Photograph

4.5
Photograph
「Photograph」

 日本でも「めぐり逢わせのお弁当」の邦題と共に公開され話題となったインド映画「The Lunchbox」(2013年)。そのリテーシュ・バトラー監督の最新作「Photograph」がAmazon Prime Videoで配信されている。邦題は「フォトグラフ~あなたが私を見つけた日」となっている。2019年のサンダンス映画祭やベルリン国際映画祭でプレミア上映され、インド本国では2019年3月15日に公開された。

 「Photograph」の主演は「The Lunchbox」にも出演していたナワーズッディーン・スィッディーキーと「Dangal」(2016年)のサーニヤー・マロートラー。他にファールーク・ジャファル、サチン・ケーデーカル、ヴィジャイ・ラーズ、ジム・サルブなど、渋いキャスティングである。

 「The Lunchbox」では、男女の間の、恋と言えるかどうかぐらいの淡い関係が、非常に丁寧に描写されていたが、この「Photograph」も、それ以上にスローペースで二人の心の接近が追われる。ナワーズッディーン演じるラフィーはムンバイーのインド門で観光客の写真を撮って生計を立てる出稼ぎ労働者だ。一方、サーニヤー演じるミローニーはムンバイーの上位中産階級家庭に生まれており、公認会計士を目指して勉強中である。ラフィーはイスラーム教徒で、ミローニーはグジャラートのヒンドゥー教徒だ。ラフィーが、たまたまインド門を訪れたミローニーの写真を撮ったことから、二人の交流が始まる。

 ラフィーは早くに両親を亡くしていたが、祖母が母親代わりとなって彼を育て上げた。祖母はラフィーに結婚を迫っていたが、ラフィーは借金を返すまで結婚しないつもりであった。だが、祖母が、ラフィーが結婚するまで薬を飲まないと言い出したため、仕方なく、インド門で撮ったミローニーの写真を祖母に送り、ムンバイーでいい女性と出会ったと嘘を付く。その写真を見て祖母はムンバイーに飛んで来る。嘘を取り繕うために、ラフィーはミローニーを探し出し、祖母のいる間だけ恋人を装ってもらう。こんな物語である。

 ストーリー自体は、メインストリームの娯楽映画でもありそうなものだ。娯楽映画なら思いっきりコメディーに持って行くところだが、リテーシュ・バトラー監督はそんなことはしない。ラフィーもミローニーも内向的な性格であり、二人は感情を露わにすることはほとんどない。祖母の前で恋人を装っている内に、二人の間に不思議な心の通い合いができ、祖母がいなくても二人で会うようになる。だが、恋人なのかどうかははっきりしないし、どちらもはっきりさせようとしない。

 「The Lunchbox」でも、オープンなエンディングとなっており、観客の想像力に委ねられていた。この「Photograph」でも、結末は固定されていない。様々に解釈可能である。映画館で昔の映画を観ていた二人が席を立って、「映画のストーリーはどれも一緒だ」と言って映画館を立ち去る、というのが最後のシーンであった。ラフィーとミローニーは、宗教も違えば生活レベルも違う。普通の映画ならば、その格差が枷となるが、何とかしてその格差を乗り越えて男女は結婚まで行き着くのが娯楽映画らしいハッピーエンディングだ。だが、この映画は娯楽映画の体裁をしていない。そうなると、やはり二人はこのまま結ばれないのであろうか。

 「The Lunchbox」では弁当箱というアイテムが見知らぬ男女を結びつけたが、「Photograph」でもリテーシュ・バトラー監督は小道具の使い方がうまかった。

 まずは題名にもなっている写真。ラフィーがインド門で撮ったミローニーの写真は、二人を結びつけるきっかけにもなったし、その後のストーリーでも何度も登場する。ミローニーは、ラフィーに撮ってもらった写真がよほど気に入ったようであった。

 次に小道具として出てくるのはクルフィーまたはソフトクリームである。クルフィーはインドの伝統的な氷菓子で、堅さがある一方、ソフトクリームは西洋から入ってきたもので、口に入れるとすぐに溶けてなくなってしまう。ソフトクリームは結婚の象徴として度々言及される一方、クルフィーは、ラフィーの子どもの頃の思い出を想起させるアイテムにもなっていた。

 そしてもうひとつ、重要なアイテムがカンパ・コーラである。インドではかつて、カンパ・コーラという炭酸飲料が販売されていた。昔、カンパ・コーラについてまとめた文章があるので、それをそのまま引用する。

…カンパ・コーラ誕生のきっかけとなったのは、1977年のコカ・コーラ・カンパニーのインド撤退であった。コカ・コーラ・カンパニーは、独立間もないインドにおいて1949年から現地会社ピュア・ドリンクス・グループと合弁でコカ・コーラを製造・販売していた。だが、インディラー・ガーンディー政権時代の1974年に外国為替規制法(FERA)が改正され、自国企業の優遇、外資に対する規制強化とインド化の強制が始まったことで、コカ・コーラ・カンパニーはインド撤退を余儀なくされる。コカ・コーラ・カンパニーの撤退により、コカ・コーラ製造工場をそっくり受け継いだピュア・ドリンクス・グループは、新たにカンパ・ビバレッジ社を設立し、コーラ味の炭酸飲料カンパ・コーラと、オレンジ味の炭酸飲料カンパ・オレンジを発売したのである。同時期に、サムズ・アップ(Thumps Up)やダブル・コーラ(Double Cola)などと言った類似の炭酸飲料水も発売された。

 カンパ・コーラはサムズ・アップと競り合いながらインドの飲料水市場を独占していたが、1991年に経済改革が行われたことで、再び外資のインド進出が促進され、飲料水市場も大きな影響を受けることとなった。真っ先にインドに飛び込んだ大手飲料水メーカーはペプシコであった。1993年にはコカ・コーラ・カンパニーもインドに再進出し、インドはコカ・コーラ対ペプシの主戦場のひとつとなった。国際的大企業の豊富な資金源と徹底した販売戦略を前にしたら、インド企業はひとたまりもなかった。サムズ・アップは早々にコカ・コーラ・カンパニーに吸収され、同社の1ブランドとなる。一方、カンパ・コーラはコカ・コーラとペプシに急速に市場を奪われた上に、経営者家族内での内紛も抱えることとなり、2000年には販売が停止してしまう。つまり、カンパ・コーラは一旦生産中止となっている。

これでインディア 2009年7月23日 カンパ・コーラを求めて

 2009年の時点ではデリーではカンパ・コーラが手に入ったが、現在はもしかしたらどこでも入手不可かもしれない。ミローニーはカンパ・コーラが好きで、ラフィーは何とかカンパ・コーラを手に入れようと探し回るのである。

 ナワーズッディーン・スィッディーキーは今や誰もが認める演技派男優であり、今回もまた抑え気味ながら素晴らしい演技だった。サーニヤー・マロートラーも少なく単調な台詞の中に微妙な感情を込められていて、遜色なかった。二人の演技を引き出したリテーシュ・バトラー監督はもっとも賞賛されて然るべきだろう。間の取り方がうまく、シャイな2人の会話とも取れないような会話の中に、多くの心の交流を見せていた。日本人好みの以心伝心を感じた。また、祖母を演じたファールーク・ジャファルも絶妙であった。田舎の口うるさいお婆さんではあったが、最後にラフィーに語りかけた言葉は、年配者らしい達観したものだった。それを解釈するところでは、彼女はラフィーとミローニーの結婚を、異宗教間結婚ながら、認めたということであろう。

 「Photograph」は、「The Lunchbox」のリテーシュ・バトラー監督の作品である。「The Lunchbox」の雰囲気が好きな人ならば必ず気に入る、大人のラブストーリーだ。俳優の演技、監督の指導、小道具の使い方など、全てが絶妙で、傑作と評して差し支えない。