Makkhi

4.5

 南インドの映画スターが、南インドの言語で作られた映画のヒンディー語吹替版を引っさげてヒンディー語映画界に殴り込んで来たことは近年では2回あった。まずはカマル・ハーサン。タミル語映画「Dasavathaaram」(2008年)のヒンディー語吹替版「Dashavtar」が同年に公開された。次は日本でもお馴染みのラジニーカーント。タミル語映画「Enthiran」(2010年)のヒンディー語吹替版「Robot」が同時公開された。だが、ヒンディー語映画界に挑戦状を叩き付ける次なる南インド映画スターが蝿だとは誰が予想しただろうか?

 2012年10月12日より公開中のヒンディー語映画「Makkhi」は、同年7月6日に公開されたテルグ語映画「Eega」のヒンディー語吹替版である。この映画は、恋人を狙う宿敵に殺された男が蝿になって生まれ変わり復讐を果たすという奇抜なプロットが受けて大ヒットした。蝿がインド映画界の新たなスーパーヒーローとなったのである。ヒンディー語版の評判も悪くない。

監督:SSラージャモウリ
制作:サーイー・コッラパティ
音楽:MMカリーム
歌詞:ニーレーシュ・ミシュラー
出演:スディープ、ナーニ、サマンサ・ルース・プラブ、ハンサー・ナンディニー、クレイジー・モーハン、デーヴァダルシニー、アーディティヤ
備考:DTスターDLFプレイス・サーケートで鑑賞。

 ビンドゥー(サマンサ・ルース・プラブ)は小さなペンダントなどを作るのが得意なマイクロアーティストで、かつNGOで働いていた。ビンドゥーの近所に住むジャーニー(ナーニ)は2年間ビンドゥーに求愛し続けて来たが、ビンドゥーはなかなか彼の愛を受け容れようとしなかった。

 あるときビンドゥーは寄付金を集めにスディープ(スディープ)が経営する会社を訪れる。女たらしのスディープはビンドゥーに一目惚れし、何とか彼女を物にしようと画策するようになる。ところが、ビンドゥーの回りをストーカーのように付け回す男の存在に気付く。ジャーニーであった。ビンドゥーもジャーニーのことを気にしていることを知り、スディープはジャーニーを誘拐する。ビンドゥーが電話で正にジャーニーに「愛してる」と伝えたとき、スディープはジャーニーの息の根を止めていた。

 死んだジャーニーは蝿となって生まれ変わった。蝿のジャーニーは前世の記憶を取り戻し、スディープに復讐することを誓う。しかし蝿の身ではスディープに傷を付けることもできなかった。せいぜいスディープの耳元でうるさい羽音を立てて安眠を妨害することぐらいしかできなかった。しかし、次第に妨害の方法を身に付けて行く。蝿のジャーニーは、自動車を運転するスディープの目に突撃し、運転を狂わせる。スディープは大事故を起こすが、幸い命に別状はなかった。しかし、スディープは1匹の蝿が自分に「I Kill You」と挑戦状を叩き付けたことで、蝿を恐れるようになる。

 一方、蝿のジャーニーは何とかビンドゥーに自分のことを伝えようとする。ジャーニーが死んでからビンドゥーは塞ぎ込んでいた。ビンドゥーの兄嫁は、死んでしまった人のことは忘れるようにと言う。しかし彼女はどうしてもジャーニーのことを忘れられなかった。ジャーニーはビンドゥーの涙を使って「I Am Jaani」とメッセージを伝える。ビンドゥーはジャーニーが蝿となって生まれ変わったことや、ジャーニーを殺したのはスディープであることを知る。

 それ以降、ビンドゥーはジャーニーの復讐を助けることになる。蝿用に、殺虫剤を防ぐためのマスクや、スディープの肌を傷付けるための刃物を作る。それを装着したジャーニーはますますスディープへの攻撃を強化する。その仕上げとして、スディープの家に置いてあった大砲の模型を使ってスディープを射殺する計画を立てる。密かに大砲の模型の中に火薬を運び込み、弾丸を込め、あとは照準を定めるだけだった。しかしその大砲の模型には紙くずが詰められてしまい、この計画は水泡と化す。

 1匹の蝿に悩まされ続けたスディープは遂におかしくなり、大事なミーティングを台無しにしたり、会社の金庫に隠してあった現金に火を付けたりする。全てを失ったスディープは、とある呪術師にすがる。呪術師は、ジャーニーが蝿となって生まれ変わり復讐しようとしていることを暴く。そしてスディープの自宅で儀式を行い、鳥に憑依してジャーニーを捕獲しようとする。しかし間一髪でジャーニーは助かる。スディープの自宅では火災が発生し、呪術師は死ぬがスディープは煙の中で気を失う。

 ジャーニーはてっきりスディープが死んだものと思ってビンドゥーの家に戻る。ところがスディープは助かっていた。家中に設置したCCDカメラを分析した結果、ビンドゥーが蝿を助けていることを発見する。スディープはビンドゥーを自宅に無理矢理連れて来て、彼女の首に刃物を突き立てる。ビンドゥーを救うため、ジャーニーはスディープの前に姿を現わすしかなくなる。ジャーニーは片羽根を切られ、飛べなくなる。しかし、火薬を詰めた大砲から紙くずが外れているのを見つける。ジャーニーは自ら火だるまとなって大砲の中に突っ込む。火薬に火が付き、弾丸が発射され、それはスディープに命中する。また、スディープの家では大爆発が起き、スディープは今度こそ絶命する。

 蝿のジャーニーは死んでしまったが、また蝿となって生まれ変わり、ビンドゥーを守り続けていた。

 蝿が主人公の映画と言うことで、観客は大部分の時間、大スクリーンで蝿を見続けることになる。大半の人にとっては、蝿の大写しを見続けるのは普通気持ちのいい体験にはならないだろう。だが、不思議とこの「Makkhi」に登場する蝿は、そういう不快な気持ちを引き起こさなかった。決してディズニー映画のように可愛くディフォルメされている訳ではない。正真正銘の蝿だ。ストレートに蝿である。最初は多少抵抗を覚えるかもしれない。しかし、すぐに慣れてしまい、むしろ観客は蝿と一体となる。そして蝿となって生まれ変わったジャーニーの復讐劇を一生懸命応援する。日頃は憎まれ者の蝿にここまで感情移入できるようになるとは。完全にアイデアの勝利。SSラージャモウリ監督に拍手を送りたい。

 やはり素晴らしいのは、蝿という、人間から憎まれる存在でありながら、人間におよそ身体的危害を加えることができそうにもない生き物に、人間への復讐をさせた点にある。普通に考えたら蝿が人間を殺すなんてことはできないはずだが、劇中ではしっかりと手順を踏んで蝿の復讐劇を追っており、説得力を持たせてある。か弱い存在が巨悪に立ち向かい、打ち勝つ様子を見るのは痛快なものだ。

 蝿のジャーニーはスディープに復讐を果たした後、一旦は死ぬが、また蝿となって生まれ変わる。人間が蝿に転生した後、また蝿に生まれ変わるのは可哀想ではないかと思ったが、どうも続編の話もあるようで、このまま蝿のスーパーヒーローが定着して行くのだろうか?

 SSラージャモウリ監督は大ヒット作「Magadheera」(2009年)で知られている。彼の過去の作品のいくつかはヒンディー語にリメイクされている。例えば「Vikramarkudu」(2006年)が「Rowdy Rathore」(2012年)、「Maryada Ramanna」(2010年)が「Son of Sardaar」(2012年)などである。主にアクション映画を作る監督だが、「Eega」は特殊な内容だったのでヒンディー語吹替されて公開されたのだろう。

 蝿の登場するシーンのほとんどはCGで処理がしてあった。蝿にも感情表現がされており、観客は容易に蝿の気持ちを汲み取ることができた。しかしながら、CGに頼ろうと頼るまいと、多くのシーンではスディープのパントマイム的演技が重要であった。蝿に悩まされる様子を巧みに表現していた。スディープは長身でハンサムな俳優だが、決してそれだけではなく、むしろ演技力で魅せられる優れた男優である。二枚目半の演技もものともしない。ハンサムでかつ捨て身のコメディーもできるような俳優は、ヒンディー語映画界では稀だ。スディープは基本的にカンナダ語映画界で活躍しているが、ヒンディー語映画にも時々出演している。

 ビンドゥーを演じたサマンサ・ルース・プラブと、ジャーニーを演じたナーニも南インド映画の俳優である。サマンサはヒンディー語映画「Ekk Deewana Tha」(2012年)に出演したことがある。

 音楽はMMカリーム。ヒンディー語吹替版の歌詞はニーレーシュ・ミシュラーが担当している。決して音楽も売りとなっている映画ではないが、「Makkhi Hoon Main」など、簡単に口ずさめていい。

 この映画を観ていて思ったが、ヒンディー語吹替版の映画で使われるヒンディー語は、強い癖がなく、非常に理解しやすいものとなっている。最近のヒンディー語映画のヒンディー語は方言色が強かったり若者言葉が混じっていたりして、初学者には聴き取り困難なものが多くなっているのだが、「Makkhi」はおそらく聴き取りやすいヒンディー語だと感じることだろう。

 「Makkhi」は、蝿の復讐劇というユニークな発想の映画。大ヒットしたテルグ語映画のヒンディー語吹替版であるが、逆に考えたらヒンディー語吹替されるほど面白いということである。新たなスーパーヒーローの誕生を是非目の当たりにすべきだ。子供も存分に楽しめることだろう。