Sandeep Aur Pinky Faraar

4.0

 ヒンディー語映画界には個性が際立つ監督が多数いるが、ディバーカル・バナルジー監督もその一人だ。「Khosla Ka Ghosla!」(2006年)、「Oye Lucky! Lucky Oye!」(2008年)、「Love Sex aur Dhokha」(2010年)など、社会問題を深くえぐりながらも娯楽映画としての味を失っていない絶妙な名作の数々を送り出して来た。彼の最新作「Sandeep Aur Pinky Faraar」は2021年3月19日に公開となった。

 主演はアルジュン・カプールとパリーニーティ・チョープラー。題名は「サンディープとピンキーが逃亡」という意味である。一般にサンディープは男性名、ピンキーは女性名だ。そうすると、アルジュンがサンディープでパリニーティがピンキーかと思ってしまうが、それはバナルジー監督の引っかけだ。実はサンディープは女性、ピンキーは男性で、それぞれパリニーティとアルジュンが演じる。他に、ジャイディープ・アフラーワト、ラグヴィール・ヤーダヴ、ニーナー・グプターなど、演技派俳優が脇を固めている。さらに、トリプラー王族のプラディヨート・ビクラム・マーニキャ・デーブ・バルマーが特別出演している。音楽はアヌ・マリクである。

 ピンキー(アルジュン・カプール)はハリヤーナー警察の警察官だったが、現在停職中だった。上司ティヤーギー(ジャイディープ・アフラーワト)から、パリヴァルタン銀行の重役サンディープ(パリニーティ・チョープラー)を自動車で迎えに行く仕事を頼まれる。ところが、前を走っていた自動車が銃撃される。ピンキーは、自分たちが命を狙われていたことを悟り、サンディープと逃げ出す。

 パリヴァルタン銀行は大きなスキャンダルを抱えていた。それを作り出した張本人がサンディープであった。だが、CEOのパリチャイと報酬額で折り合わなかった上に、彼女はあまりに内情を知り過ぎていたため、命を狙われるようになった。また、サンディープはパリチャイとできており、お腹に彼の子を身籠もっていた。

 ピンキーとアルジュンはネパールに高飛びすることを決め、国境の町ピトーラーガルまで辿り着く。そこで、親切な老夫婦(ラグヴィール・ヤーダヴとニーナー・グプター)に出会い、彼らの家に居候することになる。ピンキーは、裏のルートからネパールのパスポートを調達する一方、サンディープはパリヴァルタン銀行ピトーラーガル支店の頭取と共謀して、逃亡資金を引き出そうとする。

 しかしながら、ティヤーギーはピンキーとサンディープがピトーラーガルにいることを突き止め、追って来る。二人は無事にネパールに逃げることができるだろうか・・・。

 数学コンテストのゴールドメダリストにしてMBA取得者である有能な銀行家サンディープと、停職中の警察官が命を狙われることになり、一緒に逃亡するという筋書きの物語である。しかも、サンディープは妊娠3ヶ月。ただ、いい意味で緊迫感がなく、代わりに人間ドラマが丁寧に描かれており、単なるサスペンスで終わっていなかったところがディバーカル監督らしかった。

 凸凹コンビがインドを這うように旅し、その中で様々なドラマが繰り広げられるロードムービー仕立ての映画はヒンディー語映画界で数多く作られている。インドは旅すると世界で一番楽しい国であり、旅は現実のみならず映画という幻想世界をもカラフルに彩る。「Jab We Met」(2007年)や「Chalo Dilli」(2011年)など、それだけで優れた作品ではあったが、やはり移りゆくインドの景色が映画をより魅力的に演出していた。「Sandeep Aur Pinky Faraar」は、複数の地点を点々とするタイプのロードムービーではなかったが、ウッタラーカンド州の東端に位置し、ネパール国境の町でもあるピトーラーガルが後半の舞台となっていたことで、旅情あふれる映画になっていた。また、主人公の二人がピトーラーガルで出会う個性的な面々の存在も旅愁をかき立てていた。

 若くして銀行の重役となり、億単位の金を動かすサンディープは、発展するインドの象徴だ。一方のピンキーは、低所得の公務員である警察官であり、しかも停職中である。この二人の住む世界は全く異なる。ピンキーがサンディープに対して、「サンディープのような奴ら」が「俺たち」を「数字」としか見なしていないと言い放つシーンがあった。サンディープが逃亡する原因となったのも、倒産しかけた銀行を救うために彼女が考案した、中流層から金を集めるだけ集めて還元しないスキームにあった。正に人を数字としか見なしていない。中流層が食い物にされる様を描くのはバナルジー映画の特徴と言っていいかもしれない。

 逃亡中の身であるピンキーとサンディープは、夫婦と偽ってピトーラーガルでの居候先を見つける。普通のホテルに宿泊すると、IDのチェックなどがあり、すぐに身元が割れてしまう可能性があったため、旅先で出会った老夫婦の家に厄介になった。通常の映画ならば二人の間に恋が芽生えるものだが、バナルジー監督は目的を見失っておらず、二人の関係を極力ドライに保ち、映画を引き締めていた。ただ、二人の間に心が通じ合う瞬間があったのは否定できず、エンディングはその後の二人の関係を十分示唆するものとなっていた。

 もっとも心を痛くなるのは、サンディープが流産をするシーンである。パリニーティは元々難なく難しい演技をこなせる優れた女優であるが、今回、流産の前後に見せた彼女の演技はキャリアベストと評価していいレベルであった。また、全体的に逃亡劇ながらあまり緊迫感なく進むこの作品の中で、もっとも緊迫感があったのは、ピンキーが国境を越えるシーンであるが、そこもよく工夫されていた。国境を越える前にピンキーが電話でティヤーギーに放った言葉にはしびれた。ピンキーはまずティヤーギーを金で買収しようとし、断られると、「俺を逃がしたら、今度はあんたがピンキーになる」と捨て台詞を吐いた。ピンキーを逃がしたら、ティヤーギーはさらに上の人間から命を狙われることになるということを意味している。

 冒頭で「サンディープ」という名前は一般的に男性名だと書いた。なぜ女性なのにサンディープなのか。それについてはサンディープ自身が映画の中で説明していたシーンがあった。どうもパンジャーブ地方では、女性に男性名を付ける習慣があるらしい。そういえば、「Sardar Ka Grandson」(2021年)でも、「サルダール」という男性名を名乗る祖母が中心的な登場人物となっていた。

 ピンキーは右手にトルコ石の付いた腕輪をしているが、これはサルマーン・カーンのトレードマークである。つまり、ピンキーはサルマーンの大ファンという設定だ。架空の映画「Faraar 3」のテーマソング「Faraar」を踊るシーンもあった。イメージしているのは「Dabangg」シリーズであろう。

 「Sardar Aur Pinky Faraar」は、俊才ディバーカル・バナルジー監督の最新作であり、旅情あふれる逃亡劇である。息をつく間もないスリリングな展開、という訳ではないが、代わりに人間ドラマがよく描かれており、パリニーティ・チョープラーのキャリアベストの演技も堪能できる。さすが、バナルジー監督と称えたくなる作品だった。