インド映画ブーム

 かつて、日本ではインド映画と言うと、サティヤジト・ラーイ(サタジット・レイ)監督「Pather Panchali」(1955年/邦題:大地のうた)に代表されるベンガリー語の芸術映画のことを指す時代があったが、映画愛好家たちの間での静かな話題と言ったものであり、ブームと呼べる狂乱にまでは達しなかった。インド映画ブームと言うと、やはり1990年代以降、日本で何回かインド映画に注目が集まった時期のことを指す。今まで少なくとも3回、インド映画ブームがあった。

 第1次インド映画ブームは、1998年、タミル語映画「Muthu」(1995年/邦題:ムトゥ 踊るマハラジャ)の大ヒットと共に起こった。

 東京の映画愛好家の間では有名だった渋谷シネマライズでまずは上映され、口コミで大ヒットし、その後、その人気は全国に飛び火した。Wikipediaによると、「Muthu」は23週間上映され、日本での興行収入は2億円を突破した。典型的なマサーラー映画だった「Muthu」は、今まで日本においてインド映画に対して漠然と浸透していた芸術映画のイメージを根底から覆し、「インド映画=歌と踊り」というイメージに塗り替えてしまった。何を隠そう、僕が初めて観たインド映画も「Muthu」であり、当時東京在住だった僕は、行きつけだったシネマライズにて、かなり早い時期にこの映画の洗礼を浴びることになった。元々映画好きで、多くの映画を観ていたが、「Muthu」を観て初めて、映画の楽しみとは何かを知った思いだった。その衝撃は、僕をインドに向かわせるのに十分であった。

 「Muthu」の成功を機に、日本で我も続けと多くのインド映画が公開され、第1次インド映画ブームとなった。この時期に公開された映画の特徴は、タミル語映画中心だったことである。これは、日本で「Muthu」の主演ラジニーカーントが人気となったからであり、その後に公開された映画も、タミル語映画と言うよりは、ほとんどがタミル語映画界のスーパースターであるラジニーカーントの映画であった。

 だが、海外配給権を巡ってゴタゴタがあり、日本の映画業界の中でインド映画を敬遠する動きも広まってしまい、第1次インド映画ブームは急速に収束した。2003年にはインド映画の公開本数が0となった。その穴を埋めたのが韓国ドラマや韓国映画で、インド映画ブームの代わりに韓流ブームが日本を席巻した。

 第2次インド映画ブームは、ヒンディー語映画「3 Idiots」(2009年)によって起こった。まずは2010年に第3回したまちコメディー映画祭にて「3バカに乾杯!」の邦題と共に招待上映され好評を博し、2013年5月18日から全国の劇場で一般公開された。興行収入は公開46日目で1億円を越えたと報じられているが、最終的にどこまで行ったかは分からない。だが、これも大ヒットとなった。

 「3 Idiots」のヒットを受けて、再びインド映画に注目が集まるようになったが、このときの注目のされ方は第1次インド映画ブームの頃とは異なっていた。この10年間でインド映画、特にヒンディー語映画は大きな進化を遂げており、日本人の観客も素直に受け容れられるような洗練した映画作りが行われるようになっていた(参照:ヒンディー語映画の10年)。前年にはラジニーカーント主演の徹底的な娯楽映画「Robot」(2010年)も日本で公開され、やはり話題を呼んでいたが、ブームを作り出したのは「3 Idiots」型の社会派娯楽映画で、多数のヒンディー語映画が後に続くことになった。「English Vinglish」(2012年/邦題:マダム・イン・ニューヨーク)や「The Lunchbox」(2013年/邦題:めぐり逢わせのお弁当)などの上質なヒンディー語映画が紹介されたのが収穫だった。

 第2次インド映画ブームは3年ぐらい続き、そろそろ息が切れて来たと思ったところに、南の方ですごい映画が誕生した。テルグ語の「Baahubali」シリーズである。2部構成のこの叙事詩映画は、まず2015年に第1部「Baahubali: The Beginning」がインドで公開され、全土で大ヒットした。そして第2部「Baahubali 2: The Conclusion」(2017年)も大ヒットとなり、ヒンディー語映画界にも多大な影響を与えた。

 「Baahubali」2部作は、2017年に「バーフバリ」の邦題と共に日本でも相次いで公開され、カルト的な人気を生み出した。Wikipediaなどによると、第1作「バーフバリ 伝説誕生」の興行収入は1億円を越え、第2作「バーフバリ 王の凱旋」の興行収入に至っては2億5千万円を越えた。第2次インド映画ブームのときに日本人の間で更新されたインド映画に対するイメージを、第1次インド映画ブームの頃の「娯楽一辺倒」のイメージに改めて上書きするような出来事ではあったが、新たなファン層を生み出した功績は何にも代えがたい。やはり、テルグ語映画や、「Baahubali」シリーズの主演プラバースに注目が集まり、プラバース主演のテルグ語映画「Saaho」(2019年)の公開にもつながっているが、引き続きヒンディー語映画の日本公開もあり、インド映画全体にとって、日本公開のカンフル剤の役割を果たしたと言える。

 こうして見てみると、過去3回のブームごとに、牽引役となった言語は異なっている。第1次インド映画ブームはタミル語、第2次インド映画ブームはヒンディー語、そして第3次インド映画ブームはテルグ語の映画が中心となった。ただ、これはインド映画にドップリ浸かり、言語別に分かれたインド映画産業を言語を意識しながら、どちらかというとヒンディー語映画の立場で観察している者の視点であり、日本の配給会社からしたら、言語のことはほとんど気にせず、全て十把一絡げに「インド映画」と考えているのかもしれない。各ブームで、確かに牽引役となる言語はあるが、その他の言語の映画もおこぼれに預かる形で日本で上映されているのは、配給会社のいい意味での無頓着さのおかげだと考えることもできるだろう。