Khandaani Shafakhana

3.5

 インドには、一方で「カーマスートラ」のような性の奥義書やカジュラーホー寺院群の男女交合像などが示す通り、性に大らかな文化があるのだが、一方で性に関して大っぴらに話題にできない保守的な文化もあり、両極端である。性教育の遅れも様々な場面で指摘されており、「Padman」(2018年)では、結婚するまでに女性に生理があることすら知らない男性が多いことも指摘されていた。また、性に関する病気や悩みは「秘密の病気」とされ、人目を忍んで治療をするか、それとも名誉を守るために治療をせず秘密にするか、どちらかである。

 近年のヒンディー語映画は、性や生殖に関する事柄も果敢に取り上げるようになっている。同性愛、勃起不全、精子ドナー、代理母などである。2019年8月2日公開の「Khandaani Shafakhana」は、ひょんなことからセックスクリニックを継ぐことになった女性が主人公の映画で、性教育の後れや、性を公衆の場で語ることが猥褻と見なされる現状などを指摘している。

 監督は新人のシルピー・ダースグプター。主演はソーナークシー・スィナー。他に、ラッパーのバードシャー、ヴァルン・シャルマー、アンヌー・カプール、プリヤーンシュ・ジョーラー、クルブーシャン・カルバンダー、ラージェーシュ・シャルマーなどが出演している。

 また、劇中では使用されていないが、プロモーション用のミュージックビデオ「Shehar Ki Ladki」には、バードシャーの他に、ダイアナ・ペンティー、スニール・シェッティー、ラヴィーナー・タンダンが特別出演している。この曲は、スニールとラヴィーナーが主演の「Rakshak」(1996年)で使われていた曲のリメイクである。

 ちなみに、題名の「Khandaani Shafakhana」とは、「先祖代々の医院」という意味である。これはそのまま劇中に登場するセックスクリニックの名前となっている。

 舞台はパンジャーブ州ホーシヤールプル。ベイビー(ソーナークシー・スィナー)は薬品会社の営業をしていたが、なかなか実績が上がらず、ボスからは叱られてばかりだった。ある日、叔父ハキーム・ターラーチャンド(クルブーシャン・カルバンダー)が急死し、遺書にて、彼が経営していたセックスクリニック、カーンダーニー・シャファーカーナーの相続人として彼女が指名される。6ヶ月間、セックスクリニックの店番をすれば、その物件の処分は自由にしていいことになっていた。ベイビーは家族に黙って、お金欲しさにカーンダーニー・シャファーカーナーの店番をし始める。

 ホーシヤールプルは保守的な土地柄で、カーンダーニー・シャファーカーナーの近所にはセックスクリニックを面白く思わない人々がたくさんいた。だが、患者もいた。ベイビーは患者に残っていた薬を分け与える。驚いたことに、患者の中には、有名なラッパー、ガブルー・ガタク(バードシャー)もいた。

 ベイビーは、叔父が遺したメモを見て薬を自作するようになる。弁護士から監視役を命じられていた、近所でドリンク屋を営むレモン・ヒーロー(プリヤーンシュ・ジョーラー)も彼女に協力する。ベイビーは、ビジネスを拡大するためにセックスクリニックの宣伝を始めるが、たちまち人々から批判を受ける。ベイビーは、免許なく薬を提供した容疑や猥褻の容疑で逮捕されてしまう。

 裁判でベイビーはカーンダーニー・シャファーカーナーを営むことを禁じられる。だが、彼女は大学に入り、免許を取ろうとする。

 往年の名優シャトルガン・スィナーの娘として鳴り物入りでヒンディー語映画界で女優デビューし、ヒット作に恵まれて邁進して来たソーナクシー・スィナーだったが、出演作にはお気楽な映画が多かったこともあり、彼女が潜在力を発揮する場面は今まで少なかった。だが、この「Khandaani Shafakhana」を観て、初めて彼女の演技に光るものを感じた。台詞が多くなかったのが功を奏し、沈黙の中に感情を込める演技に集中できていた。「Khandaani Shafakhana」、まずはソーナークシーの映画である。

 コメディータッチの映画と見せ掛けて、けっこうヘビーな描写が多かった。舞台はムンバイーやデリーのような大都会ではなく、パンジャーブ州の地方都市だ。「セックス」という言葉を発することすら眉をひそめられる保守的な社会であった。主人公ベイビーの叔父ターラーチャンドは、人々の性の悩みを解決したいと願う、物静かな紳士であったが、セクソロジストという職業が家族や周囲の人々には好意的に理解されず、迫害を受ける。ターラーチャンドの営むセックスクリニック、カーンダーニー・シャファーカーナーを継いだベイビーも、叔父と同様の迫害を受けるようになる。特に女性ということで、尚更周囲から奇異の目で見られる。そしてその迫害は最終的に家族をも巻き込む。

 「Khandaani Shafakhana」は、残念ながらインドでは興行的に大失敗作に終わった。まさか性がテーマの映画だったからそっぽを向かれたという訳でもあるまい。もっとライトタッチにすれば、あるいは受けが良かったかもしれない。だが、決してつまらない映画ではないし、インド社会に重要なメッセージを発信している映画であった。興行的失敗で過小評価してはならない映画の一本である。

 ターラーチャンドはユーナーニーの医者であった。インドには伝統医学としてアーユルヴェーダがあるが、ユーナーニーはどちらかというとイスラーム圏からやって来た伝統医学だ。どちらも漢方に似た、自然治癒力により病気を治す自然療法である。アーユルヴェーダやユーナーニーは、現在インド政府に設置されたAYUSH省によって管理されている。ターラーチャンドはヒンドゥー教徒だが、ユーナーニーを修めるのに宗教は関係ない。

 「Khandaani Shafakhana」は、ソーナークシー・スィナーがセクソロジストの叔父の跡を継ぎ、セックスクリニックの店番をするようになるという映画である。意外にダークな雰囲気なのだが、性教育の後れや性をタブー視する社会への重要な警鐘を発信している。ソーナークシーの今まででベストの演技も見所である。