A Flying Jatt

3.5

 21世紀のヒンディー語映画は、ハリウッド映画が得意とするジャンルに果敢に挑戦し、インド映画のフォーマットに取り込んで来た。その数あるジャンルの内のひとつがスーパーヒーロー映画である。過去には、主人公が透明人間になる「Mr. India」(1987年)や、インド製スーパーヒーローの先駆けシャクティマーンが主人公のTVドラマ「Shaktimaan」(1997-2005年)があった。神話アニメまで視野を広げれば、元祖スーパーヒーロー、猿の将軍ハヌマーンが主人公の「Hanuman」(2005年)もあった。だが、ヒンディー語のスーパーヒーロー映画の代表例と言ったら、何と言っても「Krrish」シリーズでリティク・ローシャンが演じたクリシュである。インドでは、スーパーマンやスパイダーマンに並ぶスーパーヒーローとしてクリシュが認識されている。

 クリシュが独占するインド製スーパーヒーローの殿堂に殴り込みを掛けて来た俳優がいる。タイガー・シュロフである。2016年8月25日公開の「A Flying Jatt」は、スィク教徒のスーパーヒーロー、フライング・ジャットが主人公のスーパーヒーロー映画だ。元々スィク教徒はターバンを巻き、特徴的な外見をしているため、スーパーヒーロー化しやすい。遙か昔の日本で人気を博したスーパーヒーロー月光仮面も、スィク教徒の身なりから着想を得て作られたものと言われている。クリシュに対抗するインド製スーパーヒーローとして、話題性十分である。

 監督は、コレオグラファー出身のレモ・デスーザ。「ABCD: Any Body Can Dance」(2013年)などを撮っており、ダンスを中心にした典型的娯楽映画を作る監督である。主演は上述の通りタイガー・シュロフ。ジャッキー・シュロフの息子で、「Heropanti」(2014年)でデビューした。ヒロインはジャクリーン・フェルナンデス。悪役は、元プロレスラーのオーストラリア人、ネイサン・ジョーンズ。他に、アムリター・スィン、ケー・ケー・メーナン、ガウラヴ・パーンデーイなどが出演している。また、シュラッダー・カプールが特別出演している。

 題名であり、またスーパーヒーローの名前でもある「フライング・ジャット」とは、パンジャーブ地方出身の陸上競技選手ミルカー・スィンの愛称「フライング・スィク」の捩りだと考えていいだろう。「Bhaag Milkha Bhaag」(2013年/邦題:ミルカ)の主題となった人物である。また、「ジャット」とはスィク教徒やパンジャーブ人の愛称だ。

 アマン(タイガー・シュロフ)の父親カルタール・スィンは少林寺で拳法を習得したスィク教徒で、その超人的なジャンプ力から「フライング・ジャット」と呼ばれていた。カルタールの死後、妻のディッローン夫人(アムリター・スィン)は、チャンディーガル近くの、自然豊かな湖畔にカルタール・スィン・コロニーという住宅地を作り暮らしていた。また、湖の中に立つ聖なる樹は信仰の対象となっていた。アマンは学校でマーシャルアーツを教えていたが、弱気な性格で、ディッローン夫人は頭を悩ませていた。アマンにはローヒト(ガウラヴ・パーンデーイ)という弟がいた。

 カルタール・スィン・コロニーの対岸には、マロートラー社の巨大な化学工場が建っていて、自然環境を汚染していた。ラーケーシュ・マロートラー社長(ケー・ケー・メーナン)は、湖の中に橋を建設しようとしていたが、カルタール・スィン・コロニーや聖樹が邪魔になっていた。そこで、巨漢ラカ(ネイサン・ジョーンズ)を送り込み、聖樹を切り倒そうとする。それを止めようとしたアマンは力でねじ伏せられてしまうが、聖樹の奇跡が起き、彼の肉体にスィク教の印が刻まれた。それにより、彼にスーパーパワーが宿るようになり、ラカを一発で吹っ飛ばしてしまった。

 ディッローン夫人やローヒトは、アマンにスーパーパワーが宿ったことに大喜びし、彼をスーパーヒーローに仕立てあげ、亡き父親にあやかって「フライング・ジャット」と名付ける。アマンはフライング・ジャットの衣装に身を包み、正体を隠しながら、世のため人のためにスーパーパワーを使う。フライング・ジャットはチャンディーガルで人気者となる。

 一方、アマンに吹っ飛ばされたラカはこの間、化学工場の廃棄薬品漬けになっていた。息を吹き返したラカは化学薬品の力で邪悪な力を手にしていた。ラカはフライング・ジャットに戦いを挑むが、打ち負かされる。だが、汚染物質を取り込むことでさらにパワーアップすることを知り、彼は工場の煙を吸い込んでパワーを溜め込む。もう一度フライング・ジャットの前に現れたラカは、無敵の力を得ており、フライング・ジャットに瀕死の重傷を負わせる。

 アマンが療養する中、人々の希望を打ち砕いてはいけないと、弟のローヒトがフライング・ジャットのコスチュームに身を包んでラカに戦いを挑む。だが、スーパーパワーのないローヒトは敢えなく殺されてしまう。復活したアマンは、再びフライング・ジャットとしてラカと激突する。死闘を末にフライング・ジャットはラカを打ち負かし、平和と取り戻す。

 基本的には子供向けの映画だった。そして、教育映画でもあった。スィク教の加護を得てスーパーパワーを手にした主人公アマンを通して、超人的なアクションシーンを随所に盛り込みながら、環境保護の大切さを訴えていた。また、スィク教の勇敢な歴史にも触れられていた。

 オープニングシーンは環境破壊が人間に破壊をもたらすことがアニメーションで提示されており、映画全体のテーマを設定していた。環境破壊や汚染の象徴として、悪役ラカが登場する。ラカは、人間が環境を破壊すればするほど強大な力を得るという設定であった。それに対し、フライング・ジャットは、樹から力を得たこともあって、自然の象徴であった。人類の環境汚染のレベルがあまりに酷すぎ、ラカは無敵の力を得る。終盤では、主人公であるはずのフライング・ジャットも敵わないほどにパワーアップしてしまっていた。

 「A Flying Jatt」は、スーパーヒーロー映画ながら、一人の万能のスーパーヒーローが全てを解決してしまう種類の映画ではなかった。環境汚染が悪役の力の源ならば、人々が力を合わせて環境保護に努めればいい。そう考えた人々は、一斉に清掃活動を始める。これは、2014年にナレーンドラ・モーディー首相の主導の下に始まったスワッチ・バーラト・アビヤーン(清潔なインド・キャンペーン)の影響を受けていると考えていいだろう。子供たちが木を植えているシーンもあった。

 それに加えて、アマンの弟ローヒトの存在も重要だった。彼は事あるごとにフライング・ジャットの衣装を着てフライング・ジャットの振りをする。彼は、「スーパーパワーがなくても戦う者こそがスーパーヒーローである」と発言し、それを自ら体現する。一人一人はフライング・ジャットにはなれないが、フライング・ジャットのような力がなくても不正に対して立ち向かうことを止めてはならないというメッセージが発信されていたのが、ユニークな点だった。

 インドでは、「サルダールジー(スィク教徒)は12時になると発狂する」というジョークが通用している。スィク教徒はターバンをかぶっているため、正午の一番暑い時刻になると、脳みそが沸騰して怒りっぽくなるという意味である。だが、「A Flying Jatt」ではこの「12時」の真の意味が解説されていた。18世紀、ナーディル・シャーがインドに侵略したとき、スィク教徒たちは、誘拐された女性たちを救うため、真夜中の12時に侵略軍のキャンプに夜襲を掛け、女性たちを救い出すことを繰り返していた。その出来事が、「サルダールジーが(真夜中の)12時になると現れる」という言い伝えを生み、それが派生して冒頭のジョークになったのだと言う。このジョークにそんな深い意味が込められていたとは知らなかった。

 「A Flying Jatt」は、タイガー・シュロフの高い身体能力が存分に活かされたアクション映画になっていた。身体の柔らかさで言えば、現在ヒンディー語映画男優の中でナンバー1であろう。しかも、筋肉隆々な割に顔がキュートなため、本作のようなコメディータッチの映画も合う。非常に潜在力の高い若手男優である。

 ヒロインのジャクリーン・フェルナンデスは、子供向け映画ということで、まるでディズニー映画のプリンセスのように、割り切った演技をしていた。彼女も身体能力は高い方で、ダンスナンバー「Beat Pe Booty」ではタイガーと共にダンススキルを要する激しい踊りを踊っていた。

 スーパーヒーローの母親を演じたアムリター・スィンも貫禄の演技だった。スーパーヒーローにも母親がいる、という事実がやたら映画のアクセントになっていたし、息子がスーパーパワーを得たと知って踊って喜ぶ様子も斬新だった。彼女がいたから、いかにもインド映画的なスーパーヒーロー映画が完成したと言える。

 悪役のネイサン・ジョーンズも見事な悪役振りだったし、演技派男優ケー・ケー・メーナンも子煩悩の悪役という新境地を拓いていた。こうして見ると、「A Flying Jatt」は単なるキッズ映画やゲテモノ映画ではなく、「サプライズ・サプライズ」なアイデア満載の、一級の娯楽映画だと評せられる。

 「A Flying Jatt」は、若手男優の中では注目度の高いタイガー・シュロフ主演のスーパーヒーロー映画である。ただ、スーパーヒーローが一人で全てを解決するような、単なるスーパーヒーロー映画に留まっていない。子供たちに自然保護の大切さを教えるESD(持続可能な開発のための教育)映画でもあり、スーパーパワーがなくても我々一般人が世の中を良くして行く努力をすべきだというメッセージも発信されている。基本的には子供向け映画であるし、興行的にも芳しくなかったようだが、十分一見に値する映画である。