Gold

3.5

 現在、インドでもっとも人気のあるスポーツと言えばクリケットだが、これはずっと続いて来たものではなかった。実はかつて多数のインド人が熱狂していたのはホッケーである。英領時代にインドに伝えられ、多くのインド人がプレイするようになった。今でもインドの国技がホッケーなのはその頃の名残だ。

 知る人ぞ知る、インドはホッケーの常勝国だった。オリンピックのみを取り上げても、英領インド時代の1928年、1932年、1936年、独立後の1948年、1952年、1956年、1964年、1980年の計8回、金メダルを獲得している。そればかりでなく、インド代表は1926年から30年間無敗という前人未踏の記録を打ち立てている。ホッケー発祥の地は英国だが、英国から伝えられるや否や、本国を上回る強国となってしまったのである。そればかりでなく、1947年にインドと分離独立したパーキスターンもホッケーの強豪国となり、この二国が国際舞台で優勝を争うのが常だった。だが、1976年にホッケーのフィールドに人工芝が採用されたことでホッケーの戦略が激変し、インドは常勝国から転落する。また、1983年のクリケット・ワールドカップでインドが優勝したことで、人気スポーツの座もホッケーがクリケットに譲り渡すことになり、現在に至るのである。

 2018年8月15日公開の「Gold」は、1936年と1948年のホッケー五輪を主題にした映画である。監督は「Talaash」(2012年)のリーマー・カーグティー。音楽監督はサチン・ジガル。主演はアクシャイ・クマール。他に、モウニー・ロイ、クナール・カプール、アミト・サード、ヴィニート・クマール・スィン、サニー・カウシャル、ニキター・ダッター、アトゥル・カーレーなどが出演している。

 1936年のベルリン五輪、ホッケーの決勝戦で、インド人チームは開催国ドイツを打ち負かし優勝した。だが、記録には「英領インド」の優勝とされた。英領インド代表を副マネージャーとして支えて来たタパン・ダース(アクシャイ・クマール)や主将のサムラート(クナール・カプール)は、独立インド代表として金メダルを手にすることを夢見る。

 ところが、第2次世界大戦が勃発し、1940年、1944年の五輪は中止となった。1947年に終戦を迎え、1948年のロンドン五輪は開催されることになった。タパンはインドホッケー協会に掛け合ってスカウト担当となり、インド全国から優秀なプレーヤーを集めるが、1947年の印パ分離独立により、半分の選手はパーキスターンやオーストラリアへ移住してしまった。特に、主将としてチームをまとめてくれていたイムティヤーズ(ヴィニート・クマール・スィン)がパーキスターンへ移住してしまったのが痛かった。五輪まであと3ヶ月しかなかった。

 一旦は諦めたタパンだったが、サムラートがコーチに就任してくれたことで、チームを再結成する意欲が湧き上がる。ラグヴィール・プラタープ・スィン(アミト・サード)、ヒンマト・スィン(サニー・カウシャル)など、有能な選手が集うチームが出来上がった。

 ロンドン五輪でインド代表は勝ち進み、オランダ代表を下して決勝戦へ進む。対戦相手は、イムティヤーズ主将率いるパーキスターン代表を下した英国であった。インドと英国は死闘を繰り広げ、勝利する。過去200年間、インドを隷属させていた国に勝利し、三色旗をその地にはためかせることができた。

 インドにおいてチームスポーツを映画化する際、バラバラだった人々がひとつにまとまる過程が描かれるのが常である。クリケットを取り上げた「Lagaan」(2001年)では宗教やカーストの垣根を越えてインド人が一致団結し、女子ホッケーを取り上げた「Chak De! India」(2007年)では出身州の異なる者同士が結束し、「Dhan Dhana Dhan Goal」(2007年)では南アジア諸国が団結した。「Gold」ではその要素は薄かったが、州ごとにまとまりがちだった選手たちがインドという旗の下にチームワークを発揮するようになる場面があり、「Chak De! India」と近いメッセージを発信していた。

 だが、それよりも「Gold」がこだわって強調していたのは、200年間植民地にされていたインド人のセンチメントと、復讐としての、かつての宗主国である英国に対するスポーツでの勝利である。ホッケーのインド代表が、独立から1年後の五輪で、英国の地において英国代表に勝って金メダルを獲得したことは紛れもない事実であり、当時はインド国民を大いに励ましたであろうことは想像に難くない。「Gold」は独立記念日に公開されており、インド国民の愛国主義を高揚させる目的で作られた映画だと言える。

 また、「Gold」においては、パーキスターンとの関係が非常に良好に描写されていたのも印象的であった。インドとパーキスターンは1947年の分離独立からすぐに、カシュミール地方の帰属を巡って第1次印パ戦争を起こしており、この戦争はロンドン五輪開催時期まで続いていた。だが、このことについては一切触れられていなかった。パーキスターン代表の主将は、かつて主人公タパンが1948年のロンドン五輪で金メダルを取るために召集したインド代表チームの主将イムティヤーズであり、元宗主国を打ち負かすという夢は共有していた。惜しくもパーキスターンは準決勝戦で英国に敗れてしまうが、その後、イムティヤーズをはじめとしたパーキスターン代表は英国代表と決勝戦で戦うインド代表を応援した。かつての仲間同士であり、共通の敵を持つ者同士が、夢を共有し、応援し合う様子が描かれており、愛国主義映画でありながら、親パ色の強い映画でもあった。

 ただ、「Gold」はあくまでフィクションであり、多くの脚色で彩られている。例えば、「Gold」では決勝戦でインド代表は英国代表を5-4で下したが、実際には4-0でインド代表の圧勝だった。この優勝チームにはイスラーム教徒も数人含まれていたが、「Gold」では、印パ分離独立によってイスラーム教徒選手が全員移住してしまったように描かれていた。タパン・ダースをはじめとして、「Gold」に登場した選手の名前も実名ではない。

 1936年での優勝から1948年の優勝まで、印パ分離独立を挟んだ紆余曲折のドラマはよく描写されていた。だが、スポーツ映画の難しさは、クライマックスがスポーツのシーンにあることだ。いかにそれまで緻密にストーリーを構成していても、スポーツのシーンにグリップ力がないと、尻すぼみになってしまう。「Gold」についてはそこが弱みになっていた。ロンドン五輪でのホッケーの試合があまり面白くないのである。「秘密兵器」として温存されていたヒンマト・スィンの去就が唯一のドラマを作り出しており、それ以外に血湧き肉躍らせるような要素はなかった。

 アクシャイ・クマールは主演ながら、道化役かつ脇役ような立ち位置であった。アミト・サードやサニー・カウシャルと言った、選手を演じた俳優たちは好演していた。タパンの妻を演じたモウニー・ロイは、あまり出番がなかった上に、いつもプンプン怒っている役柄だったせいか、印象が良くなかった。むしろ、ヒンマト・スィンの恋人スィムランを演じたニキター・ダッターの方が将来性を感じた。

 アクシャイが演じるタパンはベンガル人であり、彼が話すヒンディー語には文法性がなかった。つまり、文法的に誤った話し方をしていた。これは、ベンガル語に文法性がなく、ベンガル人はヒンディー語の文法性を使いこなすのが難しいという固定観念の上に作られた台詞だと言える。

 「Gold」は、印パ分離独立直後の1948年に開催されたロンドン五輪の男子ホッケーで、英国代表に勝利して金メダルを獲得したインド代表の物語である。独立記念日にわざわざ決め打ちして公開されただけあり、直球の愛国主義映画だ。ホッケーのシーンにもっとアップダウンがあれば、完璧な映画となっていたことだろう。