Madaari

3.5

 2011年に社会活動家アンナー・ハザーレーによる汚職撲滅運動がインド全土で盛り上がったことを受け、ヒンディー語映画界も汚職を主題にした映画を作るようになった。「Gali Gali Chor Hai」(2012年)、「Satyagraha」(2013年)、「Jai Ho」(2014年)などがその代表例である。こうして、汚職は2010年代のヒンディー語映画の中心的なテーマとなった。

 2016年7月22日公開の「Madaari(奇術師)」も、一般庶民が政治家の汚職問題を糾弾する内容の映画である。監督は「Drishyam」(2015年)などのニシカーント・カーマト。主演はイルファーン・カーン。ジミー・シェールギルも主役級の役柄で登場する。他に、ヴィシェーシュ・バンサル、トゥシャール・ダールヴィー、ウダイ・ティーケーカル、アーイシャー・ラザー・ミシュラーなどが出演している。

 内務大臣プラシャーント・ゴースワーミー(トゥシャール・ダールヴィー)の10歳の息子ローハン(ヴィシェーシュ・バンサル)は、ウッタラーカンド州デヘラードゥーンの全寮制学校で学んでいたが、ある日、何者かに誘拐された。事件の担当となった、中央情報局(CBI)のナチケート・ヴァルマー(ジミー・シェールギル)は、事件を公開せず、隠密で捜査を開始する。

 誘拐者はニルマル・クマール(イルファーン・カーン)という男だった。彼は頻繁に場所を変えながら、ゴースワーミー大臣に要求を叩き付ける。これは、身代金目的の誘拐ではなかった。ニルマルは、ムンバイーで起こった架橋落下事件で息子のアプールヴァを亡くしており、その責任の所在を明らかにすることを求めていた。

 ニルマルとローハンは共にインドを移動する中で、心を通わしていく。最後には、ニルマルはムンバイーの自宅に、内務大臣、党幹事長、建設会社社長、設計者などを呼び、TVカメラの前で汚職を暴いて行く。内務大臣が、「政府が汚職しているのではなく、汚職のために政府がある」と答えたことで満足し、彼はローハンを解放する。ニルマルは逮捕され、連行される。

 一般庶民の男が内務大臣の息子を誘拐する。だが、彼が要求したのは身代金ではなく、自分の息子の死に関わった者の責任追及であった。普通に考えたら、映画で描かれたようにうまく行くとは思えないが、汚職を暴く内容の映画はインド人にとても人気があり、この映画も好評を博したようである。

 一般庶民と言えど、主人公ニルマルには職業柄、ITの知識があった。彼はFacebookを使って自分の主張を公にしたり、インターネット電話を駆使して居所を容易に追跡されないようにしたりと、中央政府の捜査機関であるCBIを手玉に取る。

 また、ストックホルム症候群的な人間関係にも触れられた映画だった。ストックホルム症候群とは、誘拐犯と人質の間に愛情が芽生える現象である。誘拐されたローハンは、当初はニルマルに反抗していたが、彼の身の上を聞く内に、彼に同情するようになる。ニルマルも、ちょうど同じくらいの年の息子を失っていたため、ローハンに息子の姿を重ね、親しさを感じるようになる。

 「Madaari」が具体的に取り上げていたのは、橋の崩壊による事故であった。このような事故はインド中で発生しているが、商都ムンバイーにおいても日常茶飯事である。橋の建築のために必要な予算は拠出され、十分な強度を保つように設計が行われているが、政治家などが建設費の多くを賄賂として懐に入れてしまうため、残った資金で安全基準を満たさない橋が造られることになる。こうして、建設中もしくは完成後ほどなくして崩壊し、運が悪いと死傷者が出るのだる。ニルマルの息子も、汚職によって引き起こされた人災の架橋崩落事故で死んでしまった。

 ニルマルの採った手段は法に触れており、決して褒められたものではない。だが、一般庶民の遺族が正攻法で責任を追及しても、政治家、官僚、警察がグルになって利権を守っているため、責任者に責任を負わせることはほぼ不可能である。だから、このような極端な手段に出なくてはならなくなった。ニルマルは最後に逮捕されてしまうが、TVを使って庶民の前で不正を暴いたことで、次の世代の人々が一丸となって汚職に立ち向かうことに期待が寄せられている。ローハン自身も、ニルマルの志を受け継ぐ一人となったのである。

 名優イルファーン・カーンの演技は今回も絶品であった。子役のヴィシェーシュ・バンサルは、「Bombay Talkies」(2013年)で「Sheila Ki Jawaani」を踊っていた男の子だ。口が達者で物怖じしない男の子を堂々と演じており、イルファーンに負けていなかった。ジミー・シェールギルも的確な演技をしていた。

 「Madaari」は、内務大臣の息子を誘拐した男の物語である。だが、単なるクライム・サスペンスではなく、2010年代のトレンドの一つ、汚職を取り上げた、社会的メッセージ性の強い映画に仕上がっている。イルファーン・カーンなどの名演も見所である。