M.S. Dhoni: The Untold Story

3.5

 インドの国民的スポーツであるクリケットには各時代にスーパースターが存在する。インドのクリケット人気の起源は、1983年のワールドカップ優勝であり、このときの主将カピル・デーヴは、インドのクリケット史において伝説となった。カピルと同時代に活躍し、彼と主将の地位を争ったスニール・ガーヴァルカルも偉大なクリケット選手として記憶されている。1980年代末にはサチン・テーンドゥルカルがデビューし、「マスターブラスター」として1990年代以降のインドのクリケット人気を牽引して行く。そして2000年代の代表的なクリケット選手と言えば、マヘーンドラ・スィン・ドーニーである。

 ドーニーの国際試合デビューは2004年であり、2007年に代表チーム主将となって、2011年にはインドに2度目となるワールドカップ優勝をもたらした。ドーニーはインドのクリケット史上最高のキャプテンと評価されている。彼の台頭と活躍は、ちょうど僕がインドに住んでいる時期と重なっており、彼については個人的な思い入れもある。この時期の彼の半生を描いた映画が、2016年9月30日公開の「M.S. Dhoni: The Untold Story」である。

 監督は「Baby」(2015年)のニーラジ・パーンデーイ。ドーニーを演じるのはスシャーント・スィン・ラージプート。ヒロインは2人、キヤーラー・アードヴァーニーとディシャー・パータニーであり、どちらもほぼ新人である。他に、アヌパム・ケール、ブーミカー・チャーウラーなどが出演している。また、実際のクリケットの試合映像が随所に使われており、そこではサチン・テーンドゥルカル、ユヴラージ・スィン、ヴィーレーンドラ・セヘワーグなど、実物のクリケット選手が登場している。

 ビハール州(現ジャールカンド州)ラーンチー在住のマヘーンドラ・スィン・ドーニー(スシャーント・スィン・ラージプート)は、クリケット場のポンプ係の息子で、サッカーのゴールキーパーだった。学校のクリケット監督から才能を見出され、クリケットを始める。ドーニーの才能は早々に開花するが、成功は簡単には手に入らなかった。インド鉄道に就職し、駅員とクリケット選手の両方をこなす毎日を送っていたが、ある日、未来が見えなくなり、仕事を辞めてクリケット一本に絞る。

 その頃、インドクリケット管理委員会(BCCI)は地方都市から潜在性のある若い選手の起用を始めていた。白羽の矢が立ったのがドーニーだった。2005年にドーニーは対スリランカ戦で大活躍し、その後は快進撃を続ける。ただ、恋人のプリヤンカー(ディシャー・パータニー)を交通事故で亡くすというアクシデントもあった。2007年にドーニーはインド代表の主将となり、将来を見据えたチーム作りを行う。2010年にはサークシー(キヤーラー・アードヴァーニー)と結婚した。

 2011年、インドはワールドカップの決勝戦でスリランカと対戦し、ドーニーの活躍によって勝利を収め、インドに28年振りのワールドカップ優勝をもたらす。

 ドーニーはまだ現役の選手であり、「M.S. Dhoni: The Untold Story」は伝記映画とは言え、彼の半生を描いた作品となる。2011年のワールドカップ優勝をエンディングに据え、そこまでにドーニーがどのような経緯を辿って来たが、3時間の長尺の中でじっくりと語られる。ドーニーはスポーツ選手ではあるが、この映画はスポーツ映画ではないと感じた。試合のシーンがほとんどなく、スポーツで緊張感を生み出すような性格の映画ではなかったからだ。どちらかと言えば、副題の「知られざる物語」が示すように、一般のインド人が知らないような、ドーニーの私生活や下積み時代の苦労に焦点が当てられた作品だった。

 ファンには有名な話だが、実はドーニーは元々サッカー選手で、ゴールキーパーとして活躍していた。学校のクリケットチームにスカウトされる形でクリケットを始め、クリケット選手として台頭する。ドーニーのバイク好きはファンにはさらに有名な話であり、映画の中でもドーニーが次々にバイクのコレクションを揃えて行く様子が綴られていた。若い頃にドーニーがユヴラージ・スィンと対戦して敗北し、彼にデビューの先を越されたのは、クリケットファンには興味をそそられるエピソードだ。ドーニーとユヴラージは同い年である。

 ドーニーはデビュー当初、長髪のヘアスタイルで知られていた。劇中でも出て来たが、パーキスターンのパルヴェーズ・ムシャッラフ大統領にもそのヘアスタイルは賞賛されたことがあった。だが、ある時点で彼はバッサリと髪を切ってしまい、短髪にしてしまった。そのきっかけについては特に映画中で触れられていなかったが、噂によると、当時恋仲と噂のあったディーピカー・パードゥコーンに言われて髪を切ったらしい。ただ、ユヴラージ・スィンもディーピカーのことが好きで、ドーニーはユヴラージにディーピカーを譲ったとの噂もある。この辺りのエピソードも映画化すると面白かったと思うのだが、ヒンディー語映画界のトップ女優であるディーピカーが関わって来るため、詳述は避けられたのだと予想される。

 「M.S. Dhoni」には、2人のヒロインが登場する。キヤーラー・アードヴァーニーが演じたサークシーは、ドーニーの妻と同じ名前であり、彼女をモデルにしているのは明らかだ。だが、ディシャー・パータニーが演じたプリヤンカーの存在はあまり知られていなかった。実際にドーニーには同名の恋人がいたとされる。しかも、2006年頃に本当に交通事故で亡くなったようである。出会いに関してはフィクションが入っており、サークシーもプリヤンカーも、ドーニーの学生時代の同級生である。とは言え、生存している人物の伝記映画としては、かなりプライベートに踏み込んで映画化していることが分かる。

 後半はドーニーのほぼノンストップの快進撃が急ぎ足で描写されていたが、どちらかと言えばこの映画が力を入れたかったのは前半の下積み時代であろう。彼の生まれ故郷であるラーンチーは地方都市であり、田舎の人間にとって、どれだけ才能があろうとも、上を目指すには多くの障害があることが示され、ドラマとして仕上げられていた。

 例えば、家族の視野の狭さである。父親は送水ポンプ係で、決して裕福な家庭ではなかった。それ故に父親は長男に、勉強をしっかりしてちゃんとした仕事に就くようにと言い聞かせていた。大半のインドの親と同様に、ドーニーの父親には、スポーツを仕事にするという発想がなかった。ドーニーはクリケットの才能を開花させ、インド鉄道にスポーツ枠で就職する。インド鉄道と言えば公務員である。インドにおいて、公務員に就職は成功とされる。それは父親にとって思い付く限り最高の福音であった。ドーニーも、父親の気持ちが分かっており、インド鉄道への就職を断らなかった。だが、ドーニーはもっと上を見ていた。

 州のクリケット委員会と中央のクリケット委員会の確執も示唆されていた。インドではスポーツは政府の管轄下にあり、政治家がスポーツをコントロールしている。クリケットほど人気のあるスポーツでは、強い政治力が働き、政治的な軋轢も大きくなる。州が中央に協力せず、優秀な選手がなかなか全国レベルの選手にステップアップできない現状があるのかもしれない。ドーニーが生まれたとき、ラーンチーはビハール州の一都市だったが、当時はビハール州から一人も有名なクリケット選手が生まれなかった。その理由を問われた州のクリケット責任者は、「ビハールの人間はクリケットよりも政治が好きなんだ」と答えていた。

 インドのスポーツ映画では、クリケット以外のスポーツが、クリケットの圧倒的人気に押されて、政治、行政、社会から、いかに冷たい待遇を受けているかがよく指摘される。だが、クリケットほど人気のあるスポーツでも、多くの苦労があるようだ。ヒンディー語では、「スポーツ」と「遊び」は同じ「खेल(ケール)」という単語であり、つまりスポーツは遊びと捉えられている。よって、スポーツを仕事にするという発想を抱ける人が極度に少ないのは想像に難くない。スポーツ枠を使って公務員になれたとしたら、それで御の字であり、さらに上を目指す野心を抱きにくい構造なのも、インドから優秀なスポーツ選手が生まれにくい大きな要因であろう。

 ただ、3時間ある映画の割には、これと言った悪役がおらず、ドーニーの人生にこれと言った失敗もなく、ドーニーの台頭は前半のくすぶっている時代を除けばほぼ破竹の勢いで進んで行った印象だ。プリヤンカーの事故死は悲しい出来事だったが、それが彼のキャリアに大きな影を落としたような描写もなかった。おかげでサスペンスがなく、物語に溜めが欠如していた。無駄なシーンも多く、もっと重要なシーンのみ残してそぎ落とし、短くすることもできたはずである。

 「M.S. Dhoni」は、3人の若手俳優をローンチしたことでも重要な映画だ。スシャーント・スィン・ラージプートは「Kai Po Che」(2013年)でデビューした若手の有望株で、この映画の成功でその人気を不動のものとした。2人のヒロイン、キヤーラー・アードヴァーニーとディシャー・パータニーは大抜擢だったが、どちらもその後のヒンディー語映画界の若手女優を代表する顔に成長している。

 「M.S. Dhoni: The Untold Story」は、インドの代表的なクリケット選手であるマヘーンドラ・スィン・ドーニーの半生を描いた伝記映画である。スポーツ映画としての性格は弱く、あくまで彼がクリケット選手としてのキャリアを軌道に乗せるまでと、インド代表チームの主将として選手やチームの強化に取り組む様子が語られた、ノンフィクション性を重視した映画である。興行的にも大ヒットとなっている。近年では珍しく3時間ある長い映画だが、2010年代のヒンディー語映画の発展の中で重要な位置を占める作品の一本である。