Judgementall Hai Kya

4.0

 2019年にスリラー映画「Andhadhun」(2018年)が「盲目のメロディ~インド式殺人狂騒曲」の邦題と共に日本で公開され、高い評価を得た。その前にはスリラー映画「Kahaani」(2012年)が「女神は二度微笑む」の邦題と共に公開されたこともあった。ヒンディー語映画には実は良質のスリラー映画がたくさんある。だが、スリラー映画はかなりユニバーサルなジャンルであり、そこにインドらしさを盛り込むのが難しい上に、一般の観客にとっても、わざわざインドのスリラー映画を観る強い動機を持ちにくいのが欠点である。それでも、個人的には今後も是非注目して行きたいジャンルである。

 2019年7月26日公開の「Judgementall Hai Kya」も優れたサイコスリラー映画である。監督はテルグ語・タミル語映画界で監督を務めて来たプラカーシュ・コーヴェラムーディ。ヒンディー語映画の監督は初となる。主演はカンガナー・ラーナーウトとラージクマール・ラーオ。他に、アマーイラー・ダストゥール、アムリター・プリー、サティーシュ・カウシクなど。ジミー・シェールギルが特別出演している。

 精神疾患を抱えるボビー(カンガナー・ラーナーウト)はムンバイーで声優として働いていたが、自分が声をあてたキャラになりきってしまう欠点があった。ボビーの両親は幼い頃に高所から落ちて死亡していた。ボビーの叔父叔母が彼女の面倒を見ていた。

 ある日、ボビーの家に借家人の夫婦がやって来る。夫の名前はケーシャヴ(ラージクマール・ラーオ)、妻の名前はリーマー(アマーイラー・ダストゥール)であった。ボビーは、ケーシャヴがリーマーを殺すという幻覚を見るようになり、リーマーに警告する。それを聞いたケーシャヴは怒り、家を出て行こうとする。その直後にリーマーは焼死する。ボビーはケーシャヴがリーマーを殺したと警察に訴えるが、証拠不十分のため、単なる事故として処理された。それに怒ったボビーはケーシャヴに殴りかかってしまい、精神病院に入れられる。

 それから2年後。ボビーは、ロンドン在住の従姉妹メーガー(アムリター・プリー)を訪ねる。メーガーは、現代版「ラーマーヤナ」の演劇を演じる劇団にボビーを入れようとしていた。団長はシュリーダル(ジミー・シェールギル)であった。だが、メーガーは妊娠しており、夫はケーシャヴであった。

 例によってボビーは、ケーシャヴがリーマーを殺そうとしていると妄想を抱き始める。我慢ならなくなったケーシャヴは引っ越そうとする。劇団の女優がボビーの行動によって大怪我を負いそうになったことでボビーは逃げ出し、手首を切って入院する。だが、ボビーは病院を抜け出し、ケーシャヴの生い立ちを調べる。すると、ケーシャヴは今まで名前を変えて殺人に関わって来たことが分かる。ボビーはメーガーを人質に取ってケーシャヴをおびき出す。燃えさかる火の中でケーシャヴは自分の過去を明かし、ボビーに襲いかかる。だが、メーガーが手を差し伸べたことでボビーは助かり、代わりにケーシャヴが燃えてしまう。

 精神病患者ボビーの視点で物語が進み、彼女の妄想や幻覚が現実と入り乱れ、真実があやふやになる。ボビーは、キャラになりきる癖があり、声優で演じたキャラになりきって悦には入るところがあった。症状が悪化するとゴキブリの幻覚を見るようになり、家中に殺虫剤を撒いていた。ボビーの周辺では様々な事故が起こる。これも、ボビーの仕業なのではないかとほのめかされることになる。だが、あくまでどこまでが現実でどこまでが幻覚なのか分からない。

 そこへケーシャヴが登場する。ケーシャヴは妻のリーマーと共にボビーの家に借家人として住み始める。ボビーは、ケーシャヴがリーマーを殺そうとしているという妄想に取り憑かれる。それは、そのとき彼女が声優をしていたホラー映画のストーリーの影響であった。ボビーがケーシャヴに惹かれていることも示唆される。リーマーは焼死してしまうが、ケーシャヴが殺したのか、単なる事故なのか、もしくはボビーが殺したのか、これも終盤まで明かされずにストーリーが進行する。

 ケーシャヴを襲ったボビーが精神病院に入院することで前半が終わるが、後半は舞台がロンドンに移り、ボビーが従姉妹のメーガーを通してケーシャヴと再会するところから始まる。ボビーは今度は現代劇「ラーマーヤナ」の世界に入り込み、自分をスィーターだと考え始める。「ラーヴァンがスィーターを誘拐したのか、それともスィーターがラーヴァンに自ら誘拐されたのか」という問いが彼女の頭で回転することになり、ケーシャヴがメーガーを殺すという妄想に取り憑かれる。

 ボビーの精神病や、それ故に彼女が周辺の人々の死に関わって来た可能性がクローズアップされる一方で、実はケーシャヴが連続殺人犯なのではないかという疑いも徐々に持ち上がって来る。どこからが真実でどこからが妄想なのか分からないままクライマックスを迎え、物語は一気に解決する。

 現在、ヒンディー語映画界でトップクラスの演技力を誇るカンガナー・ラーナーウトとラージクマール・ラーオの共演は非常にスリリングであった。どちらも一筋縄では行かない役柄を絶妙に演じ切っており、甲乙付けがたい。この二人の演技を楽しむためだけにこの映画を観るという選択肢はありである。そういえばカンガナーは「Manikarnika: The Queen of Jhansi」(2019年)の撮影で額に15針を縫う怪我したが、「Judgementall Hai Kya」ではその傷跡が残っていた。

 元々映画の題名は「Mental Hai Kya」であったが、インド精神病協会から物言いが来て、現在の題名に変更となった。インドでは精神病患者のことを俗に「メンタル(Mental)」と呼ぶが、それが題名に使われたことが物議を醸したようだ。「Judgementall」とはもちろん「Judgemental」のことで、「物事を一方的に決め付ける」という意味である。「Mental」と「Judgemental」では全く意味が異なる。だが、映画の内容には即しており、いい代案であった。「Judgemental」という言葉は、かつて「English Vinglish」(2012年/邦題:マダム・イン・ニューヨーク)でも話題になっていた。また、過去にはサルマーン・カーン主演の「Mental」という映画が、やはり物議を醸して、最終的に「Jai Ho」(2014年)として公開されたことがあった。

 「Judgementall Hai Kya」は、現在トップクラスの演技力を持つ俳優、カンガナー・ラーナーウトとラージクマール・ラーオが共演かつ競演する優れたサイコスリラー映画である。後半は「ラーマーヤナ」との関連付けされており、インドらしさも出ている。「Kahaani」や「Andhadhun」などでインドのサイコスリラー映画に興味を持った人に勧められる作品である。