Hindi Medium

4.5

 インドは貧富の格差の激しい国である。富裕層と貧困層とは、一方では相互依存の関係だ。富裕層は使用人や労働者として貧困層の労働力を必要とし、貧困層は生活のために富裕層からの雇用を必要としている。その一方で、富裕層と貧困層はなるべく互いに交わらないように生活している。富裕層の住む高級住宅街と、貧困層向けの住宅街は完全に分離しており、まるで別の国に住んでいるかのようである。そして、富裕層は財力を駆使することでステータスを保ち、貧困層は貧困を武器にして生き抜いている。

 そのような国で一番損をするのは、中間に位置する人々である。2017年5月19日公開のヒンディー語映画「Hindi Medium」の主人公、バトラ夫妻は正にそれだ。夫のラージは、デリーの旧市街チャーンドニー・チョークで生まれ育った。チャーンドニー・チョークは富める者も貧しい者も肩を寄せ合って生活してきた下町である。彼は、親から受け継いだ小さな仕立屋を、モダンなファッションスタジオに変貌させた敏腕のビジネスマンで、いわゆる成金だ。経済的には富裕層と肩を並べるまでに成り上がったが、彼には足りないものがあった。英語力である。インドでは、上流階級になるためには、単に金持ちであるだけでは不十分である。ふさわしい教養を身に付けなければならず、その教養の有無を分かりやすく示すのが英語力なのである。妻のミータはある程度英語を話すが、ラージは公立のヒンディー語ミディアム校出身であるため、英語が苦手だった。

 夫妻は、自身の経済力に見合った社会的ステータスを獲得するため、娘のピヤーを英語ミディアム校に入れようと奮闘する。そのためにはまず、名門校のそばに引っ越さなければならなかった。デリーでは、学校は近隣に住む家庭からしか子どもを受け入れないことになっている。彼らは、デリーに実在する高級住宅街ヴァサント・ヴィハールに引っ越す。

 次に、上流階級らしい振る舞いに加えて流暢な英語を身に付ける必要があった。二人は受験コンサルタントを雇って特訓するが、特にラージの英語力は付け焼き刃に過ぎず、面接で次々と落とされる。名門校では、子どもよりも親のパーソナリティを見られるのである。絶望した彼らが最後の手段として頼ったのが、「教育を受ける権利法」によって定められた、貧困層向けの留保枠であった。彼らは貧困層だと偽って書類を作成し申請する。学校の目を欺くために、彼らは低所得者向けの架空の住宅街バーラトナガルに一時的に引っ越すことまでする。

 ヴァサント・ヴィハールとバーラトナガルで、彼らは対照的な2つのインドの姿を目の当たりにする。片や緑豊かで邸宅の建ち並ぶ閑静なコロニー(高級住宅街)、片や水すら満足に供給されず、蚊やネズミに悩まされる人口過多で雑多なバスティー(貧困層集住地域)。片やヒンディー語を口走ると眉をひそめられ、片や英語の単語を口にすると仲間はずれにされる。住民も対照的で、片やお高く止まって自分と同じレベルにない者を見下す人々、片や他人の喜びを自分の喜びと考えて助け合いをする人々と彼らは出合う。

 映画では、夫妻がそれら2つの異世界を往き来しながらしぶとく生き抜こうとする様が、コメディータッチで描写される。だが、インドの底辺の窮状、そして彼らの底なしの優しさに触れたことで、次第に彼らの心に変化が訪れ、終盤にかけて映画の雰囲気も変わる。嘘や欺瞞で目的を達成しようとするが、何らかのきっかけで改心し、良心に従って物事を正そうとする、というプロットは、インド映画の黄金パターンである。

 ラージを演じ、2020年に急逝した名優イルファーン・カーンは、「べらんめえ」調のヒンディー語を操り、下町の成金を内部から醸し出すことに成功している。妻のミータを演じたサバー・カマルはパーキスターン人女優である。曲者俳優ディーパク・ドーブリヤールが演じたバーラトナガルの住民シャームもいい味を出していた。

 「Hindi Medium」は、インドの過熱する教育熱や熾烈な受験戦争、英語への熱狂や貧富の格差などを浮き彫りにしながら、上質のブラックコメディーに仕立てあげられた傑作である。「Pyaar Ke Side/Effects」(2006年)など、ライトタッチな映画作りに定評のあるサーケート・チャウダリー監督の手腕が光っており、イルファーン・カーンやディーパク・ドーブリヤールなど、曲者俳優たちの名演も大きな見所となっている。日本では「ヒンディー・ミディアム」の邦題と共に2019年9月6日に一般公開された。