Kabir Singh

3.0

 一口にインド映画と言っても、インドは広く、そして多様で、各地で特色のある映画作りが行われている。それでも、「北」と「南」という大別は可能であり、近年はヒンディー語映画がだいぶマイルドになったことから、荒々しい南インドの作品群との違いが際立っている。南インド映画のヒンディー語リメイクは明らかに作りが違うため、すぐにそれと分かる。2019年6月21日公開のヒンディー語映画「Kabir Singh」は、テルグ語の大ヒット映画「Arjun Reddy」(2017年)のリメイクである。

 「Kabir Singh」の監督は、「Arjun Reddy」で監督デビューしたサンディープ・ヴァンガーである。彼にとって「Kabir Singh」は2作目であり、ヒンディー語映画第1作だ。主演はシャーヒド・カプール。「Kaminey」(2009年)や「Udta Punjab」(2016年)など、マッドな役柄を時々演じるが、今回も相当極端なキャラを演じている。ヒロインはキヤーラー・アードヴァーニー。他にニキター・ダッター、カーミニー・カウシャル、スレーシュ・オーベローイ、アーディル・フサインなどが出演している。

 主人公のカビール(シャーヒド・カプール)は、デリー医科大学でトップの研修外科医だったが、怒りの制御ができない弱みを抱えていた。カビールは新入生のプリーティ(キヤーラー・アードヴァーニー)と恋に落ち、執拗に彼女を口説く。大学でカビールは怖れられていたため、誰もプリーティには手が出せなくなった。プリーティもカビールに従うようになる。カビールは男子寮に彼女を住まわせ始める。

 カビールはデヘラードゥーンの大学院に進学し、二人は離れ離れになるが、頻繁に会っていた。プリーティも大学を卒業し、医師の資格を取得する。カビールはプリーティと結婚しようと、彼女の家に挨拶に訪れる。だが、プリーティの父親はカビールを嫌っており、二人の結婚を認めなかった。カビールはプリーティを放り出し、モルヒネを撃って自殺を図る。

 カビールが昏睡状態の間、プリーティは父親によって別の男性と結婚させられてしまう。それを知ったカビールは激昂し、プリーティの家に乱入するが、追い返される。カビールは実の父親からも勘当され、一人で住み始める。彼は外科医としての職を得るが、酒と麻薬に溺れる毎日を送っており、緊急手術のときに倒れるという事故を起こす。

 南インド映画の典型的なストーリー運びを踏襲したヒンディー語映画であった。まず、恋が一目惚れから始まる。そこに何の説明もない。ただ単にヒロインがかわいいから問答無用で恋が始まるのである。そして主人公はストーカーとなる。普通はストーカーをすることで女性の気を引くことができるはずないのだが、南インド映画の中では、それで女性は口説き落とされてしまう。そしていつの間にか主人公に強烈な愛情を抱くようになる。

 中盤までの流れは「Devdas」(2002年)タイプである。主人公は、好きだった女性と結婚できず、酒や麻薬に溺れる毎日となる。失恋した男性が相手を忘れることができず、とことんまで落ちぶれる様子を描くのを好む傾向はインド全体に見られる。だが、そこからどういう結末に持って行くかで、ある程度その作品の個性が出る。

 「Kabir Singh」は、急転直下ハッピーエンドとしてまとめてしまった映画であった。カビールは、プリーティと別れてから9ヶ月後に彼女と再会する。だが、プリーティは妊娠していた。カビールはそれでも彼女を連れてどこかへ行こうとする。結婚した女性、しかも妊娠している女性と駆け落ちしようとするのは狂気としか言いようがない。だが、それをハッピーエンドでまとめてしまっていた。

 インド映画に長らく存在した不文律である、「結婚の前の恋愛は恋愛が勝ち、結婚の後の恋愛は結婚が勝つ」が形骸化して久しい。「Kabir Singh」でも、恋愛と結婚のせめぎ合いがあった。プリーティは他の男性と結婚してしまっており、その不文律に則るならば、カビールとプリーティの恋愛は成就しないことになる。だが、それを成就させてしまっていた。またひとつ、不文律に従わない映画を目の当たりにすることとなった。

 「Kabir Singh」は、ヒンディー語圏でも大ヒットとなった。ヒンディー語映画がマイルド化したといっても、ヒンディー語圏の観客のテイストまでもが一律にマイルド志向になったかというと、そういう訳でもなく、南インドが得意とする極端かつストレートな物語が受けることもある。個人的には、「Kabir Singh」はあまりに一方的過ぎて退屈だったのだが、まだまだこういう映画の需要があることは理解する。

 ロイヤルエンフィールドのバイクが印象的な使われ方をした映画でもあった。ロイヤルエンフィールドは、元々1901年に英国で誕生したバイクメーカーで、世界でもっとも古いバイクメーカーとして知られている。1950年代に生産拠点がインドに移されて行き、現在はインドのバイクメーカーとなっている。映画で作られたのは、まだロイヤルエンフィールドが英国の会社であった時代の1950年代に生産されたG2というモデルである。

 「Kabir Singh」は、シャーヒド・カプール主演の南インド映画的なロマンス映画である。ストーリーが一方的であるし、理不尽な暴力もあったりして、ヒンディー語映画のテイストではない。だが、インドでは大ヒットしており、抑えておく必要のある作品である。