Bhoot Part One: The Haunted Ship

3.5
Bhoot Part One: The Haunted Ship
「Bhoot Part One: The Haunted Ship」

 ヒンディー語ホラー映画黎明期に作られたホラー映画のひとつに、ラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督の「Bhoot」(2003年)がある。「幽霊」という直球の題名が付いたこの映画は大ヒットとなり、その後のホラー映画人気を決定づけた。ただ、音と映像で観客を驚かせるという、ホラー映画としてはもっとも原始的な手法に終始して成功してしまったこともあって、今から思えば、「Bhoot」が、ヒンディー語のホラー映画がなかなか進化しない原因ともなってしまったと言える。ちなみに、「Bhoot」の続編「Bhoot Returns」(2012年)も作られているが、こちらはフロップに終わった。

 2020年2月21日に「Bhoot Part One: The Haunted Ship」というホラー映画が公開された。紛らわしいのだが、ラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督の「Bhoot」とは別シリーズである。映画の冒頭に、ヴァルマー監督にスペシャルサンクスが捧げられていたので、ヴァルマー監督の了承を得て、似たような題名を付けたのだと思われる。プロデューサーはカラン・ジョーハルなど。監督はバーヌ・プラタープ・スィン。「Humpty Sharma Ki Dulhania」(2014年)などで助監督を務めており、長編映画の監督は本作が初めてである。

 主演はヴィッキー・カウシャル。他に、アーカーシュ・ダール、アーシュトーシュ・ラーナー、スィッダールト・カプール、メヘル・ヴィージ、プリヤー・チャウハーンなどが出演している。また、ブーミ・ペードネーカルが特別出演している。

 2012年、ムンバイーのジュフー・ビーチに、シーバードという古い大型貨物船が漂着する。船舶局員のプリトヴィー(ヴィッキー・カウシャル)は船内を捜索するが、そこで怪奇現象に直面する。

 実はプリトヴィーは、ラフティングで妻と子供を亡くしており、その出来事をずっと引きずって生きて来た。プリトヴィーには時々、妻や子供の幽霊が見えた。シーバードに入って以来、その幻影に別の要素が加わるようになった。同僚のリヤーズ(アーカーシュ・ダール)はプリトヴィーの様子が変であることに気付き、彼のことを気遣う。だが、プリトヴィーとリヤーズが再び船内に入ったときに、女性の幽霊を同時に目撃したことで、リヤーズもプリトヴィーの言うことを信じるようになる。

 プリトヴィーは船内から入手した資料やビデオテープを元に、その女性が10年前に失踪したミーラーであることを突き止める。また、10年前に3歳の女の子だったのが、現在では成長しているように見えたことから、彼らが見たのは幽霊ではなく、生身の人間であると考えるようになる。ミーラーは何者かに取り憑かれている可能性が濃厚だった。プリトヴィーは、心霊学者ジョーシー教授(アーシュトーシュ・ラーナー)とも相談する。

 実はシーバードはかつて密輸船であった。だが、10年前に乗員全員が謎の死を遂げていたと言われていた。プリトヴィーは、乗員の中の唯一の生き残りであるヴァンダナー(メヘル・ヴィージ)を見つけ出す。ヴァンダナーは船長の妻であった。ヴァンダナーは、ミーラーは死んだと考えていたが、プリトヴィーはミーラーは生きていると主張し、彼女を船まで連れて行く。また、どうもミーラーに取り憑いている霊は、かつてヴァンダナーと恋仲にあった船員アマルではないかと思われた。ヴァンダナーの話では、密輸の実態を暴露しようと彼女がアマルと共謀していたところ、それが船長にばれ、殺されてしまったとのことだった。また、ミーラーは実はアマルとの間にできた子供だった。

 プリトヴィー、リヤーズ、ジョーシー教授とヴァンダナーはシーバードに潜入する。密輸品がしまわれていた秘密の部屋で、彼らはアマルの亡霊と遭遇する。実はアマルを殺したのはヴァンダナーであることが分かり、彼女はアマルに殺される。プリトヴィーも殺されそうになるが、アマルの遺体を燃やしたことで亡霊は消え去った。プリトヴィーはミーラーを助け出す。

 ヒンディー語のホラー映画としては高レベルの恐怖を実現していた。主人公プリトヴィーの過去のトラウマと、幽霊船シーバードに住み着く亡霊がオーバーラップして彼を悩ませる様子は、物語に重層性を加味できていて、非常に良かった。やはりホラー映画は、大事なモノを見せずに怖がらせるのがコツだ。前半はそれを達成できていた。しかしながら、終盤に入り、アマルの亡霊が生身のミーラーに取り憑いているという実態が明らかになると、途端に現実味がなくなり興ざめとなる。あと一歩のところで、名作ホラー映画になりそこねていた。

 ホラー映画に家族の要素を盛り込もうとするのは、インドならではの特徴と言っていいだろうか。プリトヴィーは、当初は幽霊だと思われたミーラーが実は生身の人間であると信じ、彼女を幽霊船から救い出そうとする。それは、彼が、過去に救うことができず死なせてしまった娘の姿をミーラーに重ねていたからであった。プリトヴィーは命からがらミーラーを救い出し、彼女を家に招き入れて、食事をさせる。まるで娘の代わりを得たような幸せな笑顔と共に・・・。プリトヴィーと船に潜入したリヤーズやジョーシー教授が結局どうなったのかはよく分からなかったのだが、ホラー映画らしからぬ、温かみのあるハッピーエンディングとなっていた。

 過去に撮影されたビデオがミステリーを解く鍵になるという展開からは、日本ホラー映画の最高峰「リング」(1998年)の影響を感じた。前半は、恐怖の要素が果たしてプリトヴィーのトラウマに起因する幻覚なのか、それとも本物の亡霊なのかが分からず、かなりの緊迫感を演出できていた。

 ジュフー・ビーチに船が漂着するという事件は、2011年に起こったようである。もちろん、幽霊船ではないが、この映画の発想源となった可能性はある。「Bhoot Part One」で出て来た幽霊船はかなりリアルに見えた。おそらく、廃棄処分寸前の古い船を使って撮影が行われたのだろう。この辺りは、プロデューサーのカラン・ジョーハルなどの財力と人脈が物を言ったと思われる。

 主演のヴィッキー・カウシャルは現在成長株の男優であり、「Uri: The Surgical Strike」(2019年)での演技は高い評価を受けている。「Bhoot Part One」でも堅実な演技を見せており、勢いを感じた。

 「Bhoot Part One: The Haunted Ship」は、ヒンディー語映画としてはかなり高いレベルの恐怖を実現しているホラー映画である。ラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督の「Bhoot」シリーズとは無関係である。「Part One」という部分からも分かるように、三部作構成とされており、今後続編が作られて行くと思われる。ただ、「Part One」は興行的に振るわなかったため、企画倒れになるかもしれない。