Thackeray

3.5

 インドにはユニークな政治家がひしめいているが、バール・タークレーは最も興味深い政治家の一人だと言える。元々漫画家だったのだが、極右政党シヴセーナーを立ち上げ、マラーター人とヒンドゥー教徒の庶民から絶大な支持を集めながら強大な政治力を振るい、マハーラーシュトラ州の政治を長年支配した。2012年に死去したときには葬儀に100万人が参列したとされるが、葬儀にその規模の群衆を集めた政治家は、マハートマー・ガーンディーやジャワーハルラール・ネルーなど、ごく限られている。

 2019年1月25日に公開された「Thackeray」は、バール・タークレーの伝記映画である。二部構成の映画で、第1部となるこの映画ではタークレーの台頭までが描かれている。監督はマラーティー語映画界のアビジート・パンセー。シヴセーナーの政治家サンジャイ・ラウトがストーリーを担当している。バール・タークレーを演じるのは演技派男優ナワーズッディーン・スィッディーキー。他に、アムリター・ラーオなどが出演している。

 ボンベイの新聞フリー・プレス・ジャーナルで風刺漫画を描いていたバール・タークレー(ナワーズッディーン・スィッディーキー)は、外部の人間によって地元民であるマラーター人が抑圧されている現状に憤りを感じ、新聞社を辞めて自分の雑誌マールミクを発行し始めた。マールミクはマラーター人の琴線に触れ、タークレーは人々から頼られるようになる。タークレーは1966年に政党シヴセーナーを立ち上げる。

 当初、バール・タークレーはマラーター人の利益を守るために政治活動をしていた。だが、インディラー・ガーンディー首相によって1975年に発令された非常事態宣言や、1977年の総選挙における人民党(JP)の勝利などを経て、次第にヒンドゥー教至上主義に傾倒するようになる。1992年のバーブリー・モスク破壊事件とその後のボンベイ暴動の後は完全にヒンドゥー教至上主義政党となった。

 元々風刺漫画家だったバール・タークレーがどのようにカリスマ政治家になって行ったのかを簡略に追った作品であった。彼自身が立ち上げたシヴセーナーの政治家が関与している映画であり、タークレーを正当化・神格化した、プロパガンダ映画の性格は否定できない。それでも、一時代を築き上げ、マハーラーシュトラ州の運命を変えた強力な政治家の軌跡を追う目的を十分に達成する出来となっている。

 漫画家とは言え、風刺漫画家なので、政治を含む時事ネタには敏感で、それを人々の関心を引く形で提示する能力に長けていたのだと思われる。彼が手にした後年の政治力は、風刺漫画家時代に培われたその斬新な観点とプレゼン力をベースにしていたのであろう。強面ではあるが、その語り口はユーモラスで、人を惹き付けるものがあったに違いない。漫画家から独裁的な政治家への変貌する様子は、ドイツのアドルフ・ヒトラーとも比較されていた。

 現代の視点から見るとシヴセーナーはヒンドゥー教至上主義が党是のように感じられるが、その創立の第一の目的は、宗教に関わらず、マハーラーシュトラ州で生まれ育った地元民の利益を守ることにあった。特にボンベイはメトロポリタンシティーであり、外部から来た人々が幅を利かせていた一方で、相対的に地元民であるマラーター人は肩身の狭い思いをしていた。その現状に課題意識を抱いたタークレーは、マラーター人のための政党シヴセーナーを立ち上げたのだった。「シヴセーナー」とは、「マラーター人の英雄シヴァージーの軍隊」という意味になる。

 シヴセーナーは、単にマラーター人の利益を代表する政党ではなかった。困窮する庶民に積極的に手を差し伸べ、職を創出したり、安いスナックを提供したり、無料の救急車を運営したりして、地道に人々の支持を勝ち取って行った。だが、どうも転機となったのは1975年の非常事態宣言だったようだ。このとき、国内の多くの政党が活動を禁止されたが、シヴセーナーは禁止リストから外れた。それは、タークレーが非常事態宣言を支持したからだった。そのおかげで、1977年に非常事態宣言が解除され、総選挙が行われたとき、非常事態宣言時代に抑圧された有権者たちの支持を得ることができず、シヴセーナーは低迷することになった。シヴセーナーはイスラーム教徒の政党との連携も模索したが相容れず、ヒンドゥー教至上主義の性格を強めて行く。1992年のバーブリー・モスク破壊事件では、モスクの破壊とラーム寺院の建設を支持し、その後のボンベイ暴動でもイスラーム教徒の虐殺を扇動したとされている。

 「Thackeray」は伝記映画であると同時に政治ドラマでもあり、1970年代から90年代にかけて活躍した実在の政治家たちが実名で登場する。インディラー・ガーンディー、モーラールジー・デーサーイー、ジョージ・フェルナンデス、マノーハル・ジョーシー、シャラド・パーワルなどである。また、タークレーの息子ウッダヴ・タークレーや甥のラージ・タークレーも登場する。バール・タークレー亡き後、ウッダヴ・タークレーがシヴセーナーの党首に就いており、ラージの方はシヴセーナーから分裂した新政党マハーラーシュトラ改革党(MNS)の党首となっている。

 バール・タークレーはマラーター人の利益を優先する政治家であった。映画についても、ヒンディー語映画よりもマラーティー語映画を優先するように州内の映画館に通達を出していた。それを反映してか、「Thackeray」はヒンディー語とマラーティー語で同時に作られている。ただし、バール・タークレーを演じたナワーズッディーン・スィッディーキーはウッタル・プラデーシュ州出身であり、マラーター人から見たらアウトサイダーだ。よって、このキャスティングはタークレーのポリシーとは合わない。とは言っても、ナワーズッディーン・スィッディーキーの演技は素晴らしく、そんな批判は野暮だろう。また、ヒンディー語映画界にはそれだけ寛容さがあるのだと受け止めてもいいだろう。ちなみに、ヒロインを務めたアムリター・ラーオはボンベイ出身である。だが、彼女の出番はほとんどなかった。

 「Thackeray」は、インドが誇るカリスマ政治家の一人、バール・タークレーの伝記映画である。漫画家だった彼がどのようにして政治家として権力を手にし台頭して来たのかがよく分かる内容となっている。ただ、彼の創立したシヴセーナーの息の掛かったプロパガンダ映画であるという前提で鑑賞した方が賢明だろう。主演ナワーズッディーン・スィッディーキーの演技も見所である。