Milestone

3.5
Milestone
「Milestone」

 インドのトラックは生き物みたいだ。やたら図体がでかくて、エンジンの音も何だか動物の鳴き声のようだ。クラクションの音も個体ごとに特徴的である。車体にはヘタウマな絵が描いてあって、なんだか旅情をかき立てる。排気ガスを撒き散らし、都市部では邪魔者扱いされているところもあるのだが、何だか憎めない存在である。

 そんなトラックを運転するベテラン老運転手の仕事振りをイタリア・ネオリアリズム的な手法で静かに追った作品が「Milestone」である。ヒンディー語では「Meel Patthar」という題名になっているが、国際的には「Milestone」で通っており、しかも2021年5月7日からNetflixで配信開始されたときには「Milestone」になっていたので、こちらの題名を使う。プレミア上映は2020年のヴェネツィア国際映画祭で、シンガポール国際映画祭では作品賞を受賞している。

 監督は「Soni」(2018年)のイヴァーン・アイヤル。キャストはスヴィンダル・ヴィッキーやラクシュヴィール・サランなど。ヒンディー語映画界ではほとんど無名の監督と俳優たちである。

 物語は、デリーやウッタル・プラデーシュ州辺りでトラック運転手をするガーリブ(スヴィンダル・ヴィッキー)を中心に展開する。彼はベテラン運転手として周囲の人々から尊敬される存在であったが、彼の生活は決して順風満帆ではなかった。

 仕事面においては、ガーリブの働くトラック会社で荷積み労働者のストライキが発生しており、運転手が自分で荷物を積まなければならなかった。しかも、ガーリブは荷積みをしているときに腰を痛めてしまう。ガーリブと並ぶベテラン運転手のディルバーグは、老齢による視力の低下から解雇されてしまい、ガーリブは、次は自分の番だと感じ始める。

 私生活面においては、ガーリブは最愛の妻を亡くしたばかりであった。妻の死因ははっきりしないが、生前、ガーリブと不仲になっていたことが示唆されており、妹は彼に責任を負わせようとしていたため、自殺かもしれない。また、彼の妻はスィッキム人であった。パンチャーヤト(村落議会)が開かれ、ガーリブは妻の妹に20万ルピーの賠償金などを支払うことになる。

 ガーリブは、パーシュ(ラクシュヴィール・サラン)という若い見習い運転手を付けられる。彼は、パーシュが一人前になったら自分が仕事を追われると感じ、パーシュに仕事を辞めさせようとする。だが、パーシュも仕事が必要で、簡単には辞められなかった。

 このように、主人公ガーリブを通して、インドのどこにでもいそうなトラック運転手の悲哀に満ちた人生の一端が淡々と映し出される。トラックのエンジンの音、車内で流れるケバケバしい音楽、トラック駐車場のヌメヌメした地面、人々のやり取りなど、非常にリアルだ。

 特にリアルに感じたのは、ガーリブが酒を届けに酒屋へ行ったときの店主との会話である。何とはなしに、全裸になって警察の検問を交わそうとしていた運転手の話が始まり、何とはなしに話を切り上げて用件を済ませて帰って行く。ただそれだけなのだが、本当に実際のトラック運転手と酒屋店主が話しているかのような迫真性があった。

 この映画でもっともポイントとなって来るのは、ガーリブとパーシュの会話や関係性である。ガーリブは、妻を亡くして以来、ダブルシフトで仕事に打ち込んで来た。そして、周囲の人々からは、自分を捨てて仕事をする人物として尊敬されていた。だが、パーシュからそれを言われると、「自分のために仕事をしていない人間はいない」と答える。彼はボスに、「トラック運転手は自分のアイデンティティーだ」ということも言っていた。そんな彼が、パーシュの存在により、仕事を追われる危機を感じ始める。ガーリブが採った手段は、パーシュの駆逐だった。だが、根が善人であったため、無理矢理彼を追い出すようなことはせず、まとまった金を渡して仕事を辞めるように頼む。だが、パーシュはそれを断る。

 映画の最後は思わせぶりなものだった。パーシュはトラック運転中に事故を起こし逃亡した。ガーリブは彼を探し、おそらく見つけるのだが、二人がどんな会話を交わしたのかは映画では語られない。その後、ガーリブはパーシュの姉と話し、パーシュが、「自分のせいでベテラン運転手が仕事を追われる」と言っていたことを知る。この一連のやり取りから、パーシュはガーリブの仕事を守るため、わざと事故を起こして逃亡した可能性もある。だが、雄弁な映画ではないため、多くのことが観客の想像に委ねられている。

 ヒンディー語映画ではあるが、台詞の半分はパンジャービー語だ。カシュミーリー語も少しだけ出て来る。また、スィッキム人が出て来る映画というのも珍しい。

 「Milestone」は、何の変哲も無い老トラック運転手の悲哀に満ちた人生の一端を描くリアリズム映画である。まるで本物のトラック運転手とその周辺の風景をそのまま切り取ったかのようなリアルな映画だ。一般的な娯楽映画とは全く異なった作りではあるが、このような映画もインド映画の多様性の一角を成す重要な一部である。Netflixで日本語字幕付きで鑑賞可能であるので、これを見逃す手はない。