Lahore Confidential

2.5
Lahore Confidential
「Lahore Confidential」

 ラホールはパーキスターンの都市である。英領インド時代にはパンジャーブ地方の中心都市であり、多くのヒンドゥー教徒も住んでいた。独立後、インド領となったアムリトサルとは50kmほどしか離れておらず、この二つの都市は双子のようなものだった。陸路が一般に開放されている印パ国境はこの二都市の間にあるアターリー・ワーガーのみである。そういうこともあって、インドからパーキスターンへ行くとなると、多くの場合、ラホールへ行くことを意味する。ヒンディー語映画にラホールが何らかの形で登場する場面は少なくない。過去には「Lahore」(2010年)というヒンディー語映画まで作られた。

 2021年2月4日からZee5で配信開始された「Lahore Confidential」も、ヒンディー語映画ながらラホールが題名に入るスパイ映画である。監督はクナール・コーリー。主演はリチャー・チャッダー。他に、アルノーダイ・スィン、カリシュマー・タンナー、アルカー・アミーンなどが出演している。

 インドの対外諜報機関RAWに務めるアナンニャー(リチャー・チャッダー)は、母親から結婚を急かされていた。RAWでは、パーキスターンに潜入し、テロリストのワスィーム・アハマド・カーンに関する情報を集めるため、彼と親しいとされるラウフ・アハマド・カーズミー(アルノーダイ・スィン)に接近できる人物を探していた。ラウフは詩が趣味で、詩の造詣の深いアナンニャーに白羽の矢が立った。アナンニャーはラホールのインド大使館に赴任する。

 アナンニャーは早速ラウフと近づき、彼に惹かれるようになる。ラウフは大きな邸宅に一人で暮らしていた。彼の家族は2009年6月9日にペシャーワルで起こったテロ事件で死亡していた。以来、ラウフは無差別殺人をする者を暗殺することを生き甲斐としていた。その相手は、RAWであれ、ISIであれ、インド人であれ、パーキスターン人であれ、関係なかった。ラウフに同情したアナンニャーは、彼に機密情報を提供するようになる。

 アナンニャーが情報を漏らしたことにより、パーキスターンに潜伏していたRAWのエージェントたちが相次いで殺されてしまう。また、アナンニャーの親友ユクティー(カリシュマー・タンナー)も爆弾テロで命を落とす。それでも彼女はラウフを信じていた。

 アナンニャーは一度インドに帰ることになる。だが、RAWはアナンニャーがラウフの情報提供者になっていたことを掴んでいた。RAWはラウフの真実を明かす。彼はテロリストのワスィーム・アハマド・カーン自身であった。彼はアナンニャーを利用していた。アナンニャーは自身の行動を反省し、もう一度チャンスを求める。アナンニャーは何食わぬ顔でパーキスターンに戻り、ラウフの元に戻る。そして彼を暗殺する。

 インドの対外諜報期機関であるRAWが映画の題材になって久しい。ヒンディー語映画界において、ハリウッドの映画ジャンルの模倣が始まった21世紀初頭に、スパイ映画も作られるようになり、その当然の帰結として、インド固有の諜報機関が注目されるようになったのである。RAWのエージェントが主人公の映画は近年非常に多い。例えば「Agent Vinod」(2012年)や「Ek Tha Tiger」(2012年)などである。それだけでは飽き足らず、次第にRAWの女性エージェントが主人公になるようになった。「Raazi」(2018年)が代表例だが、この「Lahore Confidential」が最新例となる。

 ただ、この映画は他のヒンディー語スパイ映画とはだいぶ気色が違った。主人公があまり有能なスパイではないのである。むしろ、ターゲットの人物に恋してしまい、しかもいいように利用されてしまう。そのせいで彼女はRAWに大変な損害をもたらす。最後は汚名挽回とばかりに彼を殺すのだが、そこには、かつて恋した相手に対する複雑な感情の描写など皆無で、非常に単調な映画になっていた。

 監督のクナール・コーリーは、「Hum Tum」(2004年)や「Fanaa」(2006年)など、いい作品を撮って来ているのだが、一体どうしてしまったのだろうか。「Lahore Confidential」は、ラホールを舞台にした野心的なプロジェクトだったと思われるのだが、蓋を開けてみれば1時間ほどの短い映画に収まってしまっており、尻切れトンボだった。もしかしたら撮影中に何らかのトラブルがあって、途中で切り上げなければならなかったのかもしれない。そんな心配をしてしまうほど、中途半端な映画だった。

 興味深かったのは、インド映画であるにも関わらず、RAWがパーキスターンで行っている諜報活動について、パーキスターン側の主張を沿うような描写をしていたことだ。RAWがバローチスターン独立運動を支援していたり、ターリバーンと連携してパーキスターン国内でテロを起こしていたりしていることになっていた。もちろん、これはテロリストであるワスィーム・アハマド・カーンの言であるため、アナンニャーを混乱させるための偽の情報と言うことになるのだろうが、もし本気でこういう主張をしているのならば、一線を越えた映画だと言える。

 題名にラホールの都市名があるだけあって、ラホールの観光名所がこれ見よがしに登場した。だが、撮影はウッタル・プラデーシュ州の州都ラクナウーで行われたようである。既に新型コロナウイルス感染拡大が始まっており、外国でのロケが難しかっただろう。だが、ラホールの映像が使われていたのは確かで、うまく風景の映像を差し挟むことによって、ラホールらしさを醸し出していたのだと思われる。

 映画の中では、2009年6月9日にペシャーワルで発生した、パール・コンティネンタル・ホテル爆破事件の言及があった。当時、米国がこのホテルを買収して領事館にしようと計画をしていた。それに対してテログループがホテルに突撃して自爆テロを決行し、17名の死者と46名の負傷者を出した。

 リチャー・チャッダーは「Gangs of Wasseypur」(2012年)で一躍脚光を浴びた女優だ。最近でも「Section 375」(2019年)で好演していた。だが、「Lahore Confidential」は、脚本自体が迷走していたため、彼女の演技も報われていなかった。しかしながら、女優中心の映画に出演できたことは、彼女のキャリアにとってマイナスにはならないだろう。

 アルノーダイ・スィンは、マディヤ・プラデーシュ州の州首相を務めた政治家アルジュン・スィンの孫である。駄目男やずるい男を演じることが多いのだが、そういう役柄を嬉々として演じているあたりに、性格の良さを感じる。主役になれない脇役という立ち位置にいる男優だが、それに満足できるなら、今後も生き残りそうだ。

 「Lahore Confidential」は、ラホールに潜入したインド人女性スパイが主人公の映画である。だが、1時間ほどの短い映画である上に、有能なスパイが大活躍する胸躍る活劇でもない。中途半端な映画に終わってしまっていたが、RAWの描き方などにユニークさを感じた。