Raman Raghav 2.0

3.5

 21世紀、ヒンディー語映画界には数々の有能な監督が登場したが、その中でももっとも影響力を持っているのがアヌラーグ・カシヤプ監督である。「Dev. D」(2009年)や「Gangs of Wasseypur」(2012年)など、メインストリームの娯楽映画とは一線を画した前衛的な作品の数々を送り出した他、後進の育成にも尽力し、ヒンディー語映画界に一大勢力を築き上げた。2016年6月24日に一般公開された「Raman Raghav 2.0」は、カシヤプ監督らしさがよく出た犯罪映画である。同年のカンヌ映画祭の監督週間でプレミア上映され、インドでも高い評価を得た。

 主演はナワーズッディーン・スィッディーキーとヴィッキー・カウシャル。他に、新人のソービター・ドゥリパーラーなどが出演している。題名になっているラマン・ラーガヴとは、1960年代のボンベイを震撼させた連続殺人犯の名前である。しかし、「2.0」が付いていることからも分かるように、この映画はラマン・ラーガヴの伝記映画などではない。現代を舞台としており、自分のことをラマン・ラーガヴと同一視した男の物語である。

 2015年、ラマンナー(ナワーズッディーン・スィッディーキー)という男が9人を殺したと言って警察に自首して来た。しかしながら、ラーガヴァン警視監(ヴィッキー・カウシャル)とその部下たちはラマンナーを精神異常者と考えて無視した。ラーガヴァンはコカイン中毒で、シミー(ソービター・ドゥリパーラー)と付き合っていた。

 ラマンナーはその後、姉、姉の夫、姉の子ども、シミーの家政婦など、次々と殺人を犯す。警察も、ラマンナーこそが連続殺人犯だと気づき、彼の行方を追う。だが、ラーガヴァンは父との関係、シミーとの関係、そしてコカインによって精神を蝕まれて行き、遂にシミーを殺してしまう。そこへラマンナーが現れ、当たり前のようにラーガヴァンの罪をかぶろうとする。ラマンナーは、ラーガヴァンのことをソウルメイトと考えており、二人が揃うことでラマン・ラーガヴになれると信じていた。

 ジャンルはサイコスリラーになるだろう。実在の連続殺人犯ラマン・ラーガヴに憧れる男ラマンナーが次々に人を殺めていく様子が一方で描かれ、もう一方でラーガヴァンが転落して行く様子が描かれる。ラマンナーは、2013年にラーガヴァンがコカインの取引の場で殺人をするところを隠れて見ており、それ以来、ラーガヴァンのことをソウルメイトだと考えるようになった。ラマンナーはラーガヴァンを観察し、ラーガヴァンと一体となろうとする。

 連続殺人犯と言っても、ナワーズッディーン・スィッディーキーが演じるので、そのキャラは一筋縄では行かない。ナワーズッディーンは決して屈強な体格をしている訳ではないので、力任せに人を殺していくタイプの殺人犯ではない。むしろ吹けば飛ぶような弱々しい存在だ。最初は石を使って人を殺していたが、曲がった鉄棒を手にしてからは、より効率的に殺人をするようになる。言動はやたら卑屈だったり丁寧だったりすることもあるのだが、最後には本能の赴くままに人を殺す。ロブ・ライナー監督の「ミザリー」(1990年)を思わせる怖さがある。

 殺人の世界というものがあるとしたら、そこではラマンナーは表の顔である。金や名誉など、何か別のもののために殺人をしている訳ではなく、ただ純粋に、本能的に殺人をしている。あまりに純粋に殺人を追究しているため、ラマンナーの殺人は筋が通っているように思えてしまう。一方、裏の顔はラーガヴァンだ。警察でありながらコカイン中毒で、恋人を暴力的に扱い、善のかけらも見当たらない。彼の殺人には美学がない。映画を観ていると、やがてラマンナーよりもラーガヴァンの方が悪だと感じるようになる。

 「Raman Raghav 2.0」は、アヌラーグ・カシヤプ監督作品の典型例で、ストーリーに救いがなく、バイオレンスをストレートに描写しているため、万人受けする映画ではない。だが、ナワーズッディーン・スィッディーキーやヴィッキー・カウシャルが好演しており、アイデア勝負でいかにも映画が好きな人が作った映画と言った感じだ。