Ek Villain

4.0
Ek Villain
「Ek Villain」

 2013年の大ヒット作の一本に「Aashiqui 2」があるが、その監督モーヒト・スーリーは、狂おしい恋愛映画が得意で、ずっとイムラーン・ハーシュミーを起用し続けて来た。だが、「Aashiqui 2」ではアーディティヤ・ロイ・カプールが主演となり、世代交代を感じさせた。

 モーヒト・スーリー監督の最新作が「Ek Villain」である。2014年6月27日に公開されており、ヒットを記録した。やはり今回もイムラーン・ハーシュミーを外しており、代わりに若手の注目株スィッダールト・マロートラーを主演に起用した。スィッダールトは「Student of the Year」(2012年)の主演の一人だ。最近のヒンディー語映画は、若手で人気の男優と女優を取っ替え引っ替えカップリングして試行錯誤している状態で、ヒロインには「Aashiqui 2」のヒロイン、シュラッダー・カプールをキャスティングしている。他に、リテーシュ・デーシュムク、カマール・R・カーン、アームナー・シャリーフ、シャード・ランダーワー、レモ・フェルナンデス、アースィフ・バスラーなどが出演している。そして変わったところではプラーチー・デーサーイーがアイテムガール出演している。

 ゴア在住のグル(スィッダールト・マロートラー)は、地元ギャングのボス、シーザー(レモ・フェルナンデス)に実の息子以上に寵愛される殺し屋だった。グルはある日、アーイシャー(シュラッダー・カプール)という朗らかな女の子と出会う。アーイシャーは難病に罹っており、余命があまりなかったが、死ぬ前にやるべきことを決め、ひとつひとつ実行している最中だった。グルはアーイシャーの手助けをする内に彼女に惹かれて行く。やがてグルは殺し屋から足を洗い、アーイシャーと結婚して、真っ当な人生を歩もうとする。ムンバイーに移住し、そこの病院でアーイシャーの治療をしたところ、快方に向かった。グルは企業に就職することもでき、順風満帆の人生が始まろうとしていた。

 一方、ラーケーシュ(リテーシュ・デーシュムク)はムンバイーの電話会社に勤める、うだつの上がらない男だった。妻のスローチャナー(アームナー・シャリーフ)ともうまく行っておらず、徐々に精神に異常をきたして来ていた。ラーケーシュは、妻の罵詈雑言から来るストレスを、他の女性を殺すことで晴らすようになる。そしてある日、ラーケーシュはアーイシャーを殺す。そのときアーイシャーは妊娠しており、グルにその吉報を伝えようとしていたところだった。

 中央捜査局(CBI)のアーディティヤ・ラートール(シャード・ランダーワー)は、昔からグルを知っていた。彼はグルに、アーイシャーを殺害したのは、最近ゴアで起こっている女性連続殺人事件の犯人だと情報を与える。グルは、ラーケーシュの息子がアーイシャーの家にあった風車を持っていたことから犯人の目星を付ける。そして彼の後を付け、またも女性を襲撃したラーケーシュに襲い掛かり、彼に瀕死の重傷を負わせる。だが、グルは敢えてラーケーシュを殺さなかった。死ぬような苦しみを何度も味あわすためだった。ラーケーシュは入院するが、そこでグルはアーイシャーが妊娠していたことを知り、さらにラーケーシュに暴行を加える。ラーケーシュはグルの正体を知らず、なぜ彼からこんな酷い仕打ちを受けるのか、全く分からなかった。

 ラーケーシュは病院から逃げ出す。だが、警察が連続殺人事件の犯人としてラーケーシュを指名手配しており、スローチャナーは警察から事情徴収を受けていた。そこでラーケーシュは同僚のブリジェーシュ・ヤーダヴ(カマール・R・カーン)の家に転がり込む。ラーケーシュから経緯を聞いたブリジェーシュは、彼が今まで殺した女とグルは関係があると吹き込む。ラーケーシュはアーイシャーのことを思い出し、彼の父親(アースィフ・バスラー)を殺して、アーイシャーの家でグルが来るのを待ち構えた。ラーケーシュはグルに殺されることで、連続殺人事件の罪までも彼に押し付け、自分は妻の目に「ヒーロー」に映ることを望んでいた。

 ところが、かつてグルを可愛がっていたシーザーが介入しており、スローチャナーと息子はシーザーに誘拐されていた。ラーケーシュは激怒し、グルに襲い掛かって、一時は彼にトドメを刺すところだったが、突然来た自動車に轢かれ、即死する。グルはシーザーの元へ行く。シーザーはラーケーシュの息子を殺すように指示をするが、グルはそのとき、自分の生い立ちや、アーイシャーの最期の望み「人の命を助けること」を思い出す。グルはラーケーシュの息子を養子とする。

 モーヒト・スーリー監督は、いわゆる「バット・キャンプ」に属する映画監督である。マヘーシュ・バットは彼の叔父となる。このキャンプの作る映画には一種の共通した傾向があり、端的に言うならば、イムラーン・ハーシュミー映画に代表される「狂おし系」&「エロ系」だ。破滅系の恋愛に身を狂わす男と女の狂おしい恋愛をエロティックなタッチで描いた映画である。誤解を怖れずに言うならば、日本のミステリー小説と似た位置づけだ。また、映画音楽のヒット率が高いのも特徴である。このキャンプの映画の出来映えには波があるのだが、当たるとものすごく当たる。昨年の「Aashiqui 2」が好例であろう。モーヒト・スーリーは現在、このキャンプの代表的な監督として地位を確立している。

 「Ek Villain」も極度に狂おしい映画だった。まず、いきなりヒロインのアーイシャーが死んでしまう。そこから意表を突かれる。火葬のシーンもあるため、実は生きてましたというオチもあり得ない。これをどうハッピーエンドに持って行くのかが、この映画のポイントであった。

 当然、過去の回想シーンが適宜挟まれ、アーイシャーの人となりが徐々に明かされて行く。彼女の最大の特徴は底抜けの明るさだ。純朴な天使のようにキラキラと輝く女性。殺し屋グルの凍てついた心さえも溶かしてしまう。だが、その笑顔の底には悲劇が隠されていた。彼女は難病に蝕まれており、いつ死んでもおかしくない状態だった。そこで彼女は死ぬ前にやりたいことをたくさんリストアップし、それをひとつひとつ潰す毎日を送っていたのだった。その中で彼女はグルと出会い、彼を暗闇から救い出す。もちろん、インド映画の文脈では「Anand」(1971年)の名を出さずにはいられない。大腸癌に冒され、余命幾ばくない主人公アーナンドの前向きな生き方を中心に展開する映画である。

 おそらく主人公のグルよりも強烈に印象に残るキャラがラーケーシュだ。ラーケーシュは妻のスローチャナーを異常に愛しており、常に彼女の目に「ヒーロー」と映りたかった。だが、被害妄想が強く、誰かから強く批判されると、女性をドライバーで刺してそのストレスを発散するようになる。しかも、殺した女性から装飾品を奪い、妻にプレゼントする癖も付いた。また、同僚のブリジェーシュの存在も彼を落ち込ませる。ブリジェーシュは平気で浮気をしたり女遊びをしたりする男なのだが、口だけは達者で、妻からも上司からも慕われている。ラーケーシュは、真面目な自分が会社でも家庭でも蔑ろにされ、不真面目なブリジェーシュが会社でも家庭でも人気者なのに理不尽さを覚える。この対比がラーケーシュにますますストレスを加えるのだった。

 こうやって見て行くと一番まともなのが殺し屋のグルなのだが、彼も心に深い傷を負っている。彼の父親は賭博に熱中するあまりマフィアから借金をし、返済できなくなって妻共々殺される。机の下に隠れて生き残ったグルはシーザーのギャングに入り、父親を殺した暗殺者たちに復讐を果たした後、シーザーの右腕として頭角を表して行く。この幼少時のトラウマが彼を暴力や殺人に駆り立てる。まるで人を殺すことでトラウマを消そうとしているかのように。だが、アーイシャーと会ったことで彼の心には大きな変化が表れる。彼は最後、ラーケーシュの息子を殺そうとするのだが、それがかつての自分の姿と重なる。アーイシャーがやり残した「人の命を救う」という項目を思い出し、彼はアーイシャーの遺志を継いで彼を助ける。人を殺すことではなく、人を助けることで、彼はトラウマから完全に脱却できたのだった。教会に書かれていた「暗闇は暗闇ではなく光によって解消され、憎悪は憎悪ではなく愛によって解消される」という言葉通り、彼はやっと救いを感じることになる。エンディングは、グルが、アーイシャーと「雨期の最初の雨に踊る孔雀」を見に来た思い出の丘にラーケーシュと一緒に上り、遠くに見える海を眺めるシーンだ。このような暗い映画を、このような救いのある終わり方にできたのは、モーヒト・スーリー監督に才能があるからであろう。

 「Aashiqui 2」は音楽も大ヒットしたが、「Ek Villain」の音楽も十分良かった。「Galliyan」、「Banjara」、「Humdard」など、シットリとした大人の名曲揃いだ。音楽つながりで気になるのはレモ・フェルナンデスの存在である。ギャングのボスを演じていたレモはゴア出身の有名なミュージシャンだ。彼は過去に数本の映画に出演しているが、今回このようなチョイ役で出演したのは意外である。

 「Ek Villain」は、モーヒト・スーリー監督の才能が光る「狂おし系」映画だ。「Student of the Year」でのデビュー以来、好青年役を演じて来たスィッダールト・マロートラーが初めてネガティブロールに挑戦したという見所もあるし、シュラッダー・カプールとの共演も特筆すべきだ。だが、何と言ってもこの映画はストーリーの勝利だ。バット・キャンプの傑作が一本また増えた。


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