Saand Ki Aankh

4.0
Saand Ki Aankh
「Saand Ki Aankh」

 女性スポーツ選手の映画は、21世紀のヒンディー語映画界のひとつのトレンドと言っていいだろう。「Chak De! India」(2007年)、「Dil Bole Hadippa!」(2009年)、「Mary Kom」(2014年)、「Dangal」(2016年)などの映画が作られて来た。それらの多くは、まだまだ家父長制や男尊女卑の価値観が強く、女性がスポーツを職業にすることに対する無理解を取り上げており、女性のエンパワーメントが共通の主題となる傾向にある。

 2019年10月25日公開の「Saand Ki Aankh」も、女性スポーツ選手の伝記映画である。だが、他の女性スポーツ選手映画と大きく異なるのは、主人公のスポーツ選手が、60歳を越える2人のお婆さんであることだ。名前はチャンドロー・トーマルとプラカーシー・トーマル。義理の姉妹同士である。スポーツのジャンルは射撃。映画の中で具体的な競技名はなかったが、おそらく10mエアピストルという競技だと思われる。彼女たちは、世界でもっとも高齢の射撃選手として知られている。

 監督はトゥシャール・ヒーラーナンダーニー。10年以上、脚本家として活躍して来た人物で、監督は本作が初となる。プロデューサーの一人はアヌラーグ・カシヤプである。彼の関わる映画は無視できない。

 主演はブーミ・ペードネーカルとタープスィー・パンヌー。悪役的な立ち位置のキャラを演じるのが、「Apaharan」(2005年)などで有名な映画監督のプラカーシュ・ジャー。他に、ヴィニート・クマール、シャード・ランダーワー、ニクハト・カーンなど。

 題名の「Saand Ki Aankh」とは「牛の目」「標的」という意味である。射撃の的の中心を指し、ここを射抜けば10点の最高点となる。

 1999年。ウッタル・プラデーシュ州バーグパトのジョーリー村に住むチャンドロー・トーマル(ブーミ・ペードネーカル)とプラカーシー・トーマル(タープスィー・パンヌー)は義理の姉妹同士だった。二人の義理の兄ラタン・スィン(プラカーシュ・ジャー)は家父長そのもので、家の女性たちを厳格に支配していた。

 デリーで勉強し村に戻って来たヤシュパール(ヴィニート・クマール)は、村に射撃場を建設する。この射撃場にチャンドローとプラカーシーは娘のスィーマーとシェーファーリーを連れて行くようになるが、まず才能を開花させたのは、60歳になるチャンドローとプラカーシーの方だった。ヤシュパールは彼女たちを大会に出場させてみたが、なんと二人はいきなり優勝と準優勝を勝ち取った。やがてスィーマーとシェーファーリーも大会に出場するようになり、勝利を重ねる。だが、ラタン・スィンをはじめ、彼女たちの夫たちには全て内緒だった。

 チャンドロー、プラカーシー、スィーマー、シェーファーリーの四人はうまく言い訳をしてインド中の大会に出場し、勝利する。遂にスィーマーとシェーファーリーはインド代表の強化選手に選ばれ、45日間の訓練を受けることになる。こうなったらもう嘘をつき通すこともできないため、チャンドローとプラカーシーはラタン・スィンに全てを打ち明ける。だが、ラタン・スィンは烈火の如く怒り、ヤシュパールの射撃場を燃やしてしまう。

 だが、軍に所属していた息子のランビール・トーマル(シャード・ランダーワー)がチャンドローやプラカーシーに味方する。四人の射撃についてパンチャーヤト(村落議会)が開かれることになるが、サルパンチ(議長)はラタン・スィン自身であった。ラタン・スィンは、スィーマーとシェーファーリーの訓練参加は認めるものの、チャンドローとプラカーシーが射撃することは認めなかった。それでも、それはチャンドローとプラカーシーの望み通りだった。

 スィーマーとシェーファーリーはデリーで訓練を受ける。また、ヤシュパールは、射撃に理解のあるアルワルのマハーラーニー(ニクハト・カーン)から資金援助を受け、新たに近代的な射撃場を建設する。シェーファーリーは落選してしまうが、スィーマーはクレー射撃に転向して代表に選出され、ロンドンで開催された世界大会で銀メダルを獲得する。

 ラタン・スィンも、とうとう女性たちの射撃を認めざるを得ず、スィーマーを温かく迎え入れる。トーマル家の女性たちが歓喜の余り踊り狂う中、ラタン・スィンと2人の弟も一緒に踊り始める。

 舞台は、まだまだ封建的な価値観が根強く残る、北インドの村である。ラタン・スィンは家父長制の家父長を体現したような人物であり、家の女性たちを圧迫していた。女性たちは野良仕事から家事まで全ての仕事をさせられるが、ラタン・スィンと2人の弟は、四六時中フッカー(水煙草)を吸って無為に過ごしていた。しかも、収入は全てラタン・スィンが管理しており、女性たちの手に現金が渡ることはなかった。このような村のこのような家において、女性たちがスポーツをすることなど、まるで考えられない状態であった。

 ただ、村に新しい風が吹き始める。デリーで学んで来たヤシュパールが村に射撃場を作り、訓練生を募集し始めたのである。これがきっかけで、60歳のチャンドローとプラカーシーは射撃に出会い、しかも類い稀な才能を開花させる。彼女たちは日頃から力仕事をしており、腕力が強かった。その腕力は、片手でピストルを支えて撃つエアピストルの競技に必要な力だった。ヤシュパールはすぐに彼女たちを大会にエントリーさせる。

 当然、当初は60歳のお婆さんたちが射撃場に選手として現れたことで、周囲から嘲笑を受ける。だが、彼女たちは「ブルズアイ(牛の目=10点)」を連発し、実力でその笑いをねじ伏せた。以後、彼女たちはインド各地で開催される大会に出場し、勝利を重ねるようになる。

 また、射撃場で彼女たちはアルワルのマハーラーニーと出会う。マハーラーニーも女性ながら射撃選手として大会に出場していた。夫のマハーラージャーは彼女をしっかり支えていた。男性が女性の後ろに付き従う様子を見て、チャンドローとプラカーシーは目を丸くする。彼女たちの村では有り得ない光景だったからだ。だが、名声を勝ち取るにつれて、彼女たちは、自分たちの生きて来た環境が必ずしも正しくはないこと、そして、女性でも自分のやりたいことを突き詰めることができることを学ぶようになる。

 後半は、徐々に二人の娘、スィーマーとシェーファーリーに焦点が移る。チャンドローとプラカーシーに付いてインド各地を巡る内に、彼女たちも射撃選手として出場するようになった。チャンドローとプラカーシーは、悪しき伝統を自分たちの代で終わらせ、娘たちには自立した人生を歩ませたいと考えていた。スィーマーとシェーファーリーも連戦連勝するようになり、やがてスィーマーはクレー射撃のインド代表となる。

 女性たちが目立ったことをすると家の名誉が損なわれると考え、女性たちにどんなチャンスも与えなかったラタン・スィンも、インド代表として競技をし、メダルを勝ち取ったことで、考えを変えなくてはならなくなった。もっと早期に改心があれば良かったのだが、最後の最後で彼も女性たちのして来たことを認め、ハッピーエンドとなる。

 「Saand Ki Aankh」は、チャンドローとプラカーシーという2人の実在の高齢女性スポーツ選手の半生を追うことで、女性たちのエンパワーメントを訴える映画である。どちらかと言えば、やはり女性向けの映画だ。インドにはまだまだ男尊女卑が根強いが、女性たちが勇気を持ってひとつひとつ偏見や抑圧を打破して行けば、何かを成し遂げることができるという、非常に前向きなメッセージが発信されていた。

 インドは大国であるが、オリンピックなどのスポーツ大会において人口に見合ったメダル数を獲得できていないことはよく指摘される。だが、チャンドローとプラカーシーのように、60歳の頃に射撃を始めて才能を開花させる人物がいるということは、まだまだ巨大な潜在力を持った国であることが予想される。彼女たちは、たまたま同じ村に射撃場ができたことで、射撃という競技に触れる機会が得られた。もし、同じように、インド中に様々なスポーツ施設ができれば、もっと隠れた才能を発掘できるかもしれない。

 また、この映画の合い言葉にもなっていた、「身体は老いるが、精神は老いない」の通り、スポーツを始めるのに、遅すぎる年齢はない。高齢者にスポーツをすることを促す映画でもあったと言えるだろう。

 まだ存命中の人物の伝記映画にはよくあることだが、チャンドローとプラカーシー本人が最後に特別出演していた。スィーマーとシェーファーリーも一緒だった。実はチャンドローとプラカーシーは、アーミル・カーンがホストを務めたTV番組「Satyamev Jayate(真実は勝利する)」に出演したことがあった。そのときの映像がエンドクレジットでも使われていた。その関係からは、アルワルのマハーラーニーを演じたニクハト・カーンは、アーミル・カーンの姉妹にあたる。

 「Saand Ki Aankh」は、今をときめく演技派女優2名の共演が楽しめるのも見所だ。ブーミ・ペードネーカルとタープスィー・パンヌーは、決してトップ女優ではないが、トップクラスの演技力を持ち、作品のチョイスもいい。この2人が共演するのなら絶対に良作だと断言できるほど信頼がある。その信頼を裏切ることなく、「Saand Ki Aankh」はいい作品だったし、二人の演技も絶品であった。ただ、60歳の老女にしては若く見え過ぎた。メイクでもっと老けさせても良かったのではなかろうか。もしくは、ニーナー・グプターなど、その年齢の女優を起用することも考えるべきだったかもしれない。

 厳格な家父長ラタン・スィンを演じたプラカーシュ・ジャーも好演であった。他のキャストの中で目立ったのは、ヤシュパールを演じたヴィニート・クマールであった。「Gold」(2018年)などに出演していた若手男優である。

 「Saand Ki Aankh」は、60歳で射撃を始めて才能を開花させた実在の選手チャンドロー・トーマルとプラカーシー・トーマルの伝記映画であり、演技力に定評のあるブーミ・ペードネーカルとタープスィー・パンヌーが主演である。女性スポーツ選手映画の先例に違わず、女性のエンパワーメントが力強く主張されていた。興行的には振るわなかったようだが、名作である。