Creature 3D

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Creature 3D
「Creature 3D」

 間もなくインド初のゾンビ・コメディー映画「インド・オブ・ザ・デッド」(2013年/原題:Go Goa Gone)が日本で劇場公開されるが、ここのところインドのホラー映画もだいぶ多様化して来たと感じる。自分の記憶にある限りでは、まず2002年に「Raaz」が大ヒットしたことで、ホラー映画がインド人観客にも受けることが証明され、以後続々とホラー映画が作られることになり、インド映画の中でホラー映画がジャンルとして確立した。当初は幽霊モノの一般的なホラー映画が主流だったが、徐々にホラー映画内部でも多様化が進んで行き、「インド・オブ・ザ・デッド」のような変わり種のホラー映画が登場する素地となったと言える。

 2014年9月12日公開の「Creature 3D」は、3D映画ということもあるが、特にモンスター映画である点が目新しい作品だ。インドの3Dホラー映画としては、既に「Haunted 3D」(2011年)や「Raaz 3」(2012年)が存在する。モンスター映画がインド初かどうかについては不明であるが、とても珍しいことは確かだ。

 監督はヴィクラム・バット。いい意味でのB級映画をコンスタントに作り続けている監督で、「Raaz」や上記の3Dホラー映画を撮ったのも彼である。作詞作曲はミトゥンで、一部トニー・カッカルが作詞作曲をしている。

 主演はビパーシャー・バス。ヒンディー語ホラー映画の先駆けとなった「Raaz」を成功させた張本人であり、21世紀のヒンディー語映画界の最初のセックスシンボルであった。その後、セクシー路線から意図的に離脱し、演技派を目指したが、消化不良で終わってしまったと言わざるを得ない。帰り着いた場所がヴィクラム・バット監督のホラー映画だったというのは、皮肉であろうか、必然であろうか。

 ビパーシャー以外に著名な俳優は出演していない。彼女の相手役を務めるイムラーン・アッバース・ナクヴィーはパーキスターン人俳優で、ヒンディー語映画はこの「Creature 3D」が初となる。他にムクル・デーヴ、ディープラージ・ラーナー、モーハン・カプール、シリーシュ・シャルマー、ビクラムジート・カンワルパールなどが出演している他、このモンスター映画の真の主人公であるモンスターの声をヴィクラム・バット監督自身が務めている。

 ムンバイー郊外で生まれ育ったアハーナー(ビパーシャー・バス)は、モール建築のために土地を買収しようとする開発業者の執拗な脅しに屈して父(シリーシュ・シャルマー)が自殺したことをきっかけに、ヒマーチャル・プラデーシュ州の森林地帯グランデールに移住し、そこでホテルを開いた。

 ところが、グランデールでは不穏な空気が流れていた。最近、開発業者が、村が守り神として崇めていたボダイジュの樹を伐り倒したことで、村人たちの間では、「ブラフマラークシャス」と呼ばれる半人半獣の化け物が現れると噂されていた。それが徐々に現実のものとなる。村では、獰猛な獣に食いちぎられた人体の一部が相次いで見つかるようになる。

 ブラフマラークシャスはとうとうアハーナーのホテルに宿泊していた人々をも襲撃するようになる。まずはピクニックに出掛けたハネムーン・カップルが襲われ、男性の方が食い殺され、女性の方は重傷を負った。宿泊客の一人として滞在していた作家のクナール・アハマド(イムラーン・アッバース・ナクヴィー)は知り合いのハンターを呼び、ヒョウを退治する。宿泊客は安心するが、当然、ブラフマラークシャスの襲撃は止まない。とうとう宿泊客は皆、逃げ出してしまう。アハーナーは、クナール、チャウベー警部(ビクラムジート・カンワルパール)、ラーナー警部補(ディープラージ・ラーナー)、動物学者サダーナンド(ムクル・デーヴ)と共にブラフマラークシャスを倒そうとするがうまく行かなかった。言い伝えに従い、ボダイジュの葉で清めた弾丸を使ったのだが、全く効果がないようであった。このときの戦いでチャウベー警部は殺されてしまう。

 ところで、アハーナーはホテルを開くにあたり、銀行から融資を受けていた。宿泊客がいなくなったことでホテルの経営悪化は必至と考えた銀行は、ホテルの差し押さえに動く。だが、アハーナーは何とか10日の猶予を得る。この10日間の内にアハーナーはブラフマラークシャスに詳しいドクター・モーガー(モーハン・カプール)と会い、ブラフマラークシャスの正体や退治方法を聞く。ブラフマラークシャスはブラフマー神の呪いを受けて変化した怪物で、倒すにはブラフマー神の祝福を受けた弾丸が必要であった。それは7発残っていた。

 アハーナーはサダーナンドの助けを借り、ブラフマラークシャスの巣に潜入して戦うが、サダーナンドは殺されてしまう。クナールが間一髪でアハーナーを救出したため、何とか彼女は逃げ延びることができた。まだ弾丸は残っていた。アハーナーは今度はブラフマラークシャスをホテルにおびき寄せる。数発の弾丸を外したものの、最後の弾丸でブラフマラークシャスを仕留める。

 ところで、クナール・アハマドは実は偽名を使っており、本当の名前はカラン・マロートラーであった。カランは、ムンバイーでアハーナーの父を自殺に追いやった会社の社長であった。アハーナーとクナールは恋仲になっていたが、それが発覚したことで彼女はカランを避けるようになる。ブラフマラークシャス退治後、カランは去って行くが、ホテルの再オープンのときに彼は戻って来て、二人は仲直りする。

 3Dを売りにした映画なので、映画館において3D環境で観なければ正当な評価はできない。ただ、興行的には散々だったようなので、3D環境で観たとしても、この映画の評価はそんなに変わらないのではないかと思う。一言で言ったら、低レベルな映画であった。

 それでも、時代をよく反映している、いくつか興味深い点があった。ひとつは「開発」に対するアンチテーゼが含まれていた点である。そもそも主人公アハーナーがムンバイーを去ってヒマーチャル・プラデーシュ州の森の中へやって来たのは、彼女の実家や土地が、開発業者による強引な開発計画に呑み込まれてしまったからである。それに頑強に抵抗した父親は最終的には自殺を余儀なくされ、アハーナーは家や土地を売り払ってムンバイーを去らなければならなくなった。開発がもたらす負の側面が物語の導入のひとつとなっていた。

 さらに、この映画の肝となるモンスター、ブラフマラークシャスが人間を襲い出したのも開発と関係している。村人たちは、ボダイジュの樹を結界にしてブラフマラークシャスを森の中に封じ込めていたのだが、開発業者によってその樹が伐り倒され、恐ろしいモンスターが解き放たれることになった。この部分でも、急速な開発によってインドの景色が変わり、古い伝統が失われて行くことに対する怖れや不安が表現されていた。

 もうひとつは汚職や不正に対する視点である。この映画には2人の警官が出て来る。ラーナー警部補とチャウベー警部である。この二人が体現するのは非常に対照的な警官像で、ラーナー警部補の方は実直な警官であるのに対し、チャウベー警部は典型的な汚職警官だ。ブラフマラークシャスによる被害が出始めたときも、チャウベー警部は面倒臭がって事件のもみ消しをした。アハーナーは情報開示法(RTI)を盾にとってチャウベー警部と掛け合い、渋々ながらブラフマラークシャスに対して警察の協力を引き出す。この辺りは、アンナー・ハザーレーによる汚職撲滅運動やアルヴィンド・ケージュリーワールの庶民党(AAP)の影響だと言える。

 以上が、敢えて言うなら興味深い点であったが、それ以外はほとんど取り柄のない映画だ。一番いけなかったのは、モンスターのデザインがいけていなかったことだ。モンスター映画なので、モンスターのデザインには最大限の注意を払わなければならなかったが、「Creature 3D」に登場するモンスターには何の魅力も説得力もなかった。ブラフマー神の呪いによって誕生したという起源譚や、それを倒すためにはインドに唯一存在するブラフマー神の寺院(ラージャスターン州プシュカルに実在)の泉で弾丸を清めなくてはならないなど、インド神話を引き合いに出すのはいいのだが、デザインをもっとインドらしく魅力のある怪物を創造すべきであった。

 音楽配給会社であるTシリーズ社がプロデュースしているだけあって、音楽には一応の努力が見られた。ホラー映画と良質の音楽をセットにする手法は「Raaz」などで実証済みである。ミトゥンによる曲は、斬新さこそなかったものの、どれも耳障りがいい。「Sawan Aaya Hai」や「Mehboob Ki」などが良かった。これは救いである。

 「Creature 3D」は、B級映画を得意とするヴィクラム・バット監督の3Dホラー映画だが、残念ながらほとんど取り柄のない作品で、興行的にも失敗に終わっている。ただ、ホラー映画の多様化という点や、その他いくつかの点において、記憶に留めておく意義が少しだけあると言える。