Raazi

4.5

 インドとパーキスターンは過去に公式に3回戦争をしているが、インドで映画化されやすいのは1971年の第3次印パ戦争である。なぜならこの戦争はインドの圧勝に終わったからだ。早くも1973年には「Hindustan Ki Kasam」という第3次印パ戦争の映画があり、その後も「Aakraman」(1975年)、「Border」(1997年)、「1971」(2007年)などが続いた。

 2018年5月11日公開の「Raazi」も、第3次印パ戦争がテーマの映画である。ハリンダル・スィッカー著、実話に基づくスパイ小説「Calling Sehmat」を原作としている。監督はメーグナー・グルザール。著名な詩人グルザールの娘で、今まで「Filhaal」(2002年)、「Talvar」(2015年)などを撮って来た。ヒンディー語映画界の中で、シリアスな娯楽映画を撮れる女性監督グループの一角を担っている。主演はアーリヤー・バット。他に、ヴィッキー・カウシャル、ジャイディープ・アフラーワト、ラジト・カプール、シシル・シャルマー、アムルター・カーンヴィルカル、アーリフ・ザカーリヤーなどが出演している。音楽はシャンカル・エヘサーン・ロイである。

 1971年。東パーキスターンでは独立の気運が高まっていた。シュリーナガル在住のヒダーヤト・カーン(ラジト・カプール)はインドの二重スパイで、時々パーキスターンに行き、親交を結んでいたサイヤド准将(シシル・シャルマー)にインドの情報を渡しながら情報収集をしていた。だが、ヒダーヤトは肺ガンを患い、スパイの後継者として、実の娘であるセヘマト(アーリヤー・バット)を指名する。代々、我を捨てて国に尽くして来たセヘマトは、デリー大学の学生だったが、父親の依頼を受け容れ、スパイとなる。

 諜報部のカーリド・ミール(ジャイディープ・アフラーワト)から訓練を受けたセヘマトは、サイヤド准将の息子イクバール(ヴィッキー・カウシャル)と結婚し、パーキスターンに移住する。嫁ぎ先は軍人一家であり、サイヤド准将は少将に昇進する。サイヤドの家では、軍の高官が集まり、インドに関する相談が行われていた。

 セヘマトはサイヤド家で入手した情報を逐一インドに送る。その中で、パーキスターンが潜水艦でインド海軍の空母ヴィラートに奇襲を仕掛けようとしていることを察知する。だが、サイヤド家に仕える使用人の一人、アブドゥル(アーリフ・ザカーリヤー)はセヘマトの動きを不審に感じ、彼女を探る。遂にアブドゥルにセヘマトの正体がばれてしまうが、セヘマトは彼をジープでひき殺す。

 アブドゥルの死をきっかけに、セヘマトの身に危険が迫るようになる。ミールはセヘマトを脱出させるための作戦に切り替える。だが、イクバールに正体がばれてしまい、セヘマトは逮捕されそうになる。ミールはやむなくセヘマトとイクバールを殺すが、セヘマトは替え玉を使っており、生き残る。

 セヘマトはインドに戻ることに成功するが、イクバールの子供を身籠もっていた。彼女は子供を産むが、その後は隠遁生活を送る。セヘマトの子供は海軍に入隊する。

 スパイ映画というと、インドにも「Ek Tha Tiger」(2012年)や「Agent Vinod」(2012年)など、多くのヒット作がある。その多くは「インド版007」と形容していいようなアクション映画の味付けになっている。だが、「Raazi」は、今までのどのスパイ映画とも違っていた。

 まず、スパイとしてパーキスターンに送り込まれるのは、つい最近まで一般の大学生だった女の子である。二重スパイとしてパーキスターンを往き来していた父親の跡を継ぎ、急遽スパイとなって、花嫁の形でパーキスターンに乗り込むことになった。題名の「Raazi」とは「同意」という意味だが、これは主人公セヘマトが自らの意志でスパイとなったことを示している。

 セヘマトは、電話番号の暗記を得意としており、スパイとしての素質が幾分あった。それでも、パーキスターンに送り込まれる前に一夜漬けで訓練を受けただけで、あらゆる諜報活動をスマートにこなしてしまうようなスパイではない。何度も危機に直面しながらも機転を利かせて切り抜けるが、その後には汗びっしょりとなり、涙まで流す。とても弱々しいスパイである。

 セヘマトは、パーキスターンの重要な軍事機密を盗み出すことに成功する。だが、彼女の正体も発覚寸前となり、後半は脱出のフェーズとなる。

 一般の女の子がスパイとなって諜報活動を行うことで、非常に緊迫感あふれるドラマとなっていた。それに加えて、彼女が結婚したイクバールとの関係も、よく描かれていた。セヘマトにとって、母国が第一であった。彼女がスパイになることを承諾したのも、愛国心のためであった。だが、イクバールは好青年で、セヘマトは彼に好意を持つようになる。

 セヘマトは最終的に、国と夫の間に挟まれるが、国を選び、夫の元を去る。だが、国は彼女を救出できないと悟ると、殺して口封じする道を選んだ。セヘマトにとって、それが大きなショックであった。

 セヘマトの活躍によりインドは戦争を有利に進めることができ、勝利を収める。その意味ではハッピーエンドだが、映画の結末は決して多幸感にあふれている訳ではない。何とかインドに戻ったセヘマトは、イクバールの子供を産むものの、その後は廃人のようになって隠遁生活を送る。単純な愛国映画に終わっていなかった。

 アーリヤー・バットの演技は今更改めて称賛するまでもない。恐怖に苛まれながら必死に諜報活動を行う一人の女性の感情を迫真の演技で表現していた。ヴィッキー・カウシャルをはじめ、他の俳優たちも堅実な演技をしていたが、「Raazi」はアーリヤーの映画と言う他ない。

 ちなみに、セヘマトが入手した情報は、その後、パーキスターン海軍の潜水艦ガーズィーがベンガル湾で沈没したことで、本当だったことが分かる。ガーズィー沈没の真相は不明だが、それを扱った映画に「The Ghazi Attack」(2017年)があり、併せて観ると面白い。

 「Raazi」は、有能な女性監督の一人であるメーグナー・グルザールが第3次印パ戦争を背景に、実話に基づいて撮ったスパイ映画である。単純なスパイ活劇でもなければ、単純な愛国映画でもない。このアンビバレントな作りと、主演アーリヤー・バッターの演技が、この映画の最大の見所である。必見の映画だ。