October

4.5

 ヴァルン・ダワンは、「Student of the Year」(2012年)でのデビュー以来、ヒンディー語映画界を牽引する若手男優として多くの作品に出演して来ているが、コメディー映画の名手である父親ヴァルン・ダワン監督の影響なのか、コミカルな役を演じることが多く、同時期にデビューした俳優たちの中では少し軽めの印象があった。そんな彼のイメージを引きずったまま、2018年4月18日公開の「October」を観ると非常に驚く。ダンスシーンなど一切なしの硬派なロマンス映画で、ヴァルンの新たな可能性が引き出された映画となった。

 監督は「Vicky Donor」(2012年)などのシュジト・サルカール。ヴァルン・ダワン以外に有名な俳優はおらず、新人のバニター・サンドゥーとギーターンジャリ・ラーオなどが出演しているのみだ。

 ダン(ヴァルン・ダワン)はホテル・マネージメントの学生で、デリーの5つ星ホテルでインターンをしていた。だが、勤務姿勢は良くなく、指導官からは目を付けられていた。

 あるとき、ダンの同僚のシウリー(バニター・サンドゥー)が上階から落ちて意識不明の重体となる。落ちる前に発した言葉が「ダンはどこ?」だったこともあり、ダンはシウリーを心配し、彼女の入院する病院を頻繁に訪れるようになる。シウリーの母親ヴィディヤー(ギーターンジャリ・ラーオ)や家族からは、彼の熱意を認められるが、次第に仕事そっちのけでシウリーに付きっきりとなったため、インターンの方に支障が出始める。

 シウリーはなかなか反応を示さなかった。シウリーはヨルソケイの花が好きだった。あるときダンは思い立って病室にヨルソケイを持って行く。すると、シウリーの鼻が動く。これをきっかけにしてシウリーは快方に向かう。一時、ダンはクッルーのホテルにマネージャーとして勤務することになり、シウリーを訪ねられなくなったため、彼女の容体が悪化するが、ダンが帰って来ると、再び回復傾向となった。

 シウリーは退院できるまでに回復した。だが、退院から程なくして発作を起こし、死んでしまう。それからしばらく後、ダンはヴィディヤーから、家の庭に植えられていたヨルソケイの樹を託される。

 静かに、美しく、かつ情熱的に進行する、大人の恋愛映画だった。インド映画というより、ヨーロッパ映画の香りがする。だが、欧米の映画を原作とした映画ではない。シュジト・サルカール監督自身の体験を元に作られた映画だとも言われているし、2006年に交通事故で昏睡状態となったアールティ・マクワーナーと、彼女を必死で看病した恋人サニー・パーワルのストーリーを掲載した新聞記事が発想源となったとも言われている。そして、ヴァルン・ダワンの今まで見たことのないような、感情を抑えた演技も見所だった。

 題名の「October」はもちろん「10月」という意味だが、これには、物語の中心となるシウリーが関係している。「シウリー」とはヨルソケイのことで、彼女は10月頃から咲き始めるヨルソケイが大好きだった。彼女が地面に落ちたヨルソケイを拾い集めるシーンもあった。このヨルソケイが、落下事故によって昏睡状態に陥った彼女の回復に一役買うことになったのだった。

 ヴァルン・ダワン演じるダンにはADHDの症状が見られた。どこか落ち着きがなく、場の空気が読めない。しかも一回こだわったことにはとことんこだわる。ダンがこだわるようになったのは、シウリーのことだった。

 ダンとシウリーは別に恋人という訳ではなかった。だが、シウリーが落下する前に「ダンはどこ?」と言っていたと聞いて、その理由について知りたくなり、シウリーを頻繁に見舞うようになったのである。

 当初、シウリーは全く反応しなかった。一生、植物人間のままの可能性もあった。だが、家族の支えやダンの機転もあって、目を開き、瞳を動かしてコミュニケーションが取れるようになる。医者が彼女に聞く。「カヴィター(妹の名前)は知ってる?知ってたら瞳を左に動かしてごらん。」するとシウリーは瞳を左に動かす。他の家族の名前も彼女は理解していた。それを見ていたダンは、「ダンは知ってるか」と聞いてもらう。すると無反応だった。ショックを受けたダンだったが、もう一度、誰もいないところで彼女に同じ質問をしてみる。すると、彼女は瞳を左に動かした。彼女は、家族の前でダンのことを聞かれるのが恥ずかしかったのだ。それに気付いたダンは有頂天になる。とても美しいシーンだった。

 一般的な娯楽映画なら、このままシウリーは回復し、ダンと結ばれるところだが、「October」は残酷であった。シウリーは退院でき、ダンと一緒に車椅子で公園を散歩するまで回復したように見えたが、ある日突然発作を起こして急死してしまう。だが、後味が良かったのは、母親がダンに、家の庭に植えられていたヨルソケイの樹をシウリーになぞらえて託したシーンが最後にあったからだろう。ほとんど病院内を舞台とし、台詞を極度に減らし、映像に力を込めて語るスタイルの映画だったが、とても多くのことが語られていた映画でもあった。

 マラーティー語映画「Aarti: The Unkown Love Story」(2017年)との類似も指摘されており、裁判沙汰にもなったが、裁判所は、実際の出来事を元に作られて類似した2本の映画に盗作や剽窃は適用されないとの判断をした。

 「October」は、有能な監督の一人シュジト・サルカールが、今までコミカルな役柄を演じることの多かったヴァルン・ダワンを起用して、シリアスな演技をさせ、それを成功させた作品である。一般的なヒンディー語映画のレベルを越えた、大人の恋愛映画であり、国際的な視点で評価ができる。必見の映画である。