Baadshaho

3.0

 「エマージェンシー(非常事態宣言)」は、インドで特別な響きを持つ言葉だ。選挙で敗北したインディラー・ガーンディー首相が、権力の座に居座るために憲法の非常事態宣言条文を濫用する形で1975年に発令し、1977年まで続いた。エマージェンシーの時代には、憲法が停止され、野党政治家が投獄され、選挙が中止となり、言論の自由やその他の人権は制限され、多くの国民が不自由な生活を余儀なくされた。国民会議派の批判勢力にとって、エマージェンシーは国民会議派攻撃のための一番の拠り所である。

 2017年9月1日公開の「Baadshaho」は、エマージェンシーが発令された1975年を時代背景としたアクション映画である。ただ、エマージェンシーを批判する目的でも礼賛する目的でも作られておらず、純粋に時代設定として使われているだけだ。映画の中では、中央政府与党の政治家に逆らったせいで難癖を付けられて逮捕されるラーニー(王女)のギーターンジャリ・デーヴィーが登場するが、彼女は、ジャイプル王家の王女にして政治家のガーヤトリー・デーヴィーをモデルにしている。また、ギーターンジャリに嫌がらせをする政治家は、インディラー・ガーンディーの息子サンジャイ・ガーンディーをモデルにしている。

 監督は「Once Upon a Time in Mumbaai」(2010年)などのミラン・ルトリヤー。主演はアジャイ・デーヴガン。他に、イムラーン・ハーシュミー、イリアナ・デクルーズ、イーシャー・グプター、ヴィデュト・ジャームワール、サンジャイ・ミシュラー、プリヤーンシュ・チャタルジー、シャラド・ケールカル、デンジル・スミスなどが出演している。また、サニー・リオーネが「Piya More」でアイテムガール出演している。題名は「王よ」という意味。

 1975年、ラージャスターン州。ラーニー・ギーターンジャリ・デーヴィー(イリアナ・デクルーズ)は、エマージェンシーが発令される中、大量の金を隠し持っていた容疑で逮捕される。中央政府を牛耳る政治家サンジーヴ(プリヤーンシュ・チャタルジー)の差し金だった。だが、その金の存在は公表されず、サンジーヴは密かに自分の懐に入れようとしていた。腹心の軍人ルドラ・プラタープ・スィン大佐(デンジル・スミス)に金の移送の任務を与える。ルドラは、部下のセヘル・スィン少佐(ヴィデュト・ジャームワール)を連れてラージャスターン州に向かう。

 バヴァーニー・スィン(アジャイ・デーヴガン)は、ギーターンジャリの父親に仕えていた忠実な部下だった。父王の死後、バヴァーニーはギーターンジャリの護衛長となるが、バヴァーニーが村人に対して行った残酷な仕打ちに失望し、彼女の下を去っていた。だが、ギーターンジャリが逮捕されたことを知り、わざと軽犯罪を犯して牢屋に入り、彼女と接触する。ギーターンジャリはバヴァーニーに、金を奪取するように頼む。

 釈放されたバヴァーニーは、スリのダリヤー(イムラーン・ハーシュミー)と解錠のプロ、グルジー(サンジャイ・ミシュラー)、それにギーターンジャリの侍女サンジャナー(イーシャー・グプター)とチームを組んで、金を積んだトラックを奪い取る。一度、バヴァーニーとグルジーは捕まってしまうが、ダリヤーとサンジャナーが救出に駆けつける。4人は金細工師の村で金を溶かし、ラクダで運び出そうとするが、それをギーターンジャリとセヘルが止めた。実は2人は通じていたのだった。だが、それに気付いていたバヴァーニーは先手を打っており、金は既に貧しい村々に配り終えていた。そこへルドラも駆けつけ、銃撃戦となるが、4人は助かる。

 1975年を時代背景とした点はユニークだった。王女が隠し財産を没収された挙げ句、逮捕される。ガーヤトリー・デーヴィーも国民会議派と敵対する政党に政治家だったため、エマージェンシー時に逮捕、投獄された。現実味のある出来事だ。また、1975年の物語であるが故に、様々なことがアナログで行われていたことも、いい味を出していた。最近の映画によくある傾向だが、現代の物語だったならば、もっとハイテクな機器を駆使して盗みが行われていただろう。だが、ハイテクに頼りすぎると何でもありになってしまって、興ざめなところもある。その点、「Baadshaho」では、ダイヤルをひとつひとつ回し、歯車が回る音を聞いて金庫を解錠するなど、昔ながらの盗みが行われていたのは好感が持てた。

 金を運搬するのに装甲車みたいな無骨なトラックが用意されていたのも、1975年ならではと言えるだろう。しかもボタンを押すと四方八方を鉄格子が取り囲み、内部の人や物を死守する仕組みである。なんとローテクなことか!しかも、このトラックが「マッドマックス 怒りのデス・ロード」(2015年)よろしく、ラージャスターン州の砂漠を爆走する。

 ギーターンジャリの本性については、ある程度予想は付いた。バヴァーニー・スィンを操って金を盗ませ、真の恋人であるセヘル・スィンと共に全てを巻き上げようとしていたのである。だが、予想が付きすぎていて、もう一捻りあるのかと期待もしていた。ギーターンジャリとセヘルの関係についてはインターミッション前に明かされるので、あと一回転欲しかったところである。

 実際にラージャスターン州ジョードプルで撮影が行われていた。クライマックス、塩の砂漠で塩まみれになって戦うシーンも斬新だった。しかし、全体的にスケールが小さく、迫力に欠ける映画という印象を受けた。せっかくラージャスターン州を舞台にしているのだから、もっと壮大かつカラフルに演出することもできたのではないかと思う。

 キャストの中でもっとも良かったのは、ヒロイン転じて悪役を演じたイリアナ・デクルーズだ。美しさ、聡明さ、そして狡猾さを兼ね備えた演技ができており、彼女の新たな魅力を開拓することに成功したと言える。主演アジャイ・デーヴガンと助演イムラーン・ハーシュミーは、いつも通りといった配役だ。イーシャー・グプターはほとんど見せ場がなかった。悪役ヴィデュト・ジャームワールは悪くなかったのだが、彼の身体能力を披露する場はとても限られていて、不感染燃焼気味だった。

 ラージャスターン州が舞台の映画であり、その雰囲気を醸し出すために、台詞の大半はかなりヘビーなラージャスターニー方言だった。標準ヒンディー語のみの語学力だと聴き取りに苦労するだろうが、慣れれば何を言っているか分かるようになる。

 「Baadshaho」は、1975年のエマージェンシー時代を背景に、逮捕された王女と隠し財産を巡るアクション映画である。ラージャスターン州ジョードプルなどで撮影されているが、意外にスケールの小さな映画で、期待外れなところもある。興行的にも失敗とされている。ガーヤトリー・デーヴィーとサンジャイ・ガーンディーをモデルにしたキャラが出て来る点は興味深く感じる人もいるだろう。