Sui Dhaaga

4.0

 21世紀に入り、インドは高度経済成長期を迎え、中産階級が財力を蓄えて行った。しかしながら、元々インドでは大きかった貧富の格差がさらに拡大し、貧困層は母国にいながら疎外感を味わうようになって行った。社会情勢に敏感なヒンディー語映画界は、その格差を映画に取り込み、新しい「インド」と古い「バーラト(インドの国号)」の対比を描くようになった。

 2018年9月28日公開の「Sui Dhaaga(針と糸)」は、仕立屋の主人公の視点から、大都市と地方都市、富裕層と貧困層の格差を描き、家族の大切さを謳った心温まる作品だ。プロデューサーはアーディティヤ・チョープラー。監督は「Dum Laga Ke Haisha」(2015年)で高い評価を受けたシャラト・カターリヤー。主演はヴァルン・ダワンとアヌシュカー・シャルマー。他に、ラグヴィール・ヤーダヴ、ヤーミニー・ダース、ナミト・ダースなどが出演している。

 ラージャスターン州の地方都市に住む青年マウジー(ヴァルン・ダワン)は、デリーのミシン屋で小間使いをして過ごしていた。マウジーの祖父は仕立屋だったが、事業に失敗し、父親のパラスラーム(ラグヴィール・ヤーダヴ)は家業を捨てて公務員をして生計を立てていた。マウジーにはマムター(アヌシュカー・シャルマー)という美しい妻がいた。

 マムターは、プライドを捨てて小間使いをする夫に我慢ならず、彼に仕事を辞めるように言う。マウジーは遂に職場での侮辱に耐えられず、仕事を投げ出す。そしてミシンを取り出して仕立屋を始めるが、ちっとも仕事は得られなかった。だが、入院した母親に作ったマキシが病院で好評となり、多数の注文が舞い込む。途中、ミシンを取り上げられるハプニングもあったが、政府から支給されるミシンを手に入れ、マキシを納品する。

 病院のツテでマウジーは、ヴェーディー・クリエイションという衣料品工場で働くようになる。しかし、オーナーのハルリーン・ベーディーはマウジーの意匠を奪い、庶民から金を巻き上げるビジネスにしてしまった。それに怒ったマウジーは、この仕事も投げ出してしまう。

 ハルリーンは、ファッション基金コンペに出品しようとしていた。それを知ったマウジーとマムターは、「スイー・ダーガー」というブランドを立ち上げ、自分たちもコンペに応募する。近隣には、かつて繊維業に携わっていた職人たちが住んでいたが、彼らを組織し、独創的な衣装を作り出す。

 コンペでは田舎くさいプレゼンテーションで観客から笑われるが、審査の結果、彼らがグランプリを勝ち取った。コンペで得た賞金を使い、マウジーとマムターは事業を拡大して行った。

 物語の大部分は、地方都市に住む庶民の苦労が描かれる。主人公のマウジーの一家は、貧困層とまでは言えないが、下位中産階級に位置づけられる。仕立屋の家系であったが、祖父が事業に失敗し、父は仕立屋の仕事を毛嫌いしていた。彼らの近所には、同じように代々繊維業に携わっていながら家業を捨てて別の仕事をしている職人たちが住んでいた。この辺りの背景については詳しく説明されていなかったが、安価な既製服が市場にあふれたことで職を失ったものだと思われる。インド製の衣服を中国製と偽って売っている業者もあった。中国製の衣服がインドの繊維業に打撃を与えたと考えることもできるかもしれない。

 もしマウジーがデリーのミシン屋で小間使いをし続けていたら、大きな苦労はなかったかもしれない。彼は店主とその息子から犬の物真似などをさせられていたが、マウジーはそれを甘受していた。しかしながら、妻のマムターはそれが我慢できず、夫に仕事を辞めさせる。いかに貧しくても、プライドを捨てて仕事をする必要はないという考えだった。

 自己の尊厳を守ろうとし始めると、マウジーは途端に様々な場所で衝突をするようになる。少し運気が上向きになっても、すぐにトラブルが舞い込み、打ちのめされる。だが、マウジーとマムターの夫婦仲が良く、彼らはお互いに支え合って、危機を乗り越えていく。マウジーの行動は決して賢明ではないのだが、聡明なマムターが要所要所でうまく立ち回り、彼の方向性を軌道修正して行く。近年のヒンディー語映画の中では最もチームワークの良い夫婦であり、思わず応援したくなる。

 政府から無料で支給されるミシンを手に入れるために、遠くまでテストを受けに行くシーンは、インドならではだ。おそらく実際にそんな事業が行われているのだろう。映画らしいサスペンスも用意されているのだが、最後には何とかテストを切り抜け、彼らは無事にミシンを手に入れる。ミシンを自転車の荷台にくくりつけて意気揚々と家を目指す二人の姿には拍手せずにいられない。

 ファッション基金コンペに参加する辺りからは、単なるサクセスストーリーになってしまい、少しグリップ力が落ちてしまう。だが、ファッション業界に関わる人々と、田舎からやって来た人々の格差が強調され、映画の重要なポイントとなっている。同じインド人なのだが、マウジーたちはまるで異邦人のような扱いを受ける。彼らが優勝してしまうのはあまりに予定調和的すぎたし、急ぎすぎた印象も受けたが、ハッピーエンディングにまとめたことで後味は良くなっていた。

 主演のヴァルン・ダワンは、普段はお気楽なヒーローを演じているのだが、「Sui Dhaaga」ではうだつの上がらない青年を演じており、新境地を拓いていた。元々演技に定評のあるアヌシュカー・シャルマーは、今回はかなり抑え気味の演技で、ひたすら夫を支え続ける健気な妻を演じていた。抑え気味とは言え、顔をくしゃくしゃにして泣くシーンなど、肝心なところで感情の発露があり、うまく演じ切っていた。父親を演じたラグヴィール・ヤーダヴや母親を演じたヤーミニー・ダースも好演であった。

 「Sui Dhaaga」は、仕立屋の主人公が、苦労しながらも、妻の内助の功や家族の支えを得て、成功を手にする、人情味あふれるサクセスストーリーである。終盤はあまりにトントン拍子に行き過ぎて少し興ざめするところもあるのだが、そこに至るまでの苦労は、インド人庶民の共感を呼ぶ内容だ。興行的に成功し、批評家からも高い評価を受けた。観て損はない映画である。