Khiladi 786

3.5
Khiladi 786
「Khiladi 786」

 ハリウッドではヒット映画のパート2、パート3などが作られることはごく一般的であるが、ヒンディー語映画界ではそれはここ5~6年内に始まった新しいトレンドである。ヒンディー語映画界で初の続編映画は「Lage Raho Munna Bhai」(2006年)、「2」が付いた初のヒンディー語映画は「Dhoom: 2」(2006年)、現在もっとも多くの続編が作られているのは「Golmaal」シリーズと「Raaz」シリーズで、パート3まで作られている。

 しかし、それ以前のヒンディー語映画界でも、広義で続編モノと呼ぶことのできる映画群が作られていた。例えば「No.1」シリーズ。デーヴィッド・ダーワン監督は「Coolie No.1」(1995年)、「Hero No.1」(1998年)、「Biwi No.1」(1999年)、「Jodi No.1」(2001年)、「Shaadi No.1」(2005年)と、一連のコメディー映画を作り続けていた。ただ、題名に「No.1」と付くだけで、ストーリー上、キャラクター上、キャスティング上の関連性はない。

 それよりも続編の性格が強いのが「Khiladi」シリーズである。アクシャイ・クマールの人気を決定づけたシリーズで、大ヒット作「Khiladi」(1992年)以降、「Main Khiladi Tu Anari」(1994年)、「Sabse Bada Khiladi」(1995年)、「Khiladiyon Ka Khiladi」(1996年)、「Mr. and Mrs. Khiladi」(1997年)、「International Khiladi」(1999年)、「Khiladi 420」(2000年)と合計7作作られている。やはりストーリーやキャラクターの関連性はないが、シリーズを通してアクシャイ・クマールが必ず主演していることが共通している。それらの事実を根拠にして、「Khiladi」シリーズはインド映画界で最長のシリーズ物とされている。ちなみに「Khiladi」とは「遊び人」「賭博師」「プレイボーイ」や「危険なことをしてばかりの人」みたいな意味がある。

 その最新作「Khiladi 786」が2012年12月7日に公開された。「Khiladi」シリーズ第8作となる。主演はもちろんアクシャイ・クマール。ヒロインはアシン。監督のアーシーシュ・R・モーハンは新人だが、ローヒト・シェッティー監督のアクション・コメディー映画「Golmaal」シリーズで助監督を務めて来た人物であり、期待ができる。ストーリー原案はなんとヒメーシュ・レーシャミヤー。音楽監督・シンガーソングライターとして一世を風靡し、俳優業にも進出した変わり種の人物で、今回は音楽監督と脇役出演に加えてプロデュースも務めている。

 ちなみに、タイトルになっている「786」とは、イスラーム教の「バスマラ」と呼ばれる重要なフレーズ「慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において( بِسْـــــمِ اللهِ الرَّحْمَانِ الرَّحِيمِ )」の各文字を、アブジャド数字という記数法に従って合計したものであり、イスラーム教では特別な数字である。インドでも街角でよく見掛ける数字だ。「Khladi 786」の中で主人公バハッタル・スィンの右手には「786」を象った手相があり、神の恩恵を受けているとされている。また、バハッタルとは「72」という意味で、彼の父親はサッタル(70)、兄はイカッタル(71)、弟はティハッタル(73)、甥はチャウハッタル(74)と名付けられている。

監督:アーシーシュ・R・モーハン(新人)
制作:トゥインクル・カンナー、スニール・ルッラー、ヒメーシュ・レーシャミヤー
音楽:ヒメーシュ・レーシャミヤー
歌詞:サミール・アンジャーン、シャッビール・アハマド、ヒメーシュ・レーシャミヤー
振付:ガネーシュ・アーチャーリヤ、ピーユーシュ・パンチャル
衣装:コーマル・シャーハーニー
出演:アクシャイ・クマール、アシン、ミトゥン・チャクラボルティー、ラージ・バッバル、ヒメーシュ・レーシャミヤー、ラーフル・スィン、ムケーシュ・リシ、マノージ・ジョーシー、シュバム・スィン、サンジャイ・ミシュラー、ジョニー・リーヴァル、バーラティー・スィン、ムシュターク・カーン、グルプリート・グッギー、クラウディア・シエスラ、パレーシュ・ラーワル(ナレーション)
備考:DTスター・プロミナード・ヴァサントクンジで鑑賞。

 バハッタル・スィン(アクシャイ・クマール)は目にも止まらぬスピードと怪力を持つ男だった。警察の制服を着て、パンジャーブ州警察に勤務している振りをしていたが、実際にはパーキスターンから来るトラックから密輸品をせしめて、パンジャーブ州警察のジュグヌー・スィン(シュバム・スィン)と山分けにする泥棒稼業をして生活していた。

 バハッタルの兄イカッタル・スィン(ムケーシュ・リシ)は中国人女性と、父サッタル・スィン(ラージ・バッバル)はカナダ人と、今は亡き祖父はアフリカ人と結婚しているという国際的な家庭であったが、バハッタル自身は花嫁募集中であった。

 一方、ムンバイー在住のマンスク(ヒメーシュ・レーシャミヤー)は、父親の縁組み・結婚式プランナーをする父親チャンパーラール・デーサーイー(マノージ・ジョーシー)の手伝いをしていたが、失敗ばかりで勘当されてしまっていた。そんなマンスクが出会ったのがムンバイーのアンダーワールドを支配するターティヤー・トゥカーラーム・テーンドゥルカル、通称TTT(ミトゥン・チャクラボルティー)であった。TTTにはインドゥ(アシン)という妹がいたが、彼女がかなりのお転婆で、なかなか結婚しないので困っていた。マンスクはTTTに、10日以内にインドゥを結婚させると豪語する。マンスクは屍衣・棺屋のジーヴァン(サンジャイ・ミシュラー)と共にインドゥの花婿捜しに繰り出す。

 マンスクには心当たりがあった。以前パンジャーブ州を訪れたときにバハッタルと出会っており、彼の花嫁捜しも請け負っていた。インドゥを制御できるのはバハッタルしかいないと考えたマンスクは、彼の家を訪れる。マンスクは、バハッタルの一家を警察だと考えていたため、インドゥの父親が警察官であると嘘を付く。TTTもその嘘に合わせて警察官に成り切ることにする。バハッタルの一家はトラックに乗ってムンバイーまでやって来て、お見合いをする。両家はお互いを気に入り、縁談がまとまる。こうして、警察官ではないが警察官の振りをした2つの犯罪者一家が結婚を執り行うことになる。

 ところで、バハッタルもインドゥに一目惚れしてしまっていたが、インドゥは違った。インドゥにはアーザード(ラーフル・スィン)という恋人がいた。アーザードと結婚しようとしていたが、彼は今のところ刑務所にいた。何とか結婚式までにアーザードに自由の身になってもらって結婚しようと画策していたが、アーザードのドジのせいで釈放は延び延びになっていた。

 ひょんなことからマンスクとジーヴァンはバハッタルの一家が警察官ではないことを知ってしまう。だが、彼らはそれをひた隠しにして何とか結婚式を完了させようとする。また、インドゥはバハッタルを刑務所にいるアーザードに引き合わせ、彼と結婚するつもりだと告白する。優しいバハッタルは、アーザードを刑務所から救い出すことに協力するが、インドゥはそのときまでにアーザードよりもバハッタルに惹かれるようになっていた。インドゥはアーザードを捨ててバハッタルと結婚することを決める。また、バハッタルとインドゥは、お互いの家が警察官ではないことも知る。だが、やはりそれを秘密にして、マンスクとジーヴァンと共に、結婚式を完了させてしまおうとする。

 結婚式当日。式は滞りなく進行して行った。そして新郎新婦が火の回りを回る儀式が始まる。ところが、あと少しで儀式が完了するという段になって様々な邪魔が入る。TTTの家で働いていたメイドのミリー(バーラティー・スィン)は実はTV局のリポーターで、結婚式を潜入取材しようとする。バハッタルと共謀して密輸品を猫ばばしていたジュグヌー・スィンや、TTTの正体を知る警察官カンブリー警部補(ジョニー・リーヴァル)なども乱入して来る。そして最後にはアーザードが手下を連れて侵入し、インドゥをさらって行ってしまう。バハッタルはアーザードを追い掛ける。

 アーザードは倉庫跡でインドゥと無理矢理挙式しようとしていた。だが、バハッタルが救出に飛び込み、アーザードの手下たちを次々になぎ倒す。そしてアーザードをも打ちのめす。そこにはバハッタルの一家、TTT、マンスク、ジーヴァン、そしてチャンパーラールなどが駆けつけ、バハッタルの雄姿を鑑賞する。そんな中、ムンバイー警察のパトカーがやって来るが、そこから降りて来たのはティハッタル・スィン(アクシャイ・クマール)、つまりバハッタル・スィンの生き別れの弟であった。彼らは再会を喜ぶ。そしてTTTもバハッタルとインドゥの結婚を認め、自ら2人を祭壇へ連れて行く。

 ミュージシャンとしては成功しながら、俳優としては物議を醸す存在であったヒメーシュ・レーシャミヤーがストーリー原案を考えたという曰く付きのアクション・コメディー映画であるが、その出来は中の上くらいであり、一応楽しめる作品となっていた。ヒメーシュ自身も今回はかなり「俳優」らしく演技をしており、好感が持てた。「Khiladi」シリーズはアクシャイ・クマールの看板映画群であるが、この「Khiladi 786」はむしろヒメーシュの成長をアクシャイが後押しするような内容となっていた。今回ヒメーシュが作った曲も、ヒメーシュらしさを残しながら新たなステージへの飛躍を感じさせるものであった。

 肝心のアクションの方も合格点だったと言える。さすがローヒト・シェッティー監督の下で研鑽を積んだ監督の作品なだけあって、「Golmaal」シリーズなどとよく似たド派手なアクションが目白押しだった。バハッタル・スィンが悪漢らと戦うアクションシーンや、インドゥを乗せてムンバイーを爆走するシーンなどに、それがよく表れていた。ただ、バハッタルがあまりに強すぎた。敵に触れずに吹っ飛ばしてしまうようなシーンがいくつかあったが、ここまで来ると手抜きに思えた。

 コメディー部分は秀逸だった。アクシャイ・クマール自身もコメディーはお手の物であるし、ヒメーシュも献身的にコミックロールを演じていた。さらに、ミトゥン・チャクラボルティーやラージ・バッバルのようなベテラン俳優や、ジョニー・リーヴァル、サンジャイ・ミシュラー、ムシュターク・カーンなどのコメディアンが笑いを加えていた。ストーリーに依存するコメディー要素もバランス良く配分されており、楽しめた。

 アクションとコメディーに比べるとロマンスは力不足だった。ヒロインのインドゥの心情が丁寧に描写されていなかったことがその大きな原因だ。インドゥがアーザードからバハッタルに結婚の対象を変えるシーンも突然過ぎる。それと関連して、アシンも出番が少なかった。「Khiladi 786」はアクシャイ・クマールとヒメーシュ・レーシャミヤーの映画だったと言える。

 音楽監督のヒメーシュ・レーシャミヤーは、かつてインドに大ブームを巻き起こした人物だ。2005年の「Aashiq Banaya Aapne」辺りからそのブームが始まり、2007年頃まで続いた。そのブームに乗って「Aap Kaa Surroor」(2007年)や「Karzzzz」(2008年)などの映画で主演を務めたりもした。だが、そのブームもすぐに下火となり、本業である音楽監督の仕事も激減してしまった。最近になってまたヒメーシュ作曲の映画が増え、「Bodyguard」(2011年)の「Teri Meri」、「Bol Bachchan」(2012年)の「Chalao Na Naino Se」、「OMG: Oh My God!」(2012年)の「Go Go Govinda」、「Son Of Sardaar」(2012年)の「Rani Tu Main Raja」など、順調にヒットも飛ばして来ていたが、この「Khiladi 786」は完全復活を印象づける作品となるだろう。

 「Khiladi 786」にはヒメーシュらしい音楽が多いが、もっとも心に残ったのはヒメーシュ自身がソロで歌う「Sari Sari Raat」だ。彼の声もどこか変わっており、とても透き通った印象を受ける。タイトルソングの「Khiladi」もサビに中毒性がある曲だ。「Balma」では、人気パンジャービー・ラッパー、ヨー・ヨー・ハニー・スィンとタイアップしており、人気を博している。また、「Hookah Bar」ではヒメーシュが作詞も担当している。ちなみに「Balma」ではドイツ人モデル、クラウディア・シエスラがアイテムガールとして踊っている。クラウディアはインドのテレビ番組などに出演しており、インドでは一定の知名度を持っている。映画デビューは今回が初めてだ。

 「Khiladi 786」は、アクシャイ・クマールの出世作「Khiladi」シリーズの最新作であるが、実際にはヒメーシュ・レーシャミヤーの復活を印象づけるアクション・コメディー映画だ。ヒメーシュがストーリー原案からプロデューサー、音楽監督、プレイバック・シンガー、作詞、俳優までを務めており、彼のマルチタレント振りが発揮されている。映画の出来も上々で、普通に楽しめるだろう。