Drive

2.5

 2004年に公開された「Dhoom」は、スーパーバイクに乗った窃盗団が主人公のアクション映画で、インドにバイクブームを巻き起こした。「Dhoom」シリーズは第3作まで作られており、回を重ねるごとにテーマは変わって行ったが、「騒音」という意味の題名が示す通り、どこかにバイクの要素が入って来るのがお約束となっている。元々「Dhoom」は、スーパーカーを駆る窃盗団の映画だったとされているが、四輪車に乗ると俳優の顔がよく見えなくなるため、バイクにしたと言われている。

 2019年11月1日にNetflixで配信開始された「Drive」は、そんな「Dhoom」の原案を復活させたようなスリラー映画である。カーレースやスーパーカーが随所に登場し、二転三転する展開が見所だ。監督・脚本は「Dostana」(2008年)のタルン・マンスカーニー。カラン・ジョーハルなどがプロデュースしている。主演はスシャーント・スィン・ラージプートとジャクリーン・フェルナンデス。他に、ヴィクラムジート・ヴィルク、サプナー・パッビー、ボーマン・イーラーニー、パンカジ・トリパーティーなど。

 「キング」を名乗る泥棒が暗躍をしており、次のターゲットを大統領官邸に定めた。この事件を担当するため、首相官邸からイルファーン(ボーマン・イーラーニー)が派遣されて来た。大統領官邸会計科のヴィバー・スィンは、部下のハミード(パンカジ・トリパーティー)と共に、不正をした実業家から高額の賄賂を受け取って蓄財しており、戦利品を大統領官邸地下の秘密の部屋に隠していた。ヴィバーは、その秘密の宝物が奪われるのではないかとビクビクしていた。

 キングとの関連が疑われていたのは、デリーでストリートレースをするターラー(ジャクリーン・フェルナンデス)とその一味だった。イルファーンは潜入捜査官を送り込んでいた。ターラーの元に突然現れたのは、F1ドライバーを名乗るサマル(スシャーント・スィン・ラージプート)であった。サマルはターラーの信頼を勝ち取り、仲間となる。サマル、ターラー、ビッキー(ヴィクラムジート・ヴィルク)、ナイナー(サプナー・パッビー)の4人は、キングの隠した金塊を見つけ出すものの、イルファーンや警察に追われ、金塊を置いて逃げる。一連の流れの中で、実はキングを名乗って窃盗をしていたのはサマルだったことが分かる。ただ、サマルはキングではなかった。ターラーたちは、大統領官邸の秘密部屋の位置を確かめるため、わざとGPS発信器付きの金塊を置いて行ったのだった。その一部がヴィバーに渡ることを見越しており、ヴィバーが狙い通り秘密の部屋に納めたことで、位置を確かめることができた。

 サマルはリーダーシップを取り、大統領官邸からヴィバーの隠した宝を盗み出す計画を立てる。4人はまんまと宝を盗み出し、フェラーリに乗って逃走するが、逃走中にサマルは間違った道を教えられてはぐれてしまう。実はキングはターラーだった。彼女はサマルを利用していたが、彼の利用価値がなくなったため、ここでお別れとなったのだった。

 2ヶ月後。ターラーはダイヤモンドを盗みにロンドン銀行を訪れる。それは、サマルから得た情報に基づいていた。だが、銀行の金庫に入ってみると、そこではサマルが待ち構えていた。しかも、サマルと共に現れたのはイルファーンであった。

 「Drive」が工夫した点は、登場人物のアイデンティティーがコロコロ変わって何度もどんでん返しを演出することだ。まず、「キング」という謎の泥棒の正体が終盤まで分からない。イルファーンが潜入捜査官としてターラーの元に送り込んだ人物も、当初はスシャーント・スィン・ラージプートが演じるサマルかと観客に思わせておいて、実は違うという仕掛けがあった。ボーマン・イーラーニー演じるイルファーンの正体も最後に明かされる。このように、「実は・・・」という展開が多くて、物語をひっくり返すのだが、それがあまりに多いため、頭がこんがらがって来る。うまく構成・編集してあればすんなり納得が行くのだが、「Drive」の脚本は行き当たりばったりのように感じた。

 また、カーレースやカーチェイスは、「Drive」の題名が示す通り、この映画の肝であった。だが、ローヒト・シェッティー監督の映画のように、派手に車がひっくり返ったりすることもなく、意外に行儀良くレースやチェイスが行われており、迫力に欠けた。「Dhoom」が四輪車から二輪車の映画に切り替わった理由も、「Drive」を観ていて何となく分かった気がする。人間にあまり動きがなく、観ていて退屈なのである。また、終盤に4台のフェラーリがデリーのラージパトや空港の滑走路などを疾走するシーンがあるが、何のために疾走しているのかよく分からない。脈絡のないダンスシーンは低品質のインド映画に付きものだが、脈絡のないカーチェイスシーンは初めて観たような気がする。

 脈絡のない、と言えば、前半で突然舞台がイスラエルのテルアビブに飛ぶシーンがあった。「Makhna」という曲が流れるシーンである。いかにも青春、と言った感じの映像だったが、そういう雰囲気の映画ではないだろうと言いたくなった。

 「Drive」は、新型コロナウイルス感染拡大が始まる前にNetflixで配信されたが、これは劇場で公開しても勝算がなかったためだと思われる。主演のスシャーント・スィン・ラージプートやジャクリーン・フェルナンデス、そして脇役のボーマン・イーラーニーやパンカジ・トリパーティーは、与えられた仕事はきちっとこなしていたが、脚本のまずさから、映画を救うことができていなかった。

 「Drive」は、スシャーント・スィン・ラージプートやジャクリーン・フェルナンデスなど、中堅の俳優が主演のカーアクション映画だが、カラン・ジョーハルがプロデュースしているにも関わらず、都合が良すぎるどんでん返しが多すぎて、まとまりの悪い映画で終わってしまっている。無理して観る必要はないだろう。