Hero (2015)

3.5

 ヒンディー語映画界では血統主義が色濃く、監督や俳優などの子供が監督や俳優になるサイクルが繰り返され、さらに血統主義が推進されている。スターキッドのデビュー作では、親の仲間たちが最大限の支援をするのが常だ。スターの子供たちを華々しくデビューさせる目的で作られる映画をローンチパッド(発射台)と呼ぶ。2015年9月11日公開の「Hero」も、スーラジ・パンチョーリーとアティヤー・シェッティーという2人の新人スターキッドをデビューさせる目的で作られたローンチパッド映画で、裏方には大物がひしめいている。

 「Hero」の監督は「Kal Ho Naa Ho」(2003年)などのニキル・アードヴァーニー。プロデューサーは、サルマーン・カーンとスバーシュ・ガイー。主演のスーラジ・パンチョーリーは、俳優アーディティヤ・パンチョーリーの息子で、彼自身も重要な役で出演している。ヒロインのアティヤー・シェッティーは俳優スニール・シェッティーの娘である。他に、ティグマーンシュ・ドゥーリヤー、シャラド・ケールカル、ヴィヴァーン・ヴァテーナーなどが出演している。

 また、サプライズとして、サルマーン・カーンが挿入歌「Main Hoon Hero Tera」を歌っており、エンドクレジットでも彼が録音する映像が流れる。

 「Hero」は、スバーシュ・ガイー監督が1983年に送り出した大ヒット作「Hero」のリメイクで、原作では、ジャッキー・シュロフが主演だった。ジャッキーにとって出世作であった。

 ムンバイーの貧民街に住むチンピラだったスーラジ(スーラジ・パンチョーリー)は、マフィアのドン、スーリヤカーント・パーシャー(アーディティヤ・パンチョーリー)をゴッドファーザーとして尊敬していた。スーリヤカーントはジャーナリスト殺害の容疑で逮捕されており、シュリーカーント・マートゥル警視総監(ティグマーンシュ・ドゥーリヤー)はスーリヤカーントを有罪にするために決定的な証拠を法廷に提出しようとしていた。

 パーシャーはスーリヤカーントの行動を妨害するため、スーラジに、彼の娘ラーダー(アティヤー・シェッティー)を誘拐させ、次回公判の日まで監禁させる。だが、スーラジとラーダーは恋に落ちてしまう。マートゥル警視総監はラーダーの居場所を突き止め、救援隊を送るが、逃げられてしまう。逃亡する中でラーダーはスーラジに自首するように勧め、スーラジはラーダーを連れて法廷まで出頭する。

 ところが、スーリヤカーントの仕掛けた爆弾が爆発し、現場は大混乱となる。パーシャーは逃亡し、スーラジは逮捕されてしまう。スーラジは2年間服役することになり、ラーダーはパリに留学する。ラーダーに協力的だった兄のディーラジ(シャラド・ケールカル)は、自分の後輩ランヴィジャイ・シェーカーワト(ヴィヴァーン・バテーナー)がラーダーと付き合っていることにしていた。

 刑期を終え、スーラジは刑務所から出て来る。ラーダーもパリから帰って来ており、刑務所の外でスーラジを迎える。だが、ディーラジ以外の家族はラーダーがランヴィジャイと付き合っているとばかり思っていた。しかも、ランヴィジャイはスーリヤカーントから大金を借りていた。自分がラーダーの婚約者になっていることを偶然知った彼は、それを使って借金をチャラにしようと画策する。スーリヤカーントは、スーラジが自分ではなくラーダーを選んだことに憤っており、ランヴィジャイにスーラジを捕まえて来るように命令する。

 ランヴィジャイはスーラジとラーダーをスーリヤカーントの元へ連れて来る。だが、スーラジとスーリヤカーントの間の誤解が解けそうになったのを見て暴走し、スーリヤカーントに攻撃し出す。それを見てスーラジは反撃に出て、ランヴィジャイを殺そうとする。それを止めたのがマートゥル警視総監であった。彼は代わりにランヴィジャイを殺し、スーラジとラーダーの結婚を許す。

 身分違いの男女の恋愛であり、ヒロインの父親は二人の結婚を決して認めるとは思えない展開である。そして、主人公は無敵の強さを誇っており、高飛車なヒロインを身体を張って守り、彼女の心を勝ち取る。最後には頑固な父親も二人の結婚を認めてめでたし、めでたしという結末で、1980年代のヒンディー語映画の王道を行く娯楽作品にまとまっていた。古風ではあったがまとまっており、純粋に楽しんで観ることができた。

 面白い役回りを演じていたのがランヴィジャイである。ラージャスターン州の王族の出身で、当初はカモフラージュのため、ヒロインのラーダーの婚約者として名前のみ出て来る。だが、中盤からランヴィジャイ自身が登場し、後半は真の悪役として非常に重要な役割を果たす。高貴な生まれながら、博打に興じて財産を使い果たしているようなダメ人間である一方、自分の置かれた状況を瞬時に察知して、そこから最大の利益を得ようとする悪賢さもあった。彼の存在があったから、「Hero」は単純なロマンスアクション映画を脱却していた。

 原作では、ランヴィジャイにあたるキャラはシャクティ・カプールが演じるジミーであるが、人物設定にかなりの変更が加えられている。2015年版の「Hero」の方が面白い展開になっていたと感じた。原作の監督であるスバーシュ・ガイーがプロデューサー陣に名を連ねていることが、単純なリメイクではなく、発展的なリメイクになっていた要因だろうと推測される。

 「Hero」でデビューを果たしたスーラジ・パンチョーリーとアティヤー・シェッティーであるが、どちらもまだ初々しい演技で、重みは感じられない。スターのオーラもまだはっきりとは感じられないが、どちらかと言えばアティヤーの方が伸びるように感じる。今回彼女が演じたのは、ソーナム・カプールの二番煎じのようなキャラだったが、今後作品に恵まれて行けば、自分の個性を出して行けるのではなかろうか。

 劇中でスーラジのゴッドファーザー、スーリヤカーント・パーシャーを演じたのが、スーラジの実の父親であるアーディティヤ・パンチョーリーである。実の息子のデビュー作に、父親的な役で出演できるのは幸せなことだろう。アーディティヤはサルマーン・カーンの親友として知られており、この「Hero」はサルマーンの多大な支援の下に作られたと伝えられている。

 「Hero」は、2人のスターキッド、スーラジ・パンチョーリーとアティヤー・シェッティーのローンチパッドとしてサルマーン・カーンらが用意した映画である。主演2人の魅力を最大限に引き出すために尽力されており、それを差し引いて観る必要がある。だが、ベテラン監督スバーシュ・ガイーの過去のヒット作をリメイクしただけあって、脚本はよく出来ているし、かつての典型的なインド娯楽映画の方程式に則って作られている。観て損はない映画である。