Ugly

4.5
Ugly
「Ugly」

 ヒンディー語映画界に才能ある監督は多いが、新しい運動の旗手と呼べる監督はアヌラーグ・カシヤプ監督をおいて他にいない。「Dev. D」(2009年)や「Gangs of Wasseypur」(2012年)など、自身も優れた作品を作っているが、それに加えて、自身が駆け出しの頃は大変な苦労をしたこともあってか、若い才能を発掘し、彼らに積極的にチャンスを与えている。それが現在のヒンディー語映画の活性化につながっていると評しても言い過ぎではないだろう。そういうこともあって、業界内で非常に尊敬されている監督だ。

 アヌラーグ・カシヤプは多作な監督でもあり、1年に1本のペースで監督作を送り出している他、無数の作品をプロデュースしている。ここ数年に限っても、「The Lunchbox」(2013年)、「Queen」(2014年)、「NH10」(2015年)など、各年の重要な作品に関わっている。現在、ヒンディー語映画界に面白い動きがあるとすれば、それはほぼ全て、彼の周辺から起こっているのである。

 「Ugly」はアヌラーグ・カシヤプの監督作だ。2013年にカンヌ国際映画祭で初披露されたが、インドでの公開は2014年12月26日だった。主演はラーフル・バット、ローニト・ロイ、テージャスヴィニー・コーラープレー、ヴィニート・クマール・スィン、スルヴィーン・チャーウラー、スィッダーント・カプール、ギリーシュ・クルカルニーなど。他に、アーリヤー・バットがカメオ出演している。作曲はGVプラカーシュ・クマールとブライアン・マコンバー、作詞はガウラヴ・ソーランキーとヴィニート・スィン。題名の「Ugly」は英語で、「醜い」「見苦しい」という意味の形容詞である。

 ムンバイー。シャーリニー(テージャスヴィニー・コーラープレー)は、前夫ラーフル(ラーフル・バット)との間にカリーという9歳の女の子がいた。ラーフルは売れない俳優で、次第に暴力を振るうようになり、二人は離婚に至った。現在シャーリニーは、警視監ショウミク・ボース(ローニト・ロイ)と再婚していたが、ショウミクはシャーリニーの電話を盗聴しており、彼女の一挙手一投足を監視していた。それに嫌気がさしたシャーリニーは自殺を考えるようになっていた。

 ラーフルはシャーリニーとは離婚したものの、カリーとは定期的に会えることになっていた。ある日、カリーはラーフルに連れられて映画を観に出掛ける。その途中、ラーフルはオーディションの件で打ち合わせをするため、親友でキャスティングディレクターのチャイタニヤ(ヴィニート・クマール・スィン)の家に寄る。このときラーフルはカリーを自動車の中に置いて行く。チャイタニヤは家におらず、後から帰って来るが、そのときラーフルの自動車にカリーはいなかった。ラーフルとチャイタニヤはカリーを探すが見つからない。だが、近くにいた風船売りのシュリーラールがカリーのiPhoneを所有しており、突然逃げ出したため、二人は追い掛けた。だが、シュリーラールは事故に遭って死んでしまう。

 ラーフルとチャイタニヤは警察署へ行く。対応したジャーダヴ警部補(ギリーシュ・クルカルニー)は真面目に取り合おうとしないが、カリーの育ての親がショウミク・ボース警視監であることが分かると態度が一変する。ショウミクはカリーがいなくなったことを知り、ラーフルとチャイタニヤが犯人だと決め付ける。二人は暴行を受ける。チャイタニヤはすぐに釈放されるが、ラーフルは監禁される。だが、ラーフルは隙を見て逃げ出す。

 一方、チャイタニヤはボース警視監に一杯食わせるため、犯人を装ってラーフルに身代金100万ルピーを要求する。これはすぐにトラッキングされ、チャイタニヤは警察に捕まってしごかれる。それに懲りないチャイタニヤは、今度は子役などを使って周到に電話の内容を録音し、もう一度ラーフルに身代金200万ルピーを要求する。ラーフルの電話を盗聴していた警察も、これをキャッチするが、今回は国際ローミングを使って掛けられており、簡単には犯人を特定できなかった。

 ラーフルは20万ルピーを用意するため、宝石店強盗を思い付く。チャイタニヤに連れられてダンスバーへ行き、そこで銃を買おうとするが、警察に尾行されており、踏み込まれる。偶然ラーフルはトイレに行っていて逮捕を免れるが、チャイタニヤは再び捕まってしまう。焦ったラーフルは、監禁されたときに奪った銃をドブ川に捨てたことを思い出し、それを探して拾う。その銃でもって宝石強盗をするが、それは失敗し、ラーフルも警察に捕まる。

 ボース警視監はチャイタニヤが犯人だと断定する。ラーフルにそれを吹き込み、チャイタニヤに引き合わせる。ところが二人が会話をしているときに身代金要求の電話が掛かって来る。これでチャイタニヤへの嫌疑が晴れる。ところが、この電話を掛けていたのは、二流女流のラーキー・マロートラー(スルヴィーン・チャーウラー)であった。ラーキーはシャーリニーの友人で、ラーフルやチャイタニヤとも親しかった。チャイタニヤが録音したものを使って電話を掛けていた。身代金の額は500万ルピーに跳ね上がっていた。ボース警視監は500万ルピーを用意し、ラーフルに渡す。ラーフルが犯人に身代金を受け渡すときに逮捕する作戦だった。だが、ラーフルは途中で行方不明となってしまう。

 その一方で、シャーリニーの弟で軽犯罪者のスィッダーント(スィッダーント・カプール)は金に困っていた。新聞広告でカリーが行方不明になっていることを知り、彼はシャーリニーに身代金500万ルピーを要求する電話を掛ける。シャーリニーは父親に事情を話し、お金を貸してもらう。だが、父親に貸してもらった額は650万ルピーだった。シャーリニーはスィッダーントに500万ルピーを渡し、150万ルピーは着服する。彼女はそのお金をラーキーに預ける。ボース警視監はシャーリニーが勝手に行動したことに激怒しながらも、通話の記録から、スィッダーントが犯人であることを突き止める。ボース警視監はスィッダーントの家を急襲し、500万ルピーを回収する。だが、かねてからボース警視監に不満を抱いていたシャーリニーが拳銃を取り出して彼を撃ったため、彼は負傷していた。スィッダーントを逮捕すると同時にボース警視監は気を失ってしまう。また、ラーキーはシャーリニーから受け取った150万ルピーを持って姿をくらました。

 ラーフル、チャイタニヤ、ラーキーは、警察からせしめた500万ルピーと、シャーリニーからせしめた150万ルピーを手にしていた。実は彼らはグルであった。ところがまだカリーは見つかっていなかった。チャイタニヤは、ボース警視監の下にいるに違いないと推測していたが、その予想は外れた。カリーが見つからなかったため、怒ったラーフルはチャイタニヤを殴り殺す。ラーキーは金を持って一人逃亡する。

 警察はもう一度事件を最初から洗い直し、やはり風船屋のシュリーラールが怪しいとなる。シュリーラールは叔母と一緒に住んでいたが、その叔母は過去に子供の誘拐で逮捕歴があった。警察は叔母に事情聴取をする。叔母は何も話さなかったが、その後、カリーがいなくなった場所へ行く。そこに停められていたスクーターの荷物置きの中にカリーの腐乱死体があった。シュリーラールが睡眠薬を使ってカリーをそこに閉じ込めていたのだった。警察は、「救えた命だった」と残念がる。

 今年、日本ではヒンディー語映画「Kahaani」(2012年)が「女神は二度微笑む」の邦題と共に公開された。ヒンディー語映画では実は毎年一定数の優れたスリラー映画が作られているが、その中でも「Kahaani」は珠玉の出来で、日本の観客からも高い評価を得た。この「Ugly」も、「Kahaani」に勝るとも劣らない優れたスリラー映画だった。

 題名の「Ugly」は、登場人物が皆、どこか怪しさがあるために付けられたのであろう。この映画のミステリーは、カリーがどうなったか、という点にある。登場人物それぞれに犯人となり得るだけの動機や怪しい動きがあり、観客は最後まで気を緩めることができない。ボース警視監とシャーリニーの間の冷え切った夫婦仲、ラーフルとの三角関係、シャーリニーとチャイタニヤの怪しい関係、魔性の女ラーキーの存在など、どれもそれぞれに伏線となっていそうで、観客を混乱させる。言わば、トラップがあちこちに張り巡らされている。ところが、最後の最後で明かされる真相は、肩透かしとも言えるほど非常に単純なもので、それだけにショッキングだ。冒頭に、この映画は実話をもとにして作られているという断り書きが出て来るため、そのショックはより大きくなる。

 ストーリー全体を通して「Ugly」が伝えたかったのは、警察の怠慢だと言える。警察が初動で的確に動いていれば、カリーの命は救うことができた。だが、ラーフルとチャイタニヤが駆け込んだ警察署の警官は、真面目に取り合わない。そればかりか、映画スターの本名は違うとか、携帯電話に発信者からの写真が出るか出ないか、など、どうでもいい話題を出して時間を潰す。警察署での会話の様子は、スリルを第一とするこのような映画としては異例の長さと冗長さで描写されている。それが映画のメッセージの本質をより鮮明に浮き彫りにしていた。だからこそ、最後に有能そうな女性警察官がつぶやく、「私たちはこの子の命を救うことができた」という言葉は、重く観客の心にのしかかって来る。

 ストーリーテーリングの巧さやカメラアングルの工夫など、アヌラーグ・カシヤプ監督の凄さが随所に感じられたが、それ以上に、これだけ緊迫感ある映画を、ほぼ無名のキャストを操って作り上げたことには驚かされざるを得ない。「Udaan」(2010年)や「Student of the Year」(2012年)などで名を馳せたローニト・ロイを除けば、ヒンディー語映画界でよく名を知られた俳優はいない。ジャーダヴ警部補を演じたギリーシュ・クルカルニーはマラーティー語映画界で活躍する著名な俳優であるが、それ以外はなかなか日の目を浴びなかった「ストラッグリング」な俳優たちばかりである。そういう俳優たちを適材適所に配置して、リアリティー溢れるスリラー映画を作り上げる手腕も見逃してはならないだろう。特にラーフルは売れない俳優の役であり、それを演じさせるために、売れない俳優をキャスティングしたのだと言う。劇中の名前の多くが、俳優たちの本名と同じである点からも、カシヤプ監督の思いやりを感じる。

 「Ugly」は、ヒンディー語映画界の風雲児、アヌラーグ・カシヤプ監督が渾身の力を込めて放つスリラー映画。元々ヒンディー語映画には優れたスリラー映画が多かったのだが、それらを上回るほどの出来。最後の肩透かしも小気味良い。「Kahaani」でインド製スリラーに興味を持った人には特に勧めたい。