Dhanak

4.0

 ナーゲーシュ・ククヌール監督と言えば、デビュー作のヒングリッシュ映画「Hyderabad Blues」(1998年)で監督・主演をし注目を浴びた人物である。その後、21世紀の新しいヒンディー語映画の担い手の一人として数々の作品を送り出し、活躍して来た。ただ、時々はいい映画を撮るのだが、外すこともあって、個人的には多少慎重に彼の作品を見ているところがある。

 2016年6月17日にインドで公開された「Dhanak(虹)」は、ククヌール監督が撮った子供向けの映画である。両親を亡くし、叔父の家で育てられた姉弟が主人公で、栄養失調のために盲目になった弟の目を治すため、姉が弟を連れて、シャールク・カーンに会いに行く物語である。

 舞台はラージャースターン州。姉弟が住んでいるのが北東部のチュールーであり、シャールク・カーンがロケで滞在しているとされているのが西部のジャイサルメールである。もし、映画の中で語られていた通り、ジョードプル経由でジャイサルメールへ向かうとすると、600km以上ある。10歳と8歳の姉弟が、お金も持たず、ほとんど徒歩で目指すには、あまりに遠すぎる。だが、道中で出会う人々がほぼいい人たちばかりで、二人は彼らの助けのおかげでジャイサルメールに辿り着くのである。

 姉と弟が、時々口げんかしながらも、固い信頼関係で結ばれ、様々な困難を乗り越えながら砂漠の中を進んで行く様子は、まるでお伽話のようである。だが、インドを旅した者の目からすると、「Dhanak」で描かれている様々な出会いは、あり得ると思えてしまう。間違った道を歩いていた姉弟を乗せて、正しい方向へ向かう道が分かれる分岐点までトラックで送ってくれた運転手、結婚式に招待してくれた歌手、シャールク・カーンの元劇団仲間だと自称する女性宗教指導者、愛のメッセージを広めるために世界中を歩いて旅する米国人ヒッピー、不思議な予知能力を持つお婆さんと共に砂漠を放浪する遊牧民、家族を事故で亡くして以来、頭がおかしくなってしまったバス運転手など、個性的なキャラの数々が姉弟の前に現れては通り過ぎて行く。中には彼らを売り飛ばそうとする悪人も登場するのだが、あくまで子供向け映画であり、極端なトラブルや不幸は避けられる。概ね、姉弟は親切な人々に助けられ、ジャイサルメールに辿り着くのである。インドを旅していると、こういう出会いには事欠かず、姉弟の経験は、どこか自分の思い出とも結びつくものがあるのである。「Dhanak」は、幼い姉弟の感動ドラマでもあるが、非常に優れたロードムービーとも言える。

 また、姉のパリーはシャールク・カーン、弟のチョートゥーはサルマーン・カーンのファンだった。特にチョートゥーは、目が見えなくなる前に観た映画がサルマーン主演の「Dabangg」(2010年)だったこともあり、サルマーンを神のように尊敬していた。彼が右腕に付けているアクセサリーも、サルマーン愛用のものである。「Dhanak」では、映画の力がいかに田舎の片隅まで浸透し、スターたちがインドの一般庶民に愛されているか、存分に描出されていた。ただし、なぜか劇中で姉弟が観た映画は、シャールクの映画でもサルマーンの映画でもなく、ジョン・アブラハム主演の「Force」(2011年)であった。ラージャスターン州の子供がヒンディー語映画スターに憧れるというプロットの映画には、過去に「Nanhe Jaisalmer」(2007年)があったが、総合的に言って「Dhanak」の方が上である。そもそも、「Nanhe Jaisalmer」で少年が憧れるスターはボビー・デーオールである。シャールクやサルマーンなら分かるが、特にボビーのファンというインド人には会ったことがない。

 「Nanhe Jaisalmer」ではボビー・デーオール自身が出演していたが、残念ながら「Dhanak」ではシャールク・カーンの出演はない。ただ、(別の俳優による)後ろ姿などは登場し、物語の中でシャールクは重要な役割を担う。

 インド映画では元々音楽が重視されるが、「Dhanak」も音楽の良い映画だった。特にチョートゥーが美しい声色の持ち主という設定で、彼の歌声はしばしば彼らを助けることになった。米国人ヒッピーと一緒に歌ったのは、スィンド地方に伝わるカッワール曲「Damadam Mast Kalandar」と、平和を訴える英語曲「Let’s Give Love A Chance」のフュージョンで、映画のハイライトである。

 途中、ドゥク・ドゥク・バーバーと呼ばれるバイクが祀られた祠が登場した。実はインドには本当にバイクが祀られた寺院がある。ジョードプルから40kmほどのバンダイー村にあるオーム・バンナー寺院である。ここでは、ロイヤル・エンフィールド社のブレットが祀られており、周辺地域のバイク乗りたちの信仰を集めている。

 「Dhanak」は、ヒンディー語映画業界では変わり種のナーゲーシュ・ククヌール監督が撮った子供向けの映画である。広大なインド亜大陸の中でも、もっともスクリーンに映えるラージャスターン州を舞台に、幼い姉弟がシャールク・カーンに会うために砂漠の中をひたすら進む。道中の様々な出会いが、いかにもインド旅行にありがちなもので、ロードムービーとしても秀逸である。当たり外れのあるククヌール作品の中では断トツに当たりの映画だ。