Roy

3.5
Roy
「Roy」

 インドの映画業界は基本的にファミリー・ビジネスで成り立っており、家族親戚に映画関係者がいない人物がいきなり俳優業や監督業をして成功するのは難しい世界だ。しかし、近年時々ポッと出の新人監督が現れるようになっており、業界内に変化が見られる。

 2015年2月13日に公開された「Roy」の監督ヴィクラムジート・スィンは、全く映画的背景を持たずに本作で監督デビューをした人物である。過去、一時的にファルハーン・アクタル監督の「Lakshya」(2004年)で助監督を務めたことがあるようなのだが、途中で辞めてしまったと言う。よって、ほとんど素人と言っていいだろう。だが、Tシリーズのブーシャン・クマール社長が彼の持ち込んだ脚本を読んで気に入り、ゴーサインを出したために、「Roy」が実現した。

 主演はアルジュン・ラームパール、ジャクリーン・フェルナンデス、ランビール・カプールの3人。アヌパム・ケールがゲスト出演している他、シェールナーズ・パテール、ラジト・カプール、バルン・チャンダー、サイラス・ブローチャーなどが出演している。

 作曲はアンキト・ティワーリー、ミート・ブロス・アンジャーン、アマール・マリクの3人。作詞はクマール、サンディープ・ナート、アベーンドラ・クマール・ウパーディヤーイ。

 「Guns」シリーズをヒットさせている売れっ子映画監督のカビール・グレーワル(アルジュン・ラームパール)は、最新作「Guns Part 3」の撮影のためにマレーシアに来ていた。そこで彼は、ロンドン在住のインド人女性映画監督アーイシャー・アーミル(ジャクリーン・フェルナンデス)と出会う。実はまだほとんど脚本を書き上げていなかったカビールは、アーイシャーとの出会いの中からインスピレーションを得て物語を構築し、撮影に入る。

 「Guns」の主人公はロイ(ランビール・カプール)という泥棒であった。今回の任務は、マレーシアに住む女性ティア(ジャクリーン・フェルナンデス)から、高価な絵を盗み出すことであった。その絵はペアになっており、片方の絵は世界的な絵画コレクターが持っていた。今回の依頼も彼からのものであった。ロイはティアに近付き、彼女の心を徐々に勝ち取って行く。二人は恋仲となるが、初めて肌を重ねた翌朝、ロイは絵を盗み出して姿をくらます。

 それと平行してカビールはアーイシャーとの恋愛にのめり込む。だが、アーイシャーはマレーシアでの撮影を終え、ロンドンに帰ろうとしていた。最後の夜、二人は愛し合うが、アーイシャーはカビールの書いた脚本を読み、彼の性格を読み取る。アーイシャーは、絵を盗まれたティアはどうなるのかとカビールを追及するが、カビールは真剣に答えなかった。アーイシャーはカビールとまともに別れの言葉も交わさずに去って行く。

 アーイシャーが去った後、カビールはスランプに陥り、脚本が進まなくなる。撮影現場にも姿を現さなくなり、撮影が止まってしまった。アシスタントのミーラー(シェールナーズ・パテール)が様子を見に来るが、彼は出ようとしなかった。とうとう撮影は中止となり、スポンサーのイーラーニーは激怒する。カビールは、それまで映画撮影のために費やされた金を全額返すと約束する。また、カビールとアーイシャーの恋愛は格好のゴシップネタとなっていた。さらに、この頃カビールのよき理解者であった父親(アヌパム・ケール)が死去する。

 カビールは悶々とした毎日を送っていたが、とある映画祭の審査員を依頼される。その映画祭にはアーイシャーがマレーシアで撮影した「Malacca Diaries」も出品されていた。アーイシャーに会えると考えたカビールは審査員になることを受理する。アーイシャーの「Malacca Diaries」は受賞するが、彼女はカビールに、自分に付きまとわないで欲しいと言う。

 吹っ切れたカビールは再び「Guns」の脚本に着手し、撮影も再開する。こうして完成した「Guns Part 3」のクライマックスは、ロイがティアから盗み出した絵を再び盗み返しティアに返すというものであった。これを観たアーイシャーはカビールの心に変化があったことを読み取る。映画は大ヒットし、カビールは再び時の人となる。カビールは急遽ロンドンに飛び、ヒースロー空港で香港に向かおうとしていたアーイシャーと再会する。このとき、アーイシャーはカビールの愛を受け容れる。

 現実世界の物語と、主人公カビールが作る映画の中の物語が、平行し、ときに交錯しながら進んで行く、複雑な構成の映画であった。プレイボーイの映画監督カビールが運命の女性アーイシャーと出会い、そこからインスピレーションを得て新作の脚本を書き上げて行くが、彼女との恋愛が行き詰まることでスランプに陥り、脚本も映画の撮影もストップしてしまう。アーイシャーと音信不通になったカビールは、自身の創り出したキャラクターであるロイと会話をしながら、次なるステップを考える。ロイは洋上を漂流し続け、カビールの人生にはいくつもの試練が訪れる。

 映画の中でキーとなる台詞はいくつかあるが、その中でも重要なのは、アーイシャーがカビールに語った「作家の性格は物語を読めば分かる」というものであった。アーイシャーは、カビールが書いた「Guns Part 3」の脚本を読み、主人公ロイが、恋仲となった女性ティアから絵を盗んで行ってしまったことに不満を抱く。ティアの気持ちを全く考えていない、とのことだった。カビールは、「これはティアの物語ではなくロイの物語だ」と答え、相手にしなかったが、これが結果的にアーイシャーの気持ちをカビールから離れさせることになった。

 アーイシャーを失ったカビールは、何度も彼女に電話を掛ける。しかしアーイシャーは出ようとしない。そこでカビールは、「Guns Part 3」の結末によって彼女にメッセージを送ろうとする。その結末の中で、ロイはティアから盗んだ絵と、それとペアになるもうひとつの絵と共に彼女に返す。ロイは、泥棒という稼業よりもティアへの気持ちを優先させたのだった。それはつまり、カビールがアーイシャーへの気持ちが本気であることを示していた。

 映画監督同士の恋愛という、今までありそうでなかったタイプのロマンス映画であった。それも非常に大人の恋愛であり、それを詩的に紡ぎ出していた。構成の複雑さは上述の通り。これが新人監督の脚本・監督によるものだというのは驚きだ。

 Tシリーズは元々音楽の配給会社であり、ここの作る映画は音楽に多大な力を注いでいる。「Roy」の音楽も粒ぞろいであり、今年のヒット・アルバムのひとつとなっている。音楽的な冒険はしていないが、今時の若者に受けそうな曲が揃っている。スリラー映画としては異質の爽やかなダンスナンバーが多く、「Sooraj Dooba Hai」、「Chittiyaan Kalaiyan」などがノリノリだ。また、「Tu Hai Ki Nahi」は歌詞がとても良い。ただ、必ずしもストーリーとしっくり来るようなダンスシーンの使い方をしていた訳ではなかった。

 ロケ地はマレーシアを中心に、ロンドンやムンバイーなど、多岐に渡っている。特にマレーシアのシーンは現実と虚構が交錯する映画全体の雰囲気に合わせて幻想感が漂っており、効果的であった。

 「Roy」は、新人監督ヴィクラムジート・スィンの作品。Tシリーズのバックアップがあったため、ランビール・カプール、ジャクリーン・フェルナンデス、アルジュン・ラームパールと言ったビッグネームのキャスティングがあった上に、音楽の強力なサポートもある。興行的には「アベレージ(平均的)」の評価となっているが、制作費は回収できたようである。それよりも何よりも、ほとんど映画業界での経験がないヴィクラムジート・スィンがここまで複雑な作品を作り上げられたことに感嘆する。個人的に非常に気に入った作品だ。