Ghost Stories

3.0

 インド娯楽映画はよく「マサーラー映画」と呼ばれる。これは、その特徴をインド料理で使われるミックススパイス「ガラムマサーラー」になぞらえている。すなわち、笑いあり、涙あり、アクションあり、ロマンスあり、あらゆる娯楽要素が詰め込まれた映画のことである。敢えて言うならば、アクション映画、ロマンス映画、コメディー映画くらいの分類があったくらいだ。しかしながら、21世紀に入ってヒンディー語映画では、ハリウッド映画を模したジャンル別の映画作りが盛んとなった。そして、SF映画、スーパーヒーロー映画、アドベンチャー映画など、今までインド映画ではあまり作られて来なかったようなジャンルのインド映画化が進んだ。その中でも、もっともジャンルとして明確に確立したのがホラー映画であった。

 ただ、ホラー映画というジャンルを日本ほど職人技的に磨き上げた国はないだろう。それに比べるとインドのホラー映画は映像と効果音で観客を驚かす程度の幼稚なレベルに留まっており、「リング」(1998年)などの足下にも及ばない。それでも、インドの映画館でホラー映画を鑑賞すると、インド人観客はホラー映画をコメディー映画のように多人数でキャッキャと盛り上がりながら楽しんでいる様子が分かり、こういう観客がいるからこういうホラー映画になるのだ、と納得してしまう。

 2020年1月1日からNetflixで配信されているヒンディー語映画「Ghost Stories」は、「Bombay Talkies」(2013年)と「Lust Stories」(2018年)の続編に位置づけられるオムニバス形式の映画で、ゾーヤー・アクタル、アヌラーグ・カシヤプ、ディバーカル・バナルジー、カラン・ジョーハルという、ヒンディー語映画界を代表する4人の映画監督の短編によって構成されている。

 キャストは、ジャーンヴィー・カプール、スレーカー・スィークリー、ヴィジャイ・ヴァルマー、ソービター・ドゥリパーラー、グルシャン・デーヴァイヤー、ムルナール・タークル、アヴィナーシュ・ティワーリーなどである。一級のスターは全くおらず、思い切って若手やほぼ無名の俳優を起用している。

 第1話の監督はゾーヤー・アクタル。看護婦のサミーラー(ジャーンヴィー・カプール)は、先輩看護婦の代わりに、古い屋敷に住むお婆さんの介護に訪れる。そのお婆さんはぼけており、事あるごとに息子を呼ぶのだが、家には他に誰もいなかった。サミーラーはその屋敷に住み込みで働く内に、怪奇現象を体験する。

 第2話の監督はアヌラーグ・カシヤプ。ネーハー(ソービター・ドゥリパーラー)は過去に流産したトラウマがあり、現在は再度妊娠をしていた。彼女の甥アンシュはネーハーに懐いていたが、ネーハーの子供が生まれると自分が無視されるのではないかと恐れていた。ネーハーは次第に悪夢を見るようになる。それはアンシュの呪いか、それとも過去のトラウマからなのか・・・。

 第3話の監督はディバーカル・バナルジー。とある男がとある町にやって来た。その村では1人の男の子と1人の女の子しかおらず、残りの人々は食べられてしまったという。当初、男は全く信じなかったが、ゾンビと化した町の人や毛むくじゃらの野獣を目にし、信じざるを得なくなる。

 第4話の監督はカラン・ジョーハル。イラー(ムルナール・タークル)はドゥルヴ(アヴィナーシュ・ティワーリー)と結婚し、彼の屋敷に住み始める。その屋敷では、死んだ祖母があたかも生きているかのように扱われており、特にドゥルヴは死んだ祖母を心底愛していた。そればかりか、彼は目に見えない祖母と会話をすることがよくあった。イラーは死んだ祖母の秘密を探ろうとする。

 「Bombay Talkies」ではインド映画を題材に、「Lust Stories」では性愛をテーマに、4人の映画監督が競作をしており、今回は同じメンバーがホラー映画に挑戦となった。それぞれが30分ほどの短編で、この企画自体はとても面白い。だが、冒頭でも述べた通り、インド製ホラー映画のレベルはまだまだ高くなく、満足いくような作品には出会えていない。この「Ghost Stories」には少しだけ期待したが、いずれもその期待にそぐわなかった。

 まず、題名が「Ghost Stories」なので、幽霊映画を集めたのかと思ったのだが、幽霊映画と言えるのは第1話と第4話のみで、残りの第2話と第3話に幽霊は登場しなかった。厳密に言えば、第2話はパラノイアであるし、第3話はゾンビ映画だ。

 観客の心を根底から震えさせるためには、あからさまに幽霊や恐怖の対象を映像で見せるのではなく、見せずに引っ張る方が効果が高い。そういうコツを一番理解しているのは第1話のゾーヤー・アクタル監督だったと思う。それに比べて、第3話の全編と第4話の最後は映像で語りすぎで、ホラー映画のエッセンスが分かっていないと感じた。

 インドにも幽霊という考え方はあるのだが、インドという風土と、西洋的な形式の幽霊はどうしても相容れないものがある。そのひとつの逃げ道はキリスト教である。インドにも少数ながらキリスト教徒はいるし、キリスト教がよく浸透している地域もある。それらの材料をうまく使いながら、インドにおいて西洋的な価値観に通じる幽霊映画を撮るのはひとつの方法だ。「Ghost Stories」の中では第4話が正にそれであったし、第1話もインド土着の雰囲気ではなかった。

 あるいは、ヒンドゥー教のタントリズム(密教)などを下地としてホラー映画を撮る方法もあるのだが、今回の4話の中にそのような作品はなかった。インドではイスラーム教を土台にして撮られたホラー映画はもしかしたらないかもしれない。

 「Ghost Stories」は、ヒンディー語映画界を代表する4人の映画監督が競作したホラー映画のオムニバス。ヒンディー語映画界でホラー映画がジャンルとして確立してから10年以上が経っているが、まだまだ日本映画のレベルには程遠い。取り立てて見所のない映画だが、敢えて言うならば、ゾーヤー・アクタル監督による第1話が一番よく出来ていた。