Chalk n Duster

2.5

 インドで教育問題というと、まずは識字率の問題が取り沙汰されることが多かった。貧困層を中心に学校に通えない子どもが多く、読み書きのできない人が多く存在した。だが、最近、インドの識字率は急速に改善されており、75%に迫ろうとしている。先進国に比べたらまだ低い数値ではあるが、インド独立時にはたったの12%であったことを考えれば、劇的な改善と言って差し支えないだろう。識字率が上昇したことで、教育問題はより質や内容にシフトして行っており、ヒンディー語映画でも教育がテーマになることが多くなった。「3 Idiots」(2009年)は傑作中の傑作であるが、他にも「Chhichhore」(2019年)、「Super 30」(2019年)、「Chhalaang」(2020年)など、教育を主題にした映画が相次いで公開されている。2016年1月15日に公開された「Chalk n Duster」も、教育がテーマの映画のひとつである。

 監督はジャヤント・ギラータル。主にTVドラマを監督して来た人物である。主演はシャバーナー・アーズミーとジューヒー・チャーウラー。この二人の共演は初めてではないかと思う。他に、ディヴィヤー・ダッター、ギリーシュ・カルナド、ジャッキー・シュロフ、リチャー・チャッダーなど、豪華な俳優陣となっている。その上さらに、リシ・カプールが本人役で出演している。

 ムンバイーにある私立カーンターベーン高校に勤める野心的な教師カーミニー・グプター(ディヴィヤー・ダッター)は、理事長と結託して校長を追い出し、自身が校長に就任する。グプター校長はカーンターベーン高校をナンバー1の学校にするために急進的な改革に乗り出す。その中でターゲットとなったのがベテラン数学教師ヴィディヤー(シャバーナー・アーズミー)であった。ヴィディヤーは「無能教師」の烙印を押され学校を追い出される。ヴィディヤーと仲が良かった理科教師ジョーティ(ジューヒー・チャーウラー)もグプター校長に刃向かい、学校を辞めることになる。

 ニュースキャスターのバイラヴィー(リチャー・チャッダー)がカーンターベーン高校の問題をニュースにしたことで、世間の注目を集める。そこで、ヴィディヤーとジョーティは、教師としての能力を証明するため、公開生放送で10問のクイズに答えることになる。リシ・カプールが司会を務めるクイズ番組で、グプター校長自らが作成したクイズに2人は次々に答えて行く。このような物語である。 

 「Chalk n Duster」が取り上げていたのは、教育分野の中でも、教育の商業化への批判であった。学校をナンバー1にし、有名人の子どもを入学させるため、学費を上げ、教師の福祉厚生を切り詰めるやり方を新校長のグプターは採る。その一環として、給料の高いベテラン教師が首を切られる。また、安月給で働く教師の窮状が訴えられていると同時に、教師の生きがいにも焦点が当てられていた。無能や時代遅れを理由に解雇を告げられ、心臓発作を起こして入院したヴィディヤーを支え応援したのは、今まで彼女が教えて来た教え子たちだった。彼らは世界中で活躍する人材となっており、ヴィディヤーが入院した病院の理事も彼女の教え子であることが分かる。ヴィディヤーの手術代は免除となり、VIPルームに移されることになった。彼女が無能であったら、彼女の下からこのような優秀な人材は育っていなかったはずである。しかも、彼女は教え子たちから非常に慕われる存在であった。それは、彼女が教育をビジネスとは考えず、無私と奉仕の気持ちで子どもたちを教え続けて来た結果だった。

 映画の中では、インド社会において教師が蔑ろにされている様子が浮き彫りにされていた。だが、個人的な経験で言えば、インドでは教師の力が非常に強く、教師と生徒の上下関係もはっきりしており、日本に比べて教師の威厳が保たれているように感じる。その裏返しとして、体罰やパワハラ・アカハラも当たり前のように行われているのは大きな問題であろうが、この点は「Chalk n Duster」では全く触れられていなかった。

 シャバーナー・アーズミーとジューヒー・チャーウラーの共演は本作の大きな見所である。ジューヒーは声が甘ったるいので、あまりシリアスな演技に向いていないと思っていたのだが、今回の教師役はかなりのはまり役で、彼女の女優としての完成した姿を見ることができた。シャバーナーも貫禄の演技であった。ただ、脇役陣はほとんど使い捨ての状態で、なぜ彼らが起用されたのか、そして彼らが出演を承諾したのか、謎である。特にジャッキー・シュロフは全くの無駄遣いであった。

 俳優陣は非常に豪華なのだが、作りは一昔前の映画のようで安っぽかった。それでも、分かりやすい筋書きで、引き込まれるものがあったし、涙がポロリとこぼれるシーンもあった。残念だったのは最後の30分である。せっかくインドの教育問題についていい切り口でストーリーを紡いで来たのに、最後は単なるクイズ番組で締められていた。教師の力量を証明するためにクイズ番組に出演する、というのはあまりに強引ではなかろうか。数学と理科の教師が、歴史や映画などの一般教養クイズに全問正答したからといって、有能な教師であることは全く証明されない。ヴィディヤーの教え子たちが入院したヴィディヤーに救いの手を差し伸べたり応援の声を寄せたりして支えるという場面を発展させて行って結末につなげるだけで良かったのではなかろうか。

 シャバーナー演じるヴィディヤーが三角比を教えるシーンでは、インドの教育方法を少し垣間見ることができた。いわゆるsin(サイン)、cos(コサイン)、tan(タンジェント)の関係の覚え方だが、「Pandit Badri Prasad, Har Har Bol, Sona Chandi Tol」という呪文を教えていた。PはPerpendicular(垂辺)、BはBase(底辺)、HはHypotenuse(斜辺)、SはSine(正弦)、CはCosine(余弦)、TはTangent(接線)を表す。その意味は、「パンディト・バドリー・プラサードよ、ハル、ハル(神様の名前)と言え、金と銀を計れ」になるが、それらの頭文字は以下のような関係となる。

 PBP
 HHB
 SCT

 これを下から上に読むと、sinθ=P/H、cosθ=B/H, tanθ=P/Bとなる。これはヴィディヤーのオリジナルの教え方のようだが、インドではこのような方法を使って公式などを教えている様子がうかがわれた。

 基本的にはヒンディー語映画だが、監督の出自の関係からか、一部、グジャラーティー色が強く、グジャラーティー語の飛び交うシーンがあった。他の場面との脈絡があまりなかったので、唐突な印象を受けた。

 「Chalk n Duster」は教育問題をテーマにした映画で、シャバーナー・アーズミーとジューヒー・チャーウラーが主演である。インドにおける教師の窮状や、商業化する教育の現状などが浮き彫りにされており、インドの教育事情を垣間見るにはいい作品である。ただ、最後の30分のまとめ方が全てを台無しにしてしまっており、作品としては残念な完成度となっている。