Lust Stories

3.5
Lust Stories
「Lust Stories」

 ヒンディー語映画界には大別して大衆向け映画とインテリ層向け映画という2つの潮流があり、これらの境界が曖昧になって来たのが21世紀のヒンディー語映画の大きな流れだった。「Kuch Kuch Hota Hai」(1998年)や「Student of the Year」(2012年)のカラン・ジョーハルは大衆向け映画を象徴する監督の一人だったが、「Bombay Talkies」(2013年)というオムニバス形式の映画では、ディバーカル・バナルジー、アヌラーグ・カシヤプ、ゾーヤー・アクタルという3人の映画監督と共に、4本の短編映画からなる1本の作品を作り、世間を驚かせた。なぜならこの3人は、どちらかというとインテリ層向け映画のカテゴリーに入る監督であり、そこに「ボリウッド」の代表であるカランが入るのは場違いに思えたからだ。だが、カランはその前にアスペルガー症候群の男性を主人公にした「My Name Is Khan」(2010年)を撮っており、既に自分の作風を広げる挑戦をしていた。「Bombay Talkies」で彼が担当した「Ajeeb Dastaan Hai Yeh」は同性愛を主題としたオフビートな作品であり、インド映画100周年記念の企画映画だった「Bombay Talkies」は、ヒンディー語映画界の成熟と団結を思わせる正に記念碑的な作品となった。

 「Bombay Talkies」から5年後、再び上記4人の監督が集まり、同様にオムニバス形式の映画を作ったのが「Lust Stories」である。「インド映画」がテーマだった「Bombay Talkies」とは打って変わって、2018年6月15日に公開されたこの映画は、セックスや性愛がテーマの大人向け映画となった。Netflixで配信されているものを鑑賞した。

 キャストは、ラーディカー・アープテー、アーカーシュ・トーサル、ブーミー・ペードネーカル、ニール・ブーパーラム、ニキター・ダッター、マニーシャー・コーイラーラー、ジャイディープ・アフラーワト、サンジャイ・カプール、キヤーラー・アードヴァーニー、ヴィッキー・カウシャル、ネーハー・ドゥーピヤーなど。前作に比べるとスターパワーでは劣るが、演技力では全く問題がない配役である。

 1話目の監督はアヌラーグ・カシヤプ。大学の女性教師カーリンディー(ラーディカー・アープテー)が男子生徒のテージャス(アーカーシュ・トーサル)と一夜限りのセックスをする。カーリンディーは、テージャスが付きまとうようになるのを恐れ、注意するが、テージャスにはナターシャという恋人がおり、全くそういう気配はなかった。それを見たカーリンディーが嫉妬をするようになり、まずはナターシャを攻撃し、次にテージャスに付きまとうようになる。

 2話目の監督はゾーヤー・アクタル。独身男性アジート(ニール・ブーパーラム)の家で働く家政婦だったスダー(ブーミ・ペードネーカル)は、アジートと肉体関係にあった。だが、ある日アジートはお見合いをすることになり、その相手との縁談がまとまる。スダーはその様子を黙って見守る。

 3話目の監督はディバーカル・バナルジー。リーナー(マニーシャー・コーイラーラー)は過去3年間、夫サルマーン(サンジャイ・カプール)の親友スディール(ジャイディープ・アフラーワト)と不倫関係にあった。ある日、スディールが新しく買ったビーチハウスで情事に耽っていたところ、スディールの元にサルマーンから電話が掛かってきて、彼もビーチハウスに来ることになる。リーナーはビーチハウスにいることを明かす。やがてサルマーンがビーチハウスにやって来る。

 4話目の監督はカラン・ジョーハル。メーガー(キヤーラー・アードヴァーニー)はパーラス(ヴィッキー・カウシャル)と結婚するが、性的な満足を得られなかった。職場の上司レーカー(ネーハー・ドゥーピヤー)からディルドを教わったメーガーは、それを家に持って帰って早速使ってみる。だが、タイミングが悪く、それが家族にばれてしまい、離婚の危機となる。

 4つのストーリーに共通しているのは、まず必ずセックスシーンが出てくることもあるのだが、それよりもむしろ、それらにまつわる事象がほぼ女性の視点から描かれていることがユニークだといえる。年下の男性、しかも自分の生徒と一夜を共にしたカーリンディー、雇い主の性欲のはけ口になっていたスダー、夫の親友と不倫するリーナー、性的欲求を道具で満たそうとするメーガーと、それぞれに女性の視点から性愛の問題が語られる。どのエピソードも一昔前なら一悶着あったような内容だが、これらが許容されたということは、インド映画界もだいぶ成熟したといえる。

 それぞれに持ち味があったのだが、一番シンプルかつコミカルだったのはカラン・ジョーハル監督のものだった。「女性の喜びは子供を産むこと」という義母のプレッシャーと、女性の性的満足感の対比を題材にしており、分かりやすい構成だった。アヌラーグ・カシヤプ監督のエピソードは、女心の激しい移り変わりが冷徹に追われており、その締め方がいかにも短編映画らしい小気味よさだった。ディバーカル・バナルジー監督の3話目は、基本的に会話で進んで行く密室劇であった。最終的には不倫をしていた女性が夫を屈服させたような形となっていた。

 この4話の中で一番文学的だと感じたのはゾーヤー・アクタル監督のものだった。他の3人は男性だが、ゾーヤー監督だけ女性だ。それが関係あるのか分からないが、会話中心で進むディバーカル監督のエピソードとは正反対、ほとんどを映像で語る作風で、登場人物の心情は映像から読み取るしかない。そして、映像で語るのが映画の醍醐味としたら、もっとも映画として質が高いのも、このゾーヤー監督の2話目だと感じた。ちなみに、前作「Bombay Talkies」ではディバーカル・バナルジー監督、ナワーズッディーン・スィッディーキー主演の「Star」が一番気に入った。

 「Lust Stories」は、「Bombay Talkies」の続編とも言うべき、ヒンディー語映画界を代表する4人の監督によるオムニバス形式の映画。題名が示す通り、セックスと性愛がテーマなので大人向けの映画だが、それぞれに作風が異なっていて面白い。ひとつひとつのエピソードに深みを求めるよりも、4監督の競作を楽しむ作品だといえる。