Bollywood Diaries

4.0

 ヒンディー語映画界において、映画界を舞台や題材にした映画が作られるようになったのは、「Om Shanti Om」(2007年/邦題:恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム)あたりからであっただろうか。栄光と凋落を繰り返すスターの伝記、世間を賑わしたゴシップ、撮影現場の裏話など、ネタには事欠かない。だが、もっとも興味を引かれるのは、一般庶民がどれだけ映画を愛しているかを描出する映画である。その類の映画としては、インド映画百周年を祝って作られたオムニバス映画「Bombay Talkies」(2013年)を最高峰として挙げたいが、2016年2月16日公開の「Bollywood Diaries」も、それに匹敵した優れた作品である。

 「Bollywood Diaries」の監督は、「Gattu」(2012年)のK.D.サティヤム。3つの独立したストーリーから成るオムニバス形式の映画であり、それぞれのエピソードに主人公がいる。3人の主人公に共通するのは、ムンバイーへ行って俳優になりたいという夢を持っていることである。それぞれ、サリーム・ディーワーン、ラーイマー・セーン、アーシーシュ・ヴィディヤールティーが主演である。他に、ヴィニート・クマール・スィンなどが出演している。

 デリー在住のローヒト(サリーム・ディーワーン)は、コールセンター勤務であったが、俳優になることを夢見ていた。ある日、才能発掘系番組のオーディションがあることを知り、応募する。そこで、ビール瓶で自分の頭を殴ったり、リストカットしたりするショッキングな演技をし、注目を集める。だが、結局はオーディションに落選し、気が触れてしまう。

 コルカタの売春街ソーナーガーチーに住む売春婦イムリー(ラーイマー・セーン)は、ムンバイーへ行って女優になるのが夢だった。ある日、脚本を書くため、ソーナーガーチーに売春婦のリサーチに来た助監督ダマン(ヴィニート・クマール・スィン)がイムリーを訪ねて来る。二人は意気投合し、ダマンはイムリーの半生を元に「Imli」という脚本を書き上げる。しかも、彼女を主演にすると約束する。ダマンはイムリーから借りた金で彼女のアルバムを作り、ムンバイーへ帰って行く。彼の脚本はプロデューサーに気に入られるが、主演としてイムリーではなく有名な女優が起用されることになり、イムリーはショックを受ける。夢破れたイムリーはドバイへ渡り、踊り子となる。

 チャッティースガル州の地方都市ビラーイーに住むヴィシュヌ(アーシーシュ・ヴィディヤールティー)は、若い頃から俳優を目指していたが、就職し、結婚し、子育てをしている内に52歳になってしまった。だが、娘を嫁に出したらムンバイーへ行って夢を叶えることを楽しみにしていた。ところが、いざ娘の結婚式が終わり、妻のラターにムンバイー行きを打ち明けると猛反対される。それでも最後にはラターが折れ、早期退職して友人たちを呼び、壮行会を開く。ところがその場でヴィシュヌは倒れ、末期癌であることが分かる。ヴィシュヌは、大スターの子供に生まれ変わろうと考え、宗教指導者の教えに従って儀式を行う。アビシェーク・バッチャンとアイシュワリヤー・ラーイの子供に生まれ変わることを念じながらヴィシュヌは息を引き取る。

 オムニバス形式の映画では、複数の独立したストーリーが互いに交錯しながら進行する手法が採られることがあるが、「Mumbai Diaries」については、これら3つのエピソードは完全に独立しており、平行して進んで行く。ムンバイーへ行きたい、俳優になりたい、という強い夢を持ちながら、各人がそれぞれの障害に直面し、最終的には3人とも夢破れて散って行く。決してハッピーエンドの映画ではなかったが、いかにヒンディー語映画がインド社会において力を持ち、人々を惹き付け、多くの人生に影響を与えているかが浮き彫りにされている。

 それぞれに非常に示唆の富んだエピソードだったのだが、やはり一番情緒豊かに描かれていたのは、52歳の俳優志望ヴィシュヌの物語だった。イムリーのエピソードは平凡だったし、ローヒトのエピソードは変化球すぎたため、おそらく大半の観客が同様の感想を抱くのではなかろうか。

 まずは、やはり老年に差し掛かってから俳優を目指すヴィシュヌの姿に微笑ましいものを感じ、思わず応援したくなってしまう。彼の夢は子供の頃から一貫してた。だが、子供の頃には父親から反対され、実現することができなかった。詳しくは語られていなかったが、おそらく父親から就職を強要され、その次には結婚を強要され、そのまま生活に多忙となって、この年になってしまったのだろう。だが、彼は妻がしてくれた約束を忘れていなかった。娘を嫁に出したら好きなことをしていいと妻から言われていたのである。彼は、俳優になるという夢へ向かって歩み出す日を今か今かと待ち望みながら、今までの退屈な人生に耐えて生きて来たのである。

 ところが、いざムンバイーへ旅立とうとした矢先、末期癌に冒されていることが発覚し、その後は急速に病状が悪化する。もはや夢を叶えるどころではなくなってしまった。失意の中で彼が思い付いたのは、いかにもインドらしいのだが、来世に大スターの子供に生まれ変わって、今世で果たせなかった夢を実現するというアイデアだった。誰の子供として生まれようかと考えを巡らした末に、彼はアビシェーク・バッチャンとアイシュワリヤー・ラーイの子供に生まれ変わることを決意し、バッチャン一家のポスターで埋め尽くされた部屋の寝台に横たわりながら、ひたすらマントラ(真言)を唱え続ける。そのマントラは以下のようなものだった。

ॐ मुंबई बॉलिवुड स्टाराय नमः
オーム・ムンバイー・ボリウッド・スターラーヤ・ナマハ

 死ぬ間際にこのマントラを唱え続けることで来世に大スターの子供に本当に生まれ変わることができるのならば、実践する人は多いだろう。この映画を観て実際に試すインド人は多いのではなかろうか。結局ヴィシュヌが望み通り生まれ変われたのかは不明であるが、アビシェーク・バッチャンとアイシュワリヤー・ラーイの間には2011年に女の子が一人生まれている。その後、二人目が生まれたという報道はない。「Mumbai Diaries」の時間軸がどこにあるかは不明であったが、もし2011年以降の物語であるとしたら、ヴィシュヌの夢は今のところ実現していないことになる。

 死期を悟り、生まれ変わりを望むようになってからは、日本人の目にはあまり現実的とは思われない展開になってしまうため、興ざめする観客もいるかもしれない。だが、その前までの展開はとても堅実に描かれていた。自分の歩んで来た人生に基づき、ヴィシュヌが娘婿に、「やりたいと思ったことは今やりなさい。正しい時を待っていても無駄だ。なぜなら正しい時は来ないのだから」と助言するシーンは含蓄のあるものだったし、ムンバイー行きを前に開いた壮行会で彼が詠んだ以下の詩も、人生において何かを成し遂げようとリスクに立ち向かう人々を鼓舞するものであった。

मंज़िल तो मिल ही जाएगी, भटककर ही सही
गुमराह तो वह है जो घर से निकले ही नहीं
目的地には着くだろう、たとえ道に迷おうとも
真の迷子とは、家から一歩も出ないことだ

 キャストの中でもっともスターパワーがあるのはラーイマー・セーンだ。スターであると同時に高い演技力でも評価されている。今回は夢追い人の売春婦役を妖艶に演じ切っていた。白眉のエピソードで主演を演じたアーシーシュ・ヴィディヤールティーはベテラン俳優であり、普段は悪役や脇役を演じることが多いが、今回は映画全体の中心となる役柄を演じる機会を与えられていた。サリーム・ディーワーンは、アーユルヴェーダ薬品会社ラージャスターン・ハーバル・インターナショナルのCEOという変わり種だ。映画の中には同社の名前も登場した。副業で俳優をしているようで、この「Mumbai Diaries」に出演することになった。

 「Mumbai Diaries」は、ムンバイーへ行って俳優になることを夢見る3人を主人公にしたオムニバス形式の映画である。サクセスストーリーではなく、むしろ3人とも夢破れてしまうのだが、インド社会において映画がいかに影響力を持っているかがひしひしと伝わって来る作品であり、似たような主題の「Bombay Talkies」と併せて鑑賞することをお勧めしたい。