Mom

4.0
「Mom」

 2012年のデリー集団強姦事件、いわゆるニルバヤー事件以来、インドはレイプ大国の汚名を着ることになり、社会のあらゆる場面で女性の治安問題が真剣に議論されるようになった。ヒンディー語映画界も過去にレイプをコンテンツとして利用して来たところがあり、無関係ではいられない。その分、女性がインド社会で置かれた弱い立場に切り込み、変革を促そうとする映画も多く作られるようになった。

 2017年7月7日公開の「Mom」も、レイプ問題を取り上げた映画である。監督はラヴィ・ウダヤワルという無名の人物。あまり情報がない。その一方で、主演は往年の名女優シュリーデーヴィーで、知名度抜群である。ながらくスクリーンから遠ざかっていたが、「English Vinglish」(2012年)で復帰し、高い評価を受けた。シュリーデーヴィーは2018年に亡くなっており、300本目の出演作となる本作が遺作となった。また、音楽は巨匠ARレヘマーンである。

 インド映画ではあるが、パーキスターンからサジャル・アリーとアドナーン・スィッディーキーの2名が重要な役で出演している。他に、アクシャイ・カンナー、アビマンニュ・スィン、ヴィカース・ヴァルマー、ピトーバーシュ・トリパーティーなどが出演している。また、ナワーズッディーン・スィッディーキーは特別出演扱いでのキャスティングだ。

 デーヴキー・サッバルワール(シュリーデーヴィー)は学校で理科を教えていた。同じ学校には娘のアーリヤー(サジャル・アリー)とプリヤーも通っていた。アーリヤーは夫アーナンド(アドナーン・スィッディーキー)と前妻の間の娘で、プリヤーはデーヴキーとアーナンドの間の子供であった。アーリヤーはデーヴキーを母親とは認めていなかった。

 ある晩、アーリヤーはパーティーに出掛け、そこで4人の男に誘拐されて集団強姦を受ける。幸い命は取り留めたが、アーリヤーはトラウマのため塞ぎ込む。マシュー・フランシス警部補(アクシャイ・カンナー)は容疑者4人を捕らえるが、証拠不十分のため無罪放免となった。

 デーヴキーは、探偵ダヤーシャンカル・カプール、通称DK(ナワーズッディーン・スィッディーキー)の助けを借りてレイプ犯の情報を集め、一人一人復讐をする。警備員のバーブーラームは性器を切り取られて絶命し、筋トレマニアのチャールズは毒を盛られて寝たきりとなった。アーリヤーのクライスメイト、モーヒトはチャールズに毒を盛った容疑で逮捕され、拘置所で散々な目に遭う。

 だが、最後の一人、ジャガン・スィン(アビマンニュ・スィン)は正真正銘の犯罪者であった。ジャガンはDKに尾行されていることに気付き、逆に彼を襲撃して、デーヴキーの居所を突き止める。デーヴキーは家族と共にヒマーチャル・プラデーシュ州のクフリーにいた。ジャガンは彼らの滞在していたコテージを襲い、アーナンドを撃って、デーヴキーを窒息させ、逃げ出したアーリヤーを追う。息を吹き返したデーヴキーもアーリヤーを追うが、ジャガンに殺されそうになる。そこへ駆けつけたのがマシューであった。マシューはデーヴキーに銃を渡し、ジャガンを撃たせる。今までの復讐はデーヴキーが行ったことを知ったアーリヤーは、初めて彼女のことを「ママ」と呼ぶ。

 映画の題名は「Mom」。「母親」という意味だ。だが、アーリヤーにとって主人公デーヴキーは継母であり、「Mom」ではなかった。彼女は母親の電話番号を「Ma’am」という名前で登録していた。発音が似ていて紛らわしいのだが、「Ma’am」は「Madam」の略で、目上の女性に対する改まった敬称である。特に、デーヴキーはアーリヤーの先生でもあったので、こういう呼び方をしていたのだった。アーナンドの前妻がどうなったかは映画では語られていなかったが、おそらく離婚ではなく死別であろう。アーナンドとデーヴキーの出会いも全く触れられていなかったが、デーヴキーの務める学校にアーリヤーが通っていることを考えると、もしかしたらPTAなどで出会って再婚したのかもしれない。この辺りは推測するしかない。この映画は、デーヴキーが娘に「Mon」と認めてもらうまでの道のりを描いた作品であった。

 しかし、そこまでの道のりは決して平坦なものではなかった。アーリヤーは集団強姦の被害者となってしまうのである。しかも、犯人たちは証拠不十分で無罪放免となった。警察も司法も信頼できなくなったデーヴキーは、自ら犯人たちに私刑を下すことを決意する。

 インド映画には良心があり、特にヒンディー語映画では、いかに自分に正義があろうとも、いかに相手が悪人であろうとも、法律を無視して犯罪者に私刑を行う行為は好意的に描かれない。どんなに極悪犯であっても、司法の手に委ねる結末が採られることが普通だ。しかし、「Mom」は私刑を支持する極端な終わり方を選んだ。これは、インド人の間でレイプ犯に対する怒りが相当蓄積されていることを暗示していると言っていいだろう。なかなかレイプの件数が減らない現状に対し、レイプ犯への厳罰を求める力強い一本だと言える。

 しかも、その実行者が女性かつ母親である点がユニークだ。そしていかにもインドらしい。インドの娘たちが受けた酷い仕打ちに復讐をするのはインドの母親であり、それは容易に、インド神話に登場するドゥルガーやカーリーと言った女神たちを連想させる。「Jazbaa」(2015年)とも共通点がある。

 デーヴキーは理科の教師であり、彼女はその知識を復讐に活用した。リンゴの種には微量の毒物が含まれており、それを大量に集めて粉末状にし、チャールズに食べさせることで、彼を寝たきり状態にしてしまった。そんな手段があったとは全く知らなかった。米国のTVドラマ「Breaking Bad」を思わせる下りだった。あまりに簡単な暗殺法であるため、模倣犯が出ないか心配だ。

 シュリーデーヴィーは「Mom」の演技でフィルムフェア賞主演女優賞を受賞している。非常に高く評価されたと言っていいが、見方によってはオーバーアクティングであった。それに対してナワーズッディーン・スィッディーキーの妙に肩の抜けた演技は絶妙であった。遺作になったことで、彼女の評価に下駄が履かせられているように感じないこともない。アクシャイ・カンナーやアビマンニュ・スィンの演技は良かったし、パーキスターン人俳優2名もきちんとした演技をしていた。

 「Mom」は、往年の名女優シュリーデーヴィーの遺作となった作品で、継娘をレイプした犯人に対する復讐劇だ。継娘から、継母としてではなく、母親として認めてもらうまでの奮闘を描いた作品でもある。男性キャラは脇役か悪役に押しやられており、女性が中心の映画である。先が読める展開のためサスペンスには乏しいが、インド人の心情をよく受け止めた結末となっている。