Raees

3.0
Raees
「Raees」

 ヒンディー語映画界で「3カーン」の一角を成すスター俳優シャールク・カーンは、元々「Baazigar」(1993年)や「Darr」(1993年)などのダークヒーローから身を立てた俳優である。その後、「Dilwale Dulhania Le Jayenge」(1995年)や「Kuch Kuch Hota Hai」(1998年)などのロマンス映画を経て人気を不動のものとし、「Kal Ho Naa Ho」(2003年)などの頃には彼の名はすっかりロマンス映画の代名詞となっていた。ただ、時々ダークヒーローを演じることがあり、「Don」(2006年)や「Happy New Year」(2014年)などの主演作がある。2017年1月25日公開のヒンディー語映画「Raees」も、そんなシャールク主演ダークヒーロー映画のひとつと言える。

 「Raees」の監督はラーフル・ドーラキヤー。2002年のグジャラート暴動を題材とした名作「Parzania」(2007年)で知られる映画監督であるが、その後は娯楽映画に転向している。「Raees」も娯楽映画の範疇に入る映画である。また、この映画にもグジャラート暴動に似たシーンが出てきており、彼のトラウマとなっている様子がうかがえる。

 主演はシャールク・カーン。ヒロインはマーヒラー・カーン。パキスタン人女優で、「Bol」(2011年)に出演していた。他に、ナワーズッディーン・スィッディーキー、ムハンマド・ズィーシャーン・アユーブ、アトゥル・クルカルニーなどが出演しており、アイテムソング「Laila Main Laila」でサニー・リオーネがアイテムガール出演している。

 「Raees」とは、元々「貴族」とか「金持ち」という意味だが、ここではシャールク・カーン演じる主人公の名前である。禁酒州であるグジャラート州が舞台で、ライースは酒の密輸で一財を成し遂げる。彼はマフィアであったが、生まれ育った町ファテープラーの貧しい人々によく尽くしたため、人々から慕われてもいた。ライースが州議会選挙に立候補するシーンもあるが、そのときは圧倒的な得票率で当選する。一方、ライースの強力なライバルとなるのが、真面目一徹の警察官僚マジュムダール(ナワーズッディーン・スィッディーキー)である。ライースの人脈は州首相まで及んでおり、ライースを追い詰めるごとにマジュムダールは左遷されるが、マジュムダールも諦めない。新たな所属先でもライースを追い続ける。

 ライースのモデルとなったのはアブドゥル・ラティーフだと言われている。彼は1993年のボンベイ連続爆破テロの首謀者ダーウード・イブラーヒームの片腕で、グジャラート州の酒類密輸を牛耳っていた。映画で描かれている通り、爆破テロで使用されたRDXをボンベイに運んだのはアブドゥル・ラティーフだとされている。ただし、「Raees」では、ダーウード・イブラーヒームをモデルにしていると思われるムーサーに騙されて片棒を担ぐ形となっていた。

 ライースは、母親から聞いた「仕事に貴賤はない。人に迷惑を掛けない限り」という言葉を何度も思い出す。この言葉は、酒の密輸に関わる彼の座右の銘となっていた。それ故に、本意ではないものの、多数の犠牲者を出した爆破テロを支援する形になったことに心を痛め、一度は姿をくらましたものの、ほぼ自首する形でマジュムダールの前に姿を現す。

 また、ライースはイスラーム教徒であったが、一度も宗教を判断基準にしたことはなかった。ボンベイ連続爆破テロは、宗教に立脚した犯罪行為だった。この点もライースにとっては不本意だった。ライースは姿をくらましている間、ボンベイに赴いてムーサーを殺すが、そのときに彼は「宗教の仕事はしない」と言い放つ。

 ライースの台頭と凋落は、一本筋ではあったが、筋が通っていて、楽しめた。この映画で弱点だったのは、ライースと妻のアースィヤー(マーヒラー・カーン)の関係である。特にアースィヤーの人物設定が定まっておらず、二人の関係の構築も丁寧に描写されていなかった。せっかくパキスタン人女優を起用したのだから、もう少し活用してあげるべきだったのではないかと感じた。二人のロマンスを盛り上げるために「Zaalima」などのミュージカルシーンが用意されていたが、アースィヤーの存在がピンボケであるために、調子外れであった。

 ちなみに、ライースは「バッテリー」と呼ばれると怒り出す。「バッテリー」とは電池のことであるが、インドではメガネを掛けている人のことをこう呼ぶ。メガネは必ず2つレンズがあるが、その姿がプラスとマイナスがあるバッテリーに似ているからだと思われる。ライースは近視で、子供の頃からメガネを掛けていた。

 また、映画のキャッチコピー「Baniye Ka Dimaag Aur Miyanbhai Ki Daring」はライースの性格を評した言葉だが、この意味は「商人の賢さとイスラーム教徒の大胆さ」になる。グジャラート人は商売上手で知られており、イスラーム教徒は一般に大胆だとされている。グジャラート地方で生まれ育ったイスラーム教徒のライースは、その両方を受け継いでいるという訳である。

 「Raees」は、シャールク・カーンがダークヒーローを演じたクライム映画。禁酒州であるグジャラート州の酒類密売を牛耳っていた実在のマフィアをモデルにしており、ボンベイ連続爆破テロも登場する。だが、あくまで娯楽映画であり、深く考えて鑑賞するような作品ではない。そう割り切って観れば、悪くない作品である。