Batla House

4.0

 2008年9月13日、デリーの5ヶ所で連続して爆弾が爆発するテロ事件が発生し、インディアン・ムジャーヒディーン(IM)という組織が犯行声明を出した。デリー警察特別部(Special Cell)は南デリーのバトラー・ハウスのL-18にテロリストが潜伏しているとの情報をキャッチし、テロから6日後の9月19日にその場所を急襲した。警察との間に銃撃戦が起こり、2名が死亡、2名が生け捕りとなった。警察にも負傷者が出て、後に1名が殉死した。これをバトラー・ハウス・エンカウンター事件と言っている。

 「エンカウンター」とは、銃撃を受けた警察が正当防衛のために銃撃で返して犯人を射殺することである。また、紛らわしいのだが、「バトラー・ハウス」とは家やアパートの名前ではなく、地域の名前である。バトラー・ハウスは南デリーに位置し、イスラーム系の大学であるジャーミヤー・ミッリヤー・イスラーミヤー(JMI)の近くにある。JMIの学生など、イスラーム教徒が多く住むエリアとして知られている。バトラー・ハウス事件で殺されたのもJMIの学生で、イスラーム教徒であった。政治家、メディア、活動家などの中には、デリー警察が偽の犯人をでっちあげて偽のエンカウンターを行ったのではないかと疑問を呈する者も現れ、物議を醸した。インド社会では少数派であるイスラーム教徒がソフトターゲットになっているとの批判もあった。

 このバトラー・ハウス・エンカウンター事件で重要な役割を果たした警察官僚が、サンジャイ・クマール・ヤーダヴ警視副総監であった。2019年8月15日公開の「Batla House」は、サンジャイの視点からバトラー・ハウス・エンカウンター事件の真相に迫った作品である。

 監督は「Kal Ho Naa Ho」(2003年)や「D-Day」(2013年)のニキル・アードヴァーニー。主演はジョン・アブラハムで、プロデューサーも務めている。他に、ムルナール・タークル、ラヴィ・キシャン、マニーシュ・チャウダリー、ラージェーシュ・シャルマー、ノラ・ファテーヒーなどが出演している。

 2008年9月13日、デリーで連続爆破テロ事件が発生、デリー警察特別部はその6日後にバトラー・ハウスL-18を急襲し、銃撃戦の末に2名を殺害、1名を逮捕した。だが、2名が逃亡し、急襲を陣頭指揮したKK(ラヴィ・キシャン)が負傷して後に息を引き取る。

 バトラー・ハウスでの出来事は、連続爆破テロの犯人をでっち上げるための偽のエンカウンターで、無実の大学生が殺されたという認識が世間に広まり、特別部を率いるサンジャイ(ジョン・アブラハム)はメディアの批判にさらされることになった。サンジャイは精神的に弱って行くものの、自分たちがしたことへの信念は貫いた。

 エンカウンターが本物だということを証明するためには、KKを撃って逃亡したディルシャードを捕まえる必要があった。ディルシャードはウッタル・プラデーシュ州ニザームプルに潜伏しているとの情報を得ていたが、令状が出ず、手をこまねいている状態だった。サンジャイは無断でニザームプルを急襲するが、住民や地元政治家の妨害に遭い、ディルシャードの連行に失敗する。

 そこでサンジャイはディルシャードをニザームプルからおびき出して捕まえる作戦に切り替える。ディルシャードの恋人フマ――(ノラ・ファテーヒー)を引き込んで罠に掛け、逮捕する。

 デリー警察に対して訴訟が起こっていたが、サンジャイは証拠を突き付けて裁判に勝利する。サンジャイは現在でも現役の警察官として国のために働いている。

 警察とテロリストとの戦い、というよりも、テロリストをエンカウンターで射殺および逮捕した警察官が世間から袋だたきに遭う中で、PTSDに襲われながらも、自分の正しさを主張し通すという内容になっていた。非常にハードボイルドな映画である。

 実際には、バトラー・ハウス・エンカウンター事件の真相に迫る作品ではない。デリー警察側の視点に立って語られていたが、それを絶対的な真実と主張するものではなかった。新聞などに公表されている情報を抜き出し、終盤の裁判で戦わせたのみだ。もしかしたら警察は、相手からの銃撃なしに彼らを射殺したのかもしれない。その可能性は完全には否定されていなかった。だが、以下の2つの事実には注目すべきである。ひとつは、バトラー・ハウス・エンカウンター事件の後、インディアン・ムジャーヒディーンによるテロ事件が起こらなくなったこと、そして、もし偽のエンカウンターだったら、一人も生存者を作らないことである。

 さらに、映画の最後に明かされるが、バトラー・ハウスから逃亡した2名の内の1名が、2016年にISISのビデオに登場した。彼はISISのリクルーターになっていた。このことからも、バトラー・ハウスL-18にいた者たちが、デリー警察の読みの通り、テロ組織に関与していた可能性が非常に高い。

 裁判と平行して、なぜデリー警察がバトラー・ハウスL-18にテロリストが潜伏していることが分かったのか、つまり、どのように捜査したのかも明かされる。当時としては新しい捜査方法だったと思われるが、事件前後の携帯電話の通話記録を洗い出し、テロと関連する用語が使われた通話が行われた位置情報を調べることで、テロリストがバトラー・ハウスL-18に滞在していたことが分かったのである。サンジャイは科学的に犯人を追い詰めており、それは裁判でも有利に働いた。

 サンジャイの心の悩みを強調するため、もしくは人間ドラマの要素を入れるため、ムルナール・タークル演じる妻ナンディターとの関係もストーリーに織り込まれていた。サンディープとナンディターの関係は悪く、別居状態にあった。また、ナンディターはTVキャスターであり、彼女の務めるTV局は、事件を偽エンカウンターとして取り上げようとしていた。だが、ナンディターはたとえ不仲であってもサンジャイに寄り添い、彼を支える。サンジャイとナンディターの関係は、映画の重要な部分ではなかったが、暗くなりがちな展開の中に一息できる瞬間を演出していた。

 「D-Day」でも感じたが、ニキル・アードヴァーニー監督は、ハードボイルドな映画の中に、上手に恋愛や男女関係を組み込むことができる。これがうまくできないと映画を支離滅裂にしてしまうのだが、アードヴァーニー監督の映画は逆にロマンス要素が全体を引き締める効果を持つ。

 曲数は多くないが、意外に音楽が良かったのも「D-Day」と共通した特徴だ。一番印象に残るのは、ノラ・ファテーヒーが踊る「O Saki Saki」であろう。「Musafir」(2004年)でセリナ・ジェートリーが踊った「Saaki」のリメイクである。ベリーダンス風のそのダンスシーンでは、ノラの妖艶な踊りを堪能できる。だが、歌詞が美しく、劇中でも効果的に使われていたのは「Rula Diya」だ。

 ジョン・アブラハムはキャリアベストの演技を見せていた。アクションは控えめで、我慢と忍耐の演技で魅せていた。自分でプロデュースしただけあって、気合の入った演技だった。アクションしか能の無い俳優のまま終わるかと思っていたが、いい俳優に成長したと感じる。ムルナール・タークルは出番が少なかったが、要所を押さえた演技をしていた。

 「Batla House」は、2008年9月19日にデリーで起こったバトラー・ハウス・エンカウンター事件と、この事件で指揮を執った警察官僚サンディープ・クマール警視副総監を題材にしたハードボイルドな映画である。この種の映画を撮ると非常にうまいニキル・アードヴァーニーが監督。筋肉派男優のジョン・アブラハムがプロデューサー兼主演で、感情をかみ殺した味のある演技をしていた。興行的にも成功している。だが、バトラー・ハウス・エンカウンター事件を知らない人からしたら、退屈に感じるかもしれない。