Mirzya

3.5

 パンジャーブ地方に伝わる悲恋物語のひとつに、ミルザー・サーヒバーンがある。愛し合うミルザーとサーヒバーンは駆け落ち結婚するが、サーヒバーンの兄弟たちに追いつかれる。サーヒバーンは結婚を許してもらうと思い、無用な殺生を避けるため、ミルザーの矢を全て折ってしまっていた。ミルザーはサーヒバーンの兄弟たちに殺され、サーヒバーンも自殺を遂げる。このような物語である。

 2016年10月7日公開の「Mirzya」は、ミルザー・サーヒバーンの物語を現代のラージャスターン州を舞台に翻案し直したロマンス映画である。監督は「Rang De Basanti」(2006年)、「Delhi-6」(2009年)、「Bhaag Milkha Bhaag」(2013年/邦題:ミルカ)などの傑作を撮って来たラーケーシュ・オームプラカーシュ・メヘラー。主演は、アニル・カプールの息子ハルシュヴァルダン・カプールで、これがデビュー作である。ヒロインは、女優ウシャー・キランの孫娘サイヤーミー・ケールで、ヒンディー語映画への出演は初となる。音楽監督はシャンカル・エヘサーン・ロイである。

 その他のキャストは、アヌジ・チャウダリー、アンジャリ・パーティール、アート・マリク、KKラーイナー、オーム・プリーなど。

 少年ムニーシュと少女スチトラーはジョードプルに住む幼馴染み同士で、お互いに惹かれ合っていた。ある日、教師がスチトラーに体罰をした。ムニーシュは、警察官であるスチトラーの父親(アート・マリク)の家から銃を盗み、その教師を銃殺する。ムニーシュは少年院に入れられ、スチトラーはロンドンに留学させられる。ムニーシュは少年院から脱走し、行方不明となる。

 あれから歳月が経ち、美しい女性に成長したスチトラー(サイヤーミー・ケール)はインドに戻って来る。父親はウダイプルの警視総監に昇進しており、スチトラーはウダイプル王家のカラン王子(アヌジ・チャウダリー)との結婚が決まっていた。カランは、馬使いのアーディル・ミルザー(ハルシュヴァルダン・カプール)に、スチトラーに乗馬を教える任務を与える。だが、実はアーディルはムニーシュであった。少年院から逃亡後、ムニーシュはウダイプルの鉄工(オーム・プリー)に養われていたのである。鉄工の娘、ズィーナト(アンジャリ・パーティール)はムニーシュに恋心を抱いていた。

 スチトラーはアーディルがムニーシュであることに気付く。二人の幼い頃の恋は燃え上がるが、ムニーシュはカランに仕える身であるため、スチトラーとの恋の間に板挟みになる。カランとスチトラーの結婚式の直前、ムニーシュはスチトラーの父親に自分の正体を明かす。それを伝え聞いたカランはムニーシュを夜中の森林で殺そうとするが、彼は死ななかった。

 結婚式当日、ズィーナトがスチトラーの身代わりとなり、スチトラーはムニーシュとバイクに乗って逃げ出す。途中で馬に乗り換え、二人は国境を目指すが、スチトラーの父親やカランに追いつかれてしまう。ムニーシュは途中で警察官から奪った拳銃でカランを殺すが、ムニーシュも銃弾を受け、死んでしまう。スチトラーは毒を飲んでムニーシュと共に絶命する。

 映画はまず、ミルザー・サーヒバーンの伝説を映像化したものから始まる。ラダック地方のヌブラ谷で撮影されており、壮大な光景が息を呑む。ミルザーを演じるのがハルシュヴァルダン・カプールで、サーヒバーンを演じるのがサイヤーミー・ケールである。この映像は、現代の物語が進行するに従って、合間合間に差し挟まれ、ミルザー・サーヒバーンの物語が現代でも繰り返されていることを暗示している。また、ラージャスターニーの舞踊団がミルザー・サーヒバーンの物語を歌や踊りで表現するシーンも、物語の盛り上げのために使われている。

 現代の舞台となっているのはラージャスターン州ウダイプルのようだが、都市名は明示されていなかったと思われる。前日譚としてラージャスターン州ジョードプルで主人公ムニーシュとスチトラーが過ごした幼年時代が語られる。ムニーシュはスチトラーを守るためならためらわず人も殺す狂恋者であり、彼は少年院に入れられ、スチトラーはロンドンに送られ、二人の肉体は離れ離れとなる。だが、二人の魂はお互いを求め合っていた。

 ストチラーのインド帰還後、運命は二人をすぐに引き合わせる。ムニーシュはイスラーム教徒ローハール(鉄工)の養子となり、名前をイスラーム教徒風に変えていた。彼がなぜウダイプル王家の馬使いとして仕えていたのかは不明である。おそらく偶然なのであろうか、スチトラーがカラン王子と結婚すると分かってわざと自分から近づいたのかもしれない。当初、ムニーシュは彼女に自分の正体を明かさないが、スチトラーは彼がムニーシュであることに気付き、二人は抱き合う。こうして、禁断の仲となってしまった。

 ムニーシュとスチトラーの仲が明るみに出るのは時間の問題と思われたが、意外にも、ムニーシュの方から名乗り出てしまう。ムニーシュは堂々とスチトラーと結婚しようとしたのだろうし、クシャトリヤ(戦士階級)の女性としてスチトラーが自分の夫となるべき男性に試練を与えたとも言える。当然、二人の仲は認められず、ムニーシュはカランから騙し討ちのような形で命を狙われる。

 カランとスチトラーの結婚式当日、スチトラーはカランと共に逃げ出す。注目されたのは、ムニーシュが殺される直前のシーンである。ミルザー・サーヒバーンの物語では、サーヒバーンがミルザーの矢を折ってしまっており、それが原因でミルザーは殺されてしまった。これはサーヒバーンの浅はかな平和主義とも取れるし、家族を捨て切れていなかった未熟さとも取れる。「Mirzya」では、ムニーシュが自ら拳銃の弾をスチトラーに手渡していた。残った一発の弾丸は、カランを殺すのに使われた。弾丸を使い果たしたムニーシュは敢えなく殺されてしまう。そしてスチトラーも後を追う。ミルザー・サーヒバーンの物語通り、半ば心中をした男女の悲恋物語となっていた。

 ラージャスターン地方の楽士マーンガニヤールの歌を思わせる楽曲の数々が映画のBGMとして使われ、悲劇の恋を演出した。古典的な悲恋物語を翻案しているだけあって、ストーリーは分かりやすく、意外な展開は少ない。その分、映像と音楽での演出に注力されていた印象だ。ジョードプルやヌブラ谷で実際に撮影された映像にも迫力があった。

 新人のハルシュヴァルダン・カプールも、ほぼ新人のサイヤーミー・ケールも、ヒンディー語映画界切っての名監督であるラーケーシュ・オームプラカーシュ・メヘラー監督の手により、いい演技をしていた。ただ、残念ながら「Mirzya」は興行的に失敗に終わり、二人のローンチパッドとしては滑ってしまっていた。

 「Mirzya」は、ラーケーシュ・オームプラカーシュ・メヘラー監督がパンジャーブ地方に伝わる悲恋物語を現代化した作品である。インド本国での評価は高くなかったようだが、分かりやすい筋と美しい映像、そして郷愁あふれる楽曲により、外国人受けする可能性を秘めた映画に仕上がっている。過小評価すべきではない作品である。