Akira

4.0

 テルグ語映画の監督ARムルガダースは、アーミル・カーン主演のヒンディー語映画「Ghajini」(2008年)を大ヒットさせたことでヒンディー語映画界でもよく知られた存在となった。その後、アクシャイ・クマール主演で「Holiday」(2014年)を撮り、やはり成功させている。彼のメインフィールドは依然としてテルグ語映画界だが、ヒンディー語映画もヒットさせられる監督として、インド映画界全体を代表する監督に脱皮しつつある。

 2016年9月2日公開のヒンディー語映画「Akira」は、「Ghajini」、「Holiday」に続くムルガダース監督のヒンディー語映画第3作である。「Ghajini」、「Holiday」もそうだったのだが、タミル語映画「Mouna Guru」(2011年)のリメイクである。

 キャストは非常に興味深い。主演はソーナークシー・スィナー。「Dabangg」(2010年)でのデビュー以来、どちらかと言うと娯楽映画のヒロインでキャリアを築いて来た女優である。映画の中心的なキャラを演じ、映画を背負って立つのはこれが初めてのはずだ。さらに、演技派女優コーンコナー・セーンシャルマーが準ヒロイン扱いでやはり重要な役柄を担う。まずは全く気色の違うこの2人が並び立つ作品である点に興味をそそられる。

 それ以上に見逃せないのが、悪役を演じるアヌラーグ・カシヤプである。「Dev. D」(2009年)や「Gangs of Wasseypur」シリーズ(2012年)などで知られるヒンディー語映画界切っての先進的映画監督だが、俳優として顔を出すのも好み、今までいくつもの映画に出演して来た。ソーナークシーとコーンコナーの取り合わせに、アヌラーグが加わるということで、ヒンディー語映画に詳しい人なら、このキャストを見ただけでゾクゾクする。

 他に、アトゥル・クルカルニー、ナンドゥー・マーダヴ、アミト・サード、ラーイー・ラクシュミー、ウルミラー・マハーンター、チャイタニヤ・チャウダリーなどが出演している。

 また、題名の「Akira」とは、ソーナークシーが演じる主人公の名前である。「アキーラー」と読み、サンスクリット語で「美しい力」を意味する。シャールク・カーン主演の「Jab Tak Hai Jaan」(2012年)でアヌシュカー・シャルマーが演じたヒロインの名前もアキーラーだった。ただ、噂によれば「Jab Tak Hai Jaan」のアキーラーという名前は、黒澤明から取られたようである。

 ジョードプルで生まれ育ったアキーラー(ソーナークシー・スィナー)は正義感が強く、少女時代に近所のチンピラの顔に酸を掛けたことで少年院に入ったことがあった。アキーラーはムンバイーで妻と共に暮らす兄アクシャト(チャイタニヤ・チャウダリー)の勧めに従ってムンバイーの大学に通うようになる。

 ゴーヴィンド・ラーネー警視監(アヌラーグ・カシヤプ)は悪徳警察官であった。彼は、ラージェーシュワル警部補(ナンドゥー・マーダヴ)ら部下3人と郊外にいたところ、事故車から大金を見つける。ラーネー警視監は運転手を殺し、その金を山分けして懐に入れてしまう。だが、ラーネーが部下にそのことに関して指示を出しているところを愛人のマーヤー(ラーイー・ラクシュミー)に録画されており、しかもそのビデオが盗まれ、何者かの手に渡ってしまう。ラーネー警視監は脅迫を受けるようになり、ビデオを盗んだ者を部下に探させる。その中で浮上したのがアキーラーであった。アキーラーは誘拐され、殺されそうになるが、間一髪で逃げ出す。

 アキーラーは大学の学長に相談しに行くが、その帰りにラージェーシュワル警部補に見つかり、捕まってしまう。アキーラーは電流ショックを与えられ、精神病院に放り込まれる。アキーラーは脱走して兄の家まで行くが、家族はアキーラーが麻薬により精神をやられてしまったと医者から言われており、それを信じていた。アキーラーは逃げ出し、ラージェーシュワル警部補を捕まえて、公衆の面前で自分の行ったことを告白させようとする。

 ところがそれはラーネー警視監に阻止される。アキーラーは殺されそうになるが、独自に捜査を進めていたラビヤー警視(コーンコナー・セーンシャルマー)が駆けつける。ラビヤー警視はラーネー警視監らを逮捕しようとするが、そのとき警視総監から電話が掛かって来て制止される。ラーネー警視監が盗んだ金は大物政治家の息子が運んでいたものであることが分かり、警官が彼を殺したと知れ渡るとムンバイーで暴動が起きる可能性があったからだ。アキーラーを精神病患者ということにして事件の幕引きを図ろうとする。それを聞いたアキーラーは隙を見てラーネー警視監らに刃物で斬りかかり、復讐を果たす。彼女は精神病患者とされていたため罪には問われず、退院後は子供たちを教える教師となった。

 幼少時のジョードプルで起こったアシッドアタック、悪徳警官ラーネー警視監がネコババした金、事あるごとにストライキやデモを行う大学生たち、寮で頻発する盗難事件、大学で孤立するアキーラーなど、序盤ではあまり互いに関連し合わない出来事が散発的に提示される。これらがどうまとまって結末に収束して行くのか、ドキドキしながら展開を見守っていた。

 また、ソーナークシー・スィナー演じる女主人公アキーラーがダークヒーローのオーラをまとっていて魅力的だった。しかも幼少時に護衛のため空手を習得したことで、無敵の強さを誇る。男性の助けを借りずして襲い掛かって来る暴漢たちや警官たちをボコボコにする様は痛快だった。自立した強い女性がもてはやされるようになった2010年代のヒンディー語映画を代表するキャラである。

 ソーナークシーがパワフルかつダークなヒロインだったのに対し、コーンコナー・セーンシャルマーは理知的な女警官役を演じていた。しかも妊婦である。「Kahaani」(2012年/邦題:女神は二度微笑む)のように、妊婦であることに何か秘密でも隠されているのかと、これもドキドキして見守っていたが、妊婦であることが何かストーリー上で重要な役割を果たすことはなく、肩透かしに終わった。だが、外れの伏線を敢えて張っておく点からもセンスを感じた。

 アヌラーグ・カシヤプは俳優をさせても巧い。佇まいから台詞回しまで、何から何まで巧い。俳優としてもっと出演してもいいぐらいだ。今回は本当に楽しんで憎々しい悪徳警官を演じている様子が感じられ好感が持てた。そして悪役らしく、最後は情けない断末魔の叫びを上げていた。

 ムルガダース監督の「Ghajini」以降、南インド映画を単にヒンディー語映画化したようなリメイク作品が多くなったのだが、大半は、南インド映画のフォーマットから脱却できておらず、普段ヒンディー語映画を観ている観客に対してのカスタマイズ&ローカライズが甘いという印象を受ける。だが、ムルガダース監督の映画からはそういう欠点がほとんど感じられない。純粋なヒンディー語映画として観ても面白いのである。これはやはりムルガダース監督が飛び抜けた才能を持っていることを示しているだろう。ただ、テルグ語映画の特徴である凄惨なバイオレンスシーンは健在で、その点だけが南インドらしさを醸し出していた。

 「Akira」は、「Ghajini」などを撮ったテルグ語映画監督ARムルガダースが、タミル語映画をリメイクして作ったクライムアクション映画である。ソーナークシー・スィナーが女主人公としてアクションシーンまでこなしながら映画を背負って立ち、コーンコナー・セーンシャルマーが静かに下から支える構造の、女性中心映画でもある。興行的にはあまり芳しくなかったようだが、伏線の張り方が絶妙で、最後まで観客の関心を引きつけて止まない。悪役を演じたアヌラーグ・カシヤプにも注目である。