Wazir

4.0

 ヒンディー語映画界においてヴィドゥ・ヴィノード・チョープラーは重要人物の一人に数えられる。1990年代は「1942: A Love Story」(1994年)など、自ら監督をしていたが、21世紀に入ってプロデューサーとしての業績が目立つようになり、「Munna Bhai M.B.B.S.」(2013年)、「Lage Raho Munna Bhai」(2006年)、「3 Idiots」(2009年)など、ラージクマール・ヒーラーニーとのタッグで数々のヒット作を送り出して来た。そのチョープラーがかつて、2000年代に、ダスティン・ホフマンやアンソニー・ホプキンスなどのハリウッドスターを起用して、インド製ハリウッド映画を撮ろうとしていたことがあるらしい。当時はハリウッドの映画プロダクションがインド映画の製作に乗り出していたが、この企画もそれと関連しているかもしれない。残念ながらチョープラー監督のハリウッド映画は実現しなかったのだが、そのときに用意した脚本を元に作られたのが、2016年1月8日公開の「Wazir」である。

 監督はビジョイ・ナーンビヤール。「Shaitan」(2011年)や「David」(2013年)の監督である。主演はアミターブ・バッチャン、ファルハーン・アクタル、アディティ・ラーオ・ハイダリー。他に、マーナヴ・カウル、ニール・ニティン・ムケーシュ、ジョン・アブラハムなどが出演している。元々ハリウッド映画を想定していただけあり、上映時間は1時間30分強と、インド映画としては極度に短い。

 舞台はデリー。対テロ部隊の隊員ダーニシュ・アリー(ファルハーン・アクタル)は、妻のルハーナー(アディティ・ラーオ・ハイダリー)や4歳の娘ヌーリーと共に街中に出掛けていたところ、お尋ね者のテロリスト、ラミーズを見かけ、追跡する。だが、ダーニシュは反撃を受け、ヌーリーが命を落としてしまう。娘の死をきっかけにダーニシュとルハーナーの間には大きな溝ができる。ラミーズがまだデリーにいることを察知した対テロ部隊は急襲を掛ける。ラミーズの生け捕りが厳命されていたにもかかわらず、復讐に駆られたダーニシュが独断でラミーズを射殺してしまう。ダーニシュは停職処分となる。

 ダーニシュはヌーリーの墓の前で自殺をしようとするが、そこへヌーリーにチェスを教えていた老人オームカル・ナート・ダル、通称パンディトジー(アミターブ・バッチャン)がやって来たことで、自殺を思い留まる。パンディトジーは、相次いで妻と娘を亡くし、今では子供たちにチェスを教えて過ごしていた。パンディトジーには両足がなかった。

 パンディトジーは、福祉大臣のヤザード・クライシー(マーナヴ・カウル)を目の敵にしていた。パンディトジーの娘ニーナーは、クライシーの娘ルーヒーにチェスを教えていたが、ある日、クライシーの家で階段から足を踏み外して命を落としたとされていた。だが、パンディトジーは、ニーナーは殺されたと信じていた。パンディトジーと友情を結んだダーニシュは、ニーナーの死について個人的に捜査を始める。

 ところが、パンディトジーはワズィール(ニール・ニティン・ムケーシュ)という殺し屋に命を狙われるようになる。ダーニシュの元にもワズィールから脅しの電話が掛かって来るようになる。ワズィールはヤザードに雇われた殺し屋だと考えたダーニシュは、ワズィールを逮捕するため、ヤザードに接近する。だが、パンディトジーはワズィールに爆殺されてしまう。

 ダーニシュはヤザードを追ってカシュミールまで行き、追い詰める。ヤザードは、実はテロリストだったことが発覚し、しかもラミーズとつながっていたことまで分かる。それを知ったダーニシュはヤザードを殺す。だが、ワズィールは謎のままであった。

 デリーに戻ったダーニシュは、ワズィールはパンディトジーが作り出した架空の殺し屋だったことに気付く。ダーニシュを使ってヤザードを殺すため、パンディトジーが自作自演していたのだった。

 チェスにおいて、ポーン(歩兵)は相手の陣地の一番奥のマスに入ることで、キング以外の駒にプロモーションすることができる。通常は最強の駒であるクイーンになることが多いが、戦略上、ナイトやルークになることもある。

 映画の題名にもなっている「ワズィール」とは、「大臣」の意味もあるが、チェスではルークを指す。アミターブ・バッチャン演じるパンディトジーを殺そうとする殺し屋の名前がワズィールであったが、その名前にはチェスのルールに関連した深い意味が隠されていた。

 短い上映時間の中で、無駄をそぎ落としたミニマルな構成のスリラー映画だったが、脚本がよく磨き上げられている上に、パンディトジーの台詞が絶妙で、非常に濃密な映画体験をすることのできる作品に仕上がっていた。

 さらに、シャーンタヌ・モーイトラー作曲の「Tere Bin」など、挿入歌も効果的に使われており、インド映画らしさを失っていなかった。

 キャストは意外に豪華である。アミターブ・バッチャンは今回、交通事故で両足を失った老人の役で、動きが少ない分、台詞で魅せていた。「Dil Chahta Hai」(2001年)や「Don」(2006年)の監督として知られるファルハーン・アクタルは、「Don 2」(2011年)を最後に監督業から遠ざかっており、代わりに俳優としてアクティブだ。その分、俳優として円熟期を迎えており、「Wazir」での演技も素晴らしかった。ニール・ニティン・ムケーシュとジョン・アブラハムは特別出演扱いで出番は少なかったが、特にニールは、物語のキーパーソンであるワズィールを、狂気の演技でもって演じ、強い印象を残した。ヒロインのアディティ・ラーオ・ハイダリーは美しさが際立っているものの、ハードルの高い演技は要求されていなかった。そして、最近非常に調子が良いのがマーナヴ・カウルである。今回は、テロリストから政治家に転身した悪役ヤザードを繊細に演じ切っていた。

 「Wazir」は、ヒンディー語映画界の重鎮ヴィドゥ・ヴィノード・チョープラーがかつてハリウッド映画のために書き上げた脚本を元に作られた、ミニマルな構成のスリラー映画である。映画らしいどんでん返しが最後に待っており、映画らしい体験をすることができる。アミターブ・バッチャンやファルハーン・アクタルをはじめとした、意外に豪華な俳優陣の演技も大きな見所である。