Music Teacher

4.0

 インド映画の最大の特徴は歌と踊りにあり、歌と踊りを映画に盛り込むために、主人公が歌や踊りに関わる職業である設定は多い。音楽教師が主人公のヒンディー語映画と言うと、ラッキー・アリー主演の「Sur: The Melody of Life」(2002年)を思い出すのだが、このテーマの映画として世界的に有名なのは、サリエリとモーツァルトの関係を描いた「アマデウス」(1984年)になるだろう。

 2019年4月19日公開の「Music Teacher」は、題名の通り、音楽教師を主人公にした大人のロマンス映画である。監督はサールタク・ダースグプター。主演は演技派男優マーナヴ・カウル。ヒロインはアムリター・バーグチー。他に、ディヴィヤー・ダッター、ニーナー・グプター、ニハーリカー・ライラー・ダットなどが出演している。

 ヒマーチャル・プラデーシュ州の州都シムラーに住むベーニー・マーダヴ・スィン(マーナヴ・カウル)は、ムンバイーで歌手になる夢を持ちながら果たせず、故郷で音楽教師をしている独身男性だった。母マーダヴィー(ニーナー・グプター)と妹ウルミー(ニハーリカー・ライラー・ダット)と共に暮らしていた。また、隣には、夫と離婚して、夫の実家に義父と共に住むギーター(ディヴィヤー・ダッター)がおり、夜な夜なベーニーが歌う歌声に耳を傾けていた。

 ベーニーにはかつてジョーツナー(アムリター・バーグチー)という生徒がいた。ジョーツナーはベーニーを慕っており、彼に結婚まで申し出た。だが、ジョーツナーの成功を夢見ていたベーニーは、彼女にコンテストで歌わせ、ムンバイーに送り込む。ジョーツナーは大スターとなった一方、ベーニーは彼女の求婚を断ったことを後悔し続けていた。そのジョーツナーがシムラーでコンサートを行うことになった。

 ベーニーはジョーツナーと会いたくなかったため、ウルミーの結婚式をわざとジョーツナーのコンサートと同じ日にした。だが、やはりジョーツナーに会いたくなり、ウルミーの結婚式を途中で抜け出してコンサート会場へ行く。ジョーツナーが歌い終わった後、二人は久しぶりに会い、楽屋で話をする。

 サールタク・ダースグプター監督はムンバイー生まれのようだが、名前から察するにベンガル人の家系であり、この「Music Teacher」からもベンガル語映画のエッセンスを感じた。具体的には、登場人物の心情描写がずば抜けて優れており、随所にセンスの良さが光り、そして含みのある終り方をしている点から、そのような感想を抱いた。

 まず、ベーニーの心情は複雑ではあるが単純だった。彼は夢破れた男だった。ムンバイーで一旗揚げようと夢見ていたが、果たせず、故郷でくすぶっていた。音楽教師と言えば聞こえはいいが、世間体を保てるほど稼げておらず、結婚もせずに中年になってしまっていた。彼は社会的な劣等感を抱いていた以上に、8年前にジョーツナーに対して取った態度を悔いていた。彼は、ジョーツナーの成功を通して自分もムンバイーへ行き、夢を叶えようと思っていたが、ジョーツナーからのプロポーズにまともに答えなかったことで、彼女を失望させてしまった。ジョーツナーはムンバイーへ去って行き、以後、音信不通となった。ジョーツナーが久しぶりにシムラーに戻って来ると聞いて、彼の心は動揺する。彼女に会うべきか、会わないべきか。心は会いたいと叫んでいたが、頭は彼を止めていた。8年前のことがあった上に、今や彼より何十倍も稼ぐ大スターとなったジョーツナーに、会わせる顔がなかったのである。

 ジョーツナーは、ベーニーと出会ったときから彼に惹かれており、ベーニーとの関係を先に進めようと最初に動いたのも彼女であった。彼女は大スターなどになろうとは思っていなかった。ただ、愛するベーニー先生と一緒にシムラーの片田舎で一生を暮らしたいと夢見ていた。ベーニーから断られたことで彼女は態度を変え、一転してムンバイーに移り、ベーニーとは連絡を絶つ。だが、シムラーに戻って来たのは、ベーニーと会いたかったからだった。

 この二人の関係だけでも映画は成立したが、そこにギーターを入れたことで、さらに重層的な感情の動きを演出することになった。ベーニーは受動的な男性として描かれており、やはりここでもギーターの方からベーニーに接近して行った。ベーニーとギーターは身体の関係にもなる。だが、ギーターは大人の女性であり、ベーニーのジョーツナーに対する感情もよく理解していた。ベーニーが最終的にジョーツナーを選んだことを知ったギーターは、それを微笑んで受け容れ、彼を送り出す。そして自身は、義父のいなくなった家を後にして、どこかへ去って行こうとする。

 非常に文学的な提示の仕方がされており、登場人物の感情ははっきりとは示されず、観客の想像に任される部分が多い。結末についても、いかようにも解釈が可能である。果たしてベーニーとジョーツナーは結ばれるのか、それともこれで終わりなのか。終わりであったとしても、ベーニーは清々しい表情をしていた。その表情も多様に解釈できる。

 映画においてキーワードとなっていたのは「完璧」という言葉だ。ベーニーは音楽に完璧を求めていた。ジョーツナーに対しても、完璧な歌い方を求めた。だが、母親は彼に、世の中に完璧なものはないと教える。完全に全てが解決されたエンディングはインド娯楽映画に付きものだが、現実には物事がそんな終り方をすることは滅多にない。様々な感情や問題が残りつつ、それでも前へ進んで行く。それが人生であり、「Music Teacher」のエンディングの正しい解釈だと言える。

 マーナヴ・カウル、ニーナー・グプター、ディヴィヤー・ダッターなど、重みのある演技のできる俳優が揃っており、彼らの競演を見るのは楽しい体験であった。それに加えて、アムリター・バーグチーやニハーリカー・ライラー・ダットと言った若い女優が好演をしており、総じて満足度の高いキャスティングとなっていた。

 そして、標高2,276mの地点に位置する山間の都市シムラーの光景がこの映画にアクセントを加えていた。主な時間軸は6月であり、雨季の直前の時期だ。雨が降るシーンはほとんどなかったものの、黒い雲が山を覆い、雷が鳴り響くことはあった。飛び交う鳥たちの鳴き声や、急流を流れる水の轟音が効果的に使われていた。

 「Music Teacher」は、しがない音楽教師と、成功した生徒の間の淡いロマンス映画である。シムラーの風光明媚な光景と相まって美しい映画に仕上がっている。マーナヴ・カウルらの演技も見所である。スターパワーはないが、良作だ。