなかった。「Skater Girl」において恋愛は主題ではなく、カーストを越えた恋愛は生煮えで終わってしまっていた。

 カーストの他に映画が取り上げていたのは、女性の地位の低さである。プレールナーは満足に学校に通わせてもらない上に、スケートボードを始めると、父親から、「男の子の遊びをするな」「怪我をしたら嫁に行けなくなる」と頭ごなしに否定される。プレールナーの母親も、無理矢理結婚させられ、身体の危険があるのに男児を産まされており、女性が綿々と抑圧され続けて来ていることが分かる。だが、プレールナーは諦めなかった。彼女は、スケボーをしているときに初めて自由を感じることができていた。せめて彼女は、結婚前にスケボーの大会に出場し、自分の才能を、いや、存在を示したかった。映画の中で、スケートボードは、カーストの壁を越える道具であると同時に、女性が夢を追う象徴にもなっていた。

 インドの後進的な農村に、外国人や、外国人の視点を持ったインド人がやって来て、根の深い問題の解決に努めるというプロットは、外国人観客にとっては、ステレオタイプのインドのイメージを満たすことができる上に、何か映画の鑑賞を通して慈善活動でもしたかのような気分になれるかもしれない。だが、インド人観客の視点では、そう手放しに喜べるような内容ではない。まるでインドの問題はインド人自身が解決できず、外部から救世主がやって来るのを待つしかないとでも言いたげだからである。

 ただ、ジェシカの出自は特殊だった。彼女の父親はケームプル村出身であった。映画では、彼女の父親は「上のカースト」に属していたことが暗示されていたが、祖父は工場労働者であり、裕福ではなかったはずである。その工場が火事になり、祖父が焼死したことで、父親は工場のオーナーの養子となり、ロンドンへ移住するチャンスを掴むことができた。ジェシカは、自分のルーツであるケームプル村のために何かをしたいという気持ちを心の奥底に抱えつつ、当初は何をしたらいいのか分からず、ケームプル村で無為に過ごしていた。だが、スケートボードにヒントを見出し、アイデアを行動に移したのだった。一時期、「Swades」(2004年)など、NRI(在外インド人)がインドに戻ってインドの発展に寄与するというプロットが流行った。「Skater Girl」はNRIの帰郷映画として捉えることも可能である。

 劇中で建造されるスケートパークは、実際にケームプル村に造られた。インドではまだスケートボードは普及しておらず、ラージャスターン州の僻地に、インド最大のスケートパークができてしまったらしい。もちろん、これはこの映画の撮影のために造られたのだが、撮影終了後もそのまま村に残る形となり、現在では映画の通り、子供たちが毎日スケボーに勤しんでいるようである。映画の撮影のために村に何かを建造し、それが村の発展のために寄与する、という支援の仕方は新しいかもしれない。

 「Skater Girl」は、インドでは珍しいスケボー映画であるが、スポーツ映画は既にインドでは全く珍しくなくなっている。インドのスポーツ映画は必ず何らかの社会的メッセージを発している。その映画は、スポーツを通して何を訴えたいのかというメッセージを読み取るのが大切だが、「Skater Girl」については、カースト問題と女性問題の2つを取り上げていたと感じた。カーストを越えた恋愛は生煮えだったし、外部から促された変化、という点では、過去の似たようなNRI帰郷映画から脱却できていないが、無駄なく簡潔に仕上がっており、スッキリとした気分になれる映画である。