Singham Returns

3.0
Singham Returns
「Singham Returns」

 ヒンディー語映画界ではコンスタントに警官モノの映画が作られ続けている。その観点は様々で、警察に対する批判めいたものもあれば、警察を礼賛する内容のものもある。ヒンディー語映画の拠点はムンバイーであるため、ムンバイー警察が題材になることがとても多いが、地方の警察が出て来ることも少なくない。

 警官モノの映画は毎年何らかの形で作られていたものの、近年のヒンディー語警察映画のトレンドを作り出したのは、サルマーン・カーン主演の「Dabangg」シリーズだ。お調子者だが腕っぷしが強く、心優しい警察官チュルブル・パーンデーイが北インドを舞台に巨悪に立ち向かうシリーズで、今まで第2作までリリースされている。特に第1作の「Dabangg」(2010年)は、ヒンディー語映画界においてアクション映画の復権自体に多大な貢献をしており、インド映画史上重要な位置を占めている。

 明らかに「Dabangg」の大ヒットに影響されて作られたのが、アジャイ・デーヴガン主演の「Singham」(2011年)だ。ただ、おそらく意図的に、「Dabangg」とは趣向を変えた作風になっている。例えば、「Dabangg」は北インドが舞台であったが、「Singham」はマハーラーシュトラ州の地方などを舞台にしている。「Dabangg」の主人公チュルブルは不真面目なところがあるが、「Singham」の主人公バージーラーオ・スィンガムは真面目一徹だ。インド神話に当てはめるならば、チュルブルはクリシュナで、スィンガムはラームだと言える。「Dabangg」はチュルブルが悪役を倒すことに主眼が置かれた勧善懲悪の単純な娯楽映画だが、「Singham」はスィンガムの活躍や苦悩を起点にして警察システム全体を問題にしており、より社会的なメッセージが込められている。

 2014年8月15日、インドの独立記念日に公開された「Singham Returns」は、「Singham」シリーズの第2作である。監督は前作に引き続きローヒト・シェッティー。アクション映画のジャンルでトップクラスの監督の一人である。作曲はジート・ガーングリー、アンキト・ティワーリー、ミート・ブロス・アンジャーン、ヨー・ヨー・ハニー・スィン。作詞はサンディープ・ナートとシャッビール・アハマド。主演は前作に引き続きアジャイ・デーヴガン。前作のヒロインはカージャル・アガルワールだったが、今回はベテランのカリーナー・カプール・カーン。他にアモール・グプテー、アヌパム・ケール、ザーキル・フサイン、マヘーシュ・マーンジュレーカル、ダヤーナンド・シェッティー、シャラト・サクセーナー、ゴーヴィンド・ナームデーオ、パンカジ・トリパーティーなど。

 マハーラーシュトラ州では選挙が近付いていた。ムンバイー警察に勤務することになったバージーラーオ・スィンガム(アジャイ・デーヴガン)は、大金と共に海底から遺体で発見された部下マヘーシュの事件について調べ始める。世間はマヘーシュを汚職警官と決め付けていたが、スィンガムはそうではないと考えていた。マヘーシュと共に見つかった金は、宗教指導者サティキャラージ・チャンダル、通称バーバージー(アモール・グプテー)の運営する宗教団体の救急車の中から見つかった。スィンガムはバーバージーが犯人であると予想するが、証拠がなかった。

 ところで、マハーラーシュトラ州の与党は全国政党であるインド民衆党(BLP)で、州首相は同党のヴィクラム・アディカーリー州首相(マヘーシュ・マーンジュレーカル)が務めていたが、連立政権であり、バーバージーと癒着する政治家プラカーシュ・ラーオ(ザーキル・フサイン)の党の協力なしには政権維持困難な状態だった。しかし、BLPの党首、グルカーント・アーチャーリヤ、通称グルジー(アヌパム・ケール)は、目前の州議会選挙を単独で戦うことに決め、複数の若い候補者を擁立した。ラーオはBLPにダメージを与えるため、デリーに戻る途中のグルジーを襲撃させる。グルジーの護衛をスィンガムが務めていたが、この襲撃の中でグルジーは命を落としてしまう。

 スィンガムは責任を取って退職し、幼馴染みのアヴニー(カリーナー・カプール・カーン)と共に故郷シヴガルへ戻る。ところがスィンガムは何やらアヴニーに隠れてこそこそと活動をしていた。実はスィンガムは、シヴガルの近くにあるヴァーダヴプルのとある工場を見張っていた。死んだマヘーシュと共に見つかった救急車が、この工場に頻繁に行き来していた情報を掴んでいたからだ。その結果、スィンガムは工場のオーナー、アルターフ(パンカジ・トリパーティー)が大量の現金を配布しているところを現行犯逮捕する。この金は有権者に配る賄賂用の資金であり、アルターフはラーオやバーバージ-のために働いていた。

 スィンガムはアルターフをムンバイーに移送するが、早速ラーオの刺客がアルターフを抹殺するため送り込まれて来る。スィンガムと警官たちは応戦するが、その中でアルターフは重傷を負い、意識を失ってしまう。アルターフは病院に搬送される。

 ラーオとバーバージーはグルジーの擁立した候補者に嫌がらせを始める。アヴニーも被害に遭うが、駆けつけたスィンガムによって助けられる。そんなとき、アルターフが意識を取り戻し、自供を始めたため、スィンガムはラーオとバーバージーを逮捕する。早速バーバージーの支持者を装った暴徒たちが抗議運動を始める。スィンガムはアルターフを証人として裁判所に連れて来るが、爆弾が爆発し、混乱の中、アルターフは射殺される。証拠不十分でラーオとバーバージーは釈放される。アディカーリー州首相には中央政府からスィンガムを免職させるように圧力が掛かる。

 ところがこれで引き下がるスィンガムではなかった。彼は警官の制服を自ら脱ぎ捨て、ラーオとバーバージーに引導を渡しに向かう。他の警官たちも仕事を放り出し、制服を脱いで、スィンガムに続いた。警官の大群に囲まれ、尻を撃たれたラーオとバーバージーは互いの罪をベラベラとしゃべる。2人は再び逮捕される。

 州議会選挙が行われ、アディカーリー州首相の党は勝利する。スィンガムはラーオとバーバージーを移送の途中、人通りのない場所で抹殺し、事故死だと報告する。

 前作と同様に、警察を非常に肯定的に描いた映画だった。インドの一般庶民が警察に対して抱いているイメージはいいものではなく、ヒンディー語映画でも負のバイアスと共に描写されることが多いのだが、「Singham」シリーズでは一貫して、市民の安全のために昼夜を一にして働く警官たちの見上げた姿が高らかに称えられていた。「警察が夜に起きているから、市民は夜に安眠できる」という台詞もあった。

 また、警官にとても同情的だった。濡れ衣を着せられた警官マヘーシュを巡るサイドストーリーは、普段どんなに警官嫌いの人でも、ついホロリとさせられてしまう。マヘーシュは夜中に大量の現金を積んだ救急車を見つけ、取り調べを行おうとするが、反撃され、救急車を奪って逃げる。その途中で悪者に横から追突されて救急車もろとも海に落ち、死んでしまう。マヘーシュの遺体と共に大量の現金が見つかったことから、この金はマヘーシュが横領したものだと早とちりされ、汚職警官のレッテルを貼られる。可哀想なのは彼の遺族で、死に際が死に際だったために見舞金ももらえず、妻はメイドに身を落とすことになる。ちゃんと働いている警官に対して、時に世間は間違った評価を下してしまう。現実世界でもそんなことがあるのだ、ということが示されていたように感じた。犯罪者によるテロによって警官が命を落とすシーンも見せつけられていた。警官が命を賭して国民に奉仕している様を強調しているのに他ならない。

 スィンガムが警官なので、警官に同情的な映画になるのはすんなり理解できるのだが、意外なことに「Singham Returns」ではいい政治家も多かった。前作「Singham」の悪役は政治家で、本作も悪役の一人はやはり政治家だが、それ以外の政治家――特にグルジー――は、明確なビジョンを持ち、人徳のある、優れた政治家として描かれていた。

 グルジーの人物像は、ナレーンドラ・モーディー首相を思わせる。「Singham Returns」の撮影は2014年5月から始まっている。インド人民党(BJP)が下院総選挙で勝利を収めたのは同年の5月であるから、この選挙結果を映画に反映させる時間はあったはずだ。この選挙で一躍時の人となったのがモーディー首相であり、「Singham Returns」ではいち早く世のトレンドを映画に取り込んだと言える。グルジーが率いる政党名インド民衆党(BLP=Bharatiya Lok Party)も、BJPとよく似ているし、テレビ女優を候補者に擁立していたが、これはスムリティ・イーラーニー人材開発大臣をモデルにしているとしか思えない。グルジーが掲げた公約のひとつがブラックマネーの摘発だったが、これもモーディー首相と重なる。

 また、劇中でBLPは友党との選挙協力を切って単独で選挙に挑む。同様の状態は、映画公開から2ヶ月後のマハーラーシュトラ州議会選挙で見られた。BJPは長年シヴセーナーと選挙協力をして来ており、中央政府では連立しているが、今回BJPは単独で選挙に臨み、初めて第一党となった。この点については映画が未来を予想したと言える。

 本作で最も異様な存在感を見せていたのは、怪しい宗教指導者バーバージーである。バーバージーの人物像については、複数の宗教指導者がミックスされていると思われる。政治に口出しする宗教家としてはバーバー・ラームデーヴがまず思い浮かぶ。バーバージーの邸宅で薬品が売られていたが、これはバーバー・ラームデーヴがパタンジャリという医薬品ブランドを持っていることと対応する。また、バーバージーのカジュアル・ファッションは、宗教団体デーラー・サッチャー・サウダー(DSS)の現指導者グルミート・ラーム・ラヒーム・スィンに近い。彼は最近、「MSG: The Messenger of God」(2015年)というセルフ・プロデュースかつ自ら主演のゲテモノ映画をリリースしたことで有名になった。手から粉を出すところは、サティヤ・サーイーバーバーを思わせる。他にも、強姦容疑で逮捕された宗教家アーサーラーム・バープーや、ヒサールに要塞を築き上げた宗教家ラームパール・マハーラージなど、バーバージーと類似した「ゴッドマン」はインドでは事欠かない。

 「Singham」シリーズで非常に重要なのは、スィンガムが警察というシステムの中にいながら、システムの外から物事を解決することに躊躇しないことだ。何か腐敗したシステムを変えようとした際、システムの中から変えるべきか、システムの外から変えるべきか、という議論がヒンディー語映画ではずっと続いているが、「Singham」シリーズではシステムの外から変える手段を支持している。

 ラーフル・シェッティー監督の映画は常に大味だが、「Singham Returns」は従来にも増して大味な映画だった。終盤はかなり盛り上がるものの、序盤から中盤に掛けてはあまりに予想通りできる筋書きや、スィンガムとアヴニーの冗長な恋愛劇など、退屈なシーンが続いた。また、この種の映画では、ヒロインは駆け出しの若手女優を起用すべきだ。カリーナーのような35歳前後のベテラン女優がわざわざ出て来るまでもない。シェッティー監督と言えばド派手なアクションだが、それもこの映画では抑え気味のように感じた。ただし、こんな出来でもコレクション(国内興行収入)は10億ルピーを越えており、「大ヒット」の評価を得ている。

 ムンバイーが舞台のヒンディー語映画でも、台詞の中に現地語であるマラーティー語が出て来ることは少ないのだが、「Singham Returns」では意図的にマラーティー語の台詞が多数織り交ぜられていた。前作から引き継いでいるスィンガムのマラーティー語決め台詞「Aata Majhi Satakli(俺の頭が狂いそうだ)」は、インターミッション前まで温存されるという憎い演出。ヨー・ヨー・ハニー・スィンがこの有名な決め台詞をエンドクレジットで歌にもしている。他にもマラーティー語が出て来る場面が多く、ヒンディー語しか分からないと理解が飛ぶところがいくつかあった。ここまでマラーティー語を多用するのは、マハーラーシュトラ州の観客層を特にターゲットにしているということであろうか。

 「Singham Returns」は大ヒット映画「Singham」の続編で、やはり大ヒットとなったが、大味な作りで、完成度は高くない。警察官を徹底的に擁護する立場から作られている点は面白い。劇中に登場する政治家グルジーはモーディー首相をモデルにしていると考えられるし、悪役のバーバージーは様々なインドの宗教家をごちゃ混ぜにしたようなキャラだ。そういうところも細かく見て行くと発見があるのだが、興行収入と釣り合いの取れていない作品で終わってしまっている。それでも、単純な娯楽映画を求める層にとっては最適な映画であることには変わりない。