Shootout at Wadala

3.5
Shootout at Wadala
「Shootout at Wadala」

 インドの警察用語に「エンカウンター(encounter)」がある。直訳すれば「遭遇」であるが、インドでは警察がギャングやテロリストを特に銃撃によって殺害することを言う。名目上は、犯罪者を逮捕しようとしたところ、武装していて発砲して来たため、正当防衛で警察側も銃火器で反撃し、その結果、犯罪者を殺すことになった、と言う一連の出来事を言うが、相手の武装や銃撃に関わらず、司法をすっ飛ばして犯罪者を手っ取り早く一掃する手段として、特にムンバイーで実行されて来た。

 ただ、インドで昔からエンカウンターが行われて来た訳ではない。インド警察史上初のエンカウンターとして一般的に知られているのが、1982年1月11日にボンベイ(現ムンバイー)のワダーラーで起こった事件である。このエンカウンターでマンニャー・スルヴェーと言うマフィアが警察によって銃撃され、病院への搬送中に死亡した。

 2013年5月3日、インド映画生誕100周年の日に一般公開された「Shootout at Wadala」は、正にこの初のエンカウンターを題材にした映画である。監督は、男臭い映画を撮らせたら右に出る者がいないサンジャイ・グプター。彼は以前「Shootout at Lokhandwala」(2007年)という名前の映画を撮っており、「Shootout at Wadala」は「Shootout」シリーズの第2作という扱いになっている。ただ、ストーリー上のつながりはない。「Shootout at Lokhandwala」の方は、1991年11月16日にボンベイのローカンドワーラーで起こった、マーヤー・ドーラスと言うギャングのエンカウンターを題材にしており、時間軸では「Shootout at Wadala」の方が古い。ただ、両方の映画で共通してキーパーソンとなっている人物がいる。それがダーウード・イブラーヒームである。1980年代から90年代に掛けてボンベイのアンダーワールドを支配したマフィア集団「Dカンパニー」のボスだ。「Shootout at Wadala」の方では、まだ彼が駆け出しのギャングだった頃がサイドストーリーとして描かれているが、実名は避けられており、ディラーワル・イムティヤーズ・ハクサルと呼ばれている。一方、「Shootout at Lokhandwala」の方では、「ドバイに住むボス」として登場する。当時のボンベイのアンダーワールドを題材にしようとすると、どうしてもダーウードの言及は避けられない。

 また、「Shootout at Wadala」にはハージー・マクスードという名前のドンが登場するが、これはダーウード以前にボンベイのアンダーワールドを支配していたハージー・マスターンがモデルになっている。ハージー・マスターンの生涯については「Once Upon a Time in Mumbaai」(2010年)が取り上げており、続編「Once Upon Ay Time in Mumbaai Dobara!」(2013年)でも少しだけ言及されている。

 「Shootout at Wadala」のキャストは、ジョン・アブラハム、アニル・カプール、カンガナー・ラーナーウト、トゥシャール・カプール、マノージ・バージペーイー、ソーヌー・スード、アクバル・カーン、ローニト・ロイ、マヘーシュ・マーンジュレーカル、スィッダールト・カプール、ジャッキー・シュロフ、ラージュー・ケール、アーリフ・ザカーリヤー、サンジーヴ・チャッダー、ヴィニート・シャルマーなど。この映画にはアイテムガールが3人出演しており、豪華だ。登場順に、サニー・リオーネ、プリヤンカー・チョープラー、ソフィー・チャウダリーである。演技力を重視した、かなり渋いキャスティングだが、特に注目すべきはラージュー・ケールだ。個性派男優アヌパム・ケールの弟で、顔がそっくりなので驚いた。音楽はアヌ・マリク、アーナンド・ラージ・アーナンド、ミート・ブロス・アンジャン、ムスタファー・ザヒード。作詞はイルシャード・カーミル。

 なお、この映画は、Sフサイン・ザイディー著「Dongri to Dubai: Six Decades of the Mumbai Mafia」(2012年)を原作としている。Sフサイン・ザイディーはギャングやテロリストを題材とするノンフィクション作家で、彼の処女作「Black Friday: The True Story of the Bombay Bomb Blast」(2002年)はアヌラーグ・カシヤプ監督の映画「Black Friday」(2004年)の原作となっている。

 マノーハル・スルヴェー(ジョン・アブラハム)は、ボンベイのダーダルにあるキールティ・カレッジに通う真面目な学生だった。彼には長年付き合っているガールフレンドのヴィディヤー(カンガナー・ラーナーウト)がおり、結婚を考えていた。しかし、マノーハルの腹違いの兄バールガヴ(ヴィニート・シャルマー)はギャングの一員で、マノーハルは彼の争いに巻き込まれて殺人に関与してしまう。バールガヴと共にマノーハルはアンボールカル(ラージュー・ケール)に逮捕され、終身刑を言い渡される。マノーハルはプネーのヤルワダー中央刑務所に収容される。また、1人取り残されたヴィディヤーは別の男性と結婚してしまう。

 バールガヴは同じ刑務所に収容されていた敵対ギャングのポーティヤーに殺害され、マノーハルも命を狙われることになった。仲良くなったシェーク・ムニール(トゥシャール・カプール)に助言を受け、筋肉男ヴィーラー(サンジーヴ・チャッダー)から訓練を受けて、ポーティヤーを返り討ちにする。そして隙を見てムニールと共に脱獄し、ボンベイに戻って来る。この頃からマノーハルはマンニャーを自称するようになり、ギャングの道を歩み出す。

 マンニャーとムニールは当初、ズバイル・イムティヤーズ・ハクサル(マノージ・バージペーイー)とディラーワル・イムティヤーズ・ハクサル(ソーヌー・スード)の2人の兄弟が牛耳るギャング組織に加入しようと考えた。彼らはジャーナリストのサーディク(アーリフ・ザカーリヤー)を師と仰ぎ、ビンデー警部(マヘーシュ・マーンジュレーカル)と癒着しており、ボンベイのドーングリーを拠点に勢力を拡大していた。しかし、マンニャーとハクサル兄弟は馬が合わず、加入に失敗する。そこでマンニャーは自分のギャングを組織することを決意する。かつて刑務所で出会ったヴィーラー、射撃の名手ギャーンチョー(スィッダールト・カプール)などを仲間に加え、アガル・バーザールを拠点に頭角を現す。マンニャーは、かつてバールガヴを殺したギャングのボス、バースカルを殺し、ハクサル兄弟と対峙するようになる。また、マンニャーは偶然、かつての恋人ヴィディヤーと再会する。ヴィディヤーの夫は既に死んでおり、彼女はレストランのマネージャーをしていた。マンニャーとヴィディヤーの恋が再び燃え上がる。

 その頃、ハクサル兄弟とライバル・マフィアの間で抗争が激化したため、ボンベイで最も畏怖されていたマフィアのドン、ハージー・マクスード(アクバル・カーン)が当事者たちを呼んで、和解を結ばせる。だが、ライバル・マフィアは密かにマンニャーにハクサル兄弟の抹殺を依頼する。マンニャーはまず、ズバイルを殺す。その報復としてディラーワルは、アファーク・バーグラン警視監(アニル・カプール)にマンニャーの殺害を命令する。アファークは拒否するが、警視総監(ジャッキー・シュロフ)は彼に改めてマンニャー殺害を命令する。このとき、警察に「エンカウンター」の許可が与えられた。

 マンニャーはズバイル殺害後、姿をくらましていた。アファーク警視監は、部下のアンバト警部(ローニト・ロイ)やビンデー警部と共にマンニャーの捜索を開始する。マンニャーの仲間たちは次々に捕まるが、なかなかマンニャーの居所は分からなかった。しかし、ヴィディヤーの存在が警察に知れたことで、捜査は急展開する。ヴィディヤーはアファーク警視監に説得されてマンニャーを警察に引き渡すことに同意する。マンニャーが彼女をワダーラーの大学に呼び出したことをヴィディヤーは警察に報告し、マンニャー包囲網が敷かれた。姿を現したマンニャーは警察の銃撃を受け、倒れる。そして病院に搬送される途中でアファーク警視監に今までの話を語り、息絶える。

 ここのところヒンディー語映画界では、実在のギャング、マフィア、テロリストが映画の題材になることが多くなった。何と言ってもヒンディー語映画の本拠地はムンバイーであり、そのムンバイーを牛耳っていた大小のギャングたちは最大の関心事だ。この「Shootout at Wadala」もギャング映画のひとつである。だが、この映画が他のギャング映画の中でユニークなのは、悪名高い「エンカウンター」の起源が掘り下げられていたことである。もちろん、主人公はマンニャー・スルヴェーであり、彼の人生がこの映画の主な題材だ。しかし、元々優等生だった人物が、ギャングの一員だった兄の影響で犯罪者となり、ギャングとなって行く過程は、悲劇ではあるものの、特に目新しい要素を提示できていなかった。これだけだったらこの映画はとても弱かっただろう。それに比べて、むしろサイドストーリーとして描写されていたハクサル兄弟の動向の方が、様々な新事実が提示されており、刺激的であった。

 第一に、ハクサル兄弟とジャーナリストとの関係が非常に新鮮だった。劇中では、犯罪ジャーナリストがギャングの指南役となり、助言している様子が描かれていた。ジャーナリストが情報源としてアンダーワールドに情報屋を飼っておくだけでなく、ギャング同士の勢力争いに介入し、記事にしていた。もちろん、どこまで真実なのか分からないので、映画を観ただけでそれを鵜呑みにするのは危険である。原作を読んでみなければ、ジャーナリストとギャングの癒着について何かを言うことはできない。だが、ひとつの新たな視点を得た。

 第二に、ハクサル兄弟と警察の癒着だ。これ自体は特に目新しいものではない。ただ、この癒着関係からエンカウンターが生まれたとしたら、途端に面白くなる。ハクサル兄弟の兄の方がまずマンニャーに殺され、弟のディラーワルがマンニャーを探すが、地下に潜っており見つからない。そこでディラーワルは警察のネットワークに頼ることを思い付き、アファーク警視監にマンニャー殺害を命令する。アファーク警視監が拒否するが、ディラーワルは「お前が拒否しても上からの命令が来る」と言う。果たしてその通りとなり、直後に警視総監からアファーク警視監はマンニャーを殺害するように命令される。以前までは警察には犯罪者を殺すことが許されていなかったが、このとき初めて、非公式にではあるが、殺害の許可が出る。後にこれが「エンカウンター」と呼ばれるようになる。はっきりとは描写されていなかったが、ディラーワルが警察の上層部に働きかけてマンニャーのエンカウンターをさせたと読み取ることが出来る。前述の通り、ディラーワルはダーウード・イブラーヒームだ。もし、これがいくらかの真実を示しているとしたら、ダーウードが警察を使ってライバルのギャングを殺させたことからエンカウンターが生まれたということになる。その後、エンカウンターは警察の強力な武器となり、ギャングたちの首を絞めることになることを思うと皮肉だ。それまでは警察は犯罪者を逮捕することしかできず、せっかく逮捕してもすぐに釈放されることが多々あった。だが、エンカウンターにより即時に殺される可能性が出来たことでギャング稼業も困難となり、警察とギャングの戦いも熾烈となって行ったのである。

 「Shootout at Wadala」は、緻密な取材に基づいて書かれた本が原作となっているだけあり、それぞれの事件が発生した日時が明示され、リアリティーが追求されていた。ヒロインのカンガナー・ラーナーウトや、3人のアイテムガールがいるものの、基本的には男の映画であり、男臭さマックスだ。ジョンとカンガナーの絡みもかなり濃厚であった。ジョン・アブラハムの演技は力技で押し切っているところが多かったが、基本的には良かったと思う。その他の俳優については元々演技力があるので改めて賞賛するまでもない。音楽の量が多めに感じることもあったが、各挿入歌の質は悪くない。ヒンディー語映画界が愛するダーウード・イブラーヒーム映画の一本として、記憶に留めていい作品だ。