Heroine

3.5

 リアリズム娯楽映画の旗手として有名なマドゥル・バンダールカル監督は、これまでに「Chandni Bar」(2001年)、「Page 3」(2005年)、「Fashion」(2008年)などの話題作を送り出して来た。彼の映画の特徴は、実際にあったいくつかの話を想像力で補いながらつなげ、娯楽映画にしてしまう点である。彼の映画には必ずどこかで聞いたような話が映画に盛り込まれるため、現実感ある物語となる。それでいて娯楽性が失われていないため、興行的にも成功することが多い。2000年代のヒンディー語映画の方向性を決定づけた監督の一人である。

 2012年9月21日公開の「Heroine」は、マドゥル・バンダールカル監督が映画業界を題材にして作った作品だ。映画業界が舞台の映画はこれまでにいくつも作られて来ているし、彼が今まで撮って来た映画にも映画業界を含む娯楽産業が頻繁に参照された。今回、バンダールカル監督がどのように料理をするか、大きな見所であった。

 主演はカリーナー・カプール。他に、アルジュン・ラームパール、ランディープ・フッダー、サンジャイ・スーリー、ゴーヴィンド・ナームデーオ、シャハーナー・ゴースワーミー、ディヴィヤー・ダッター、パッラヴィー・シャールダー、ムグダー・ゴードセー、リレット・ドゥベー、ランヴィール・シャウリーなどが出演している。また、往年の女優ヘレンが特別出演している。

 マーヒー・アローラー(カリーナー・カプール)はヒンディー語映画界を代表するスター女優であった。しかし、ライバル女優ガーヤトリー(パッラヴィー・シャールダー)との確執や、恋仲と噂のスター男優アーリヤン・カンナー(アルジュン・ラームパール)との破局により、彼女のキャリアは下降線を辿るようになる。

 マーヒーは新たにPR専門家パッラヴィー・ナーラーヤン(ディヴィヤー・ダッター)を雇い、ガーヤトリーの元恋人でクリケット選手のアンガド・ポール(ランディープ・フッダー)と付き合い出す。マーヒーは再び話題の中心になるようになった。しかしながら、女優として完全復帰を目指すには、大きなヒット作が必要だった。マーヒーは、スーパースター、アッバース・カーン(サンジャイ・スーリー)主演の時代劇映画のヒロインの座を、ライバル女優リヤー・メヘラー(ムグダー・ゴードセー)を差し置いて勝ち取る。しかしながら、アッバースの誘惑に乗らなかったことで不興を買い、アイテムガールとして起用されたガーヤトリーの方が大きく扱われ、マーヒーの出演シーンは大幅にカットされてしまった。それでも映画は大ヒットした。

 マーヒーはアンガドからプロポーズされるが、それを受け容れることができなかった。それが原因でアンガドとは破局する。その後、マーヒーはアーリヤンとよりを戻す。アーリヤンは彼女をヒロインにして映画を作ろうとするが、プロデューサーは若手の成長株シャーヒーン・カーンを起用する。これが原因でアーリヤンとも再び破局する。

 マーヒーは低予算映画「Annie」に出演しており、その映画の公開が迫っていた。既にキャリアが終わりかけていたマーヒーは何としてでもこの映画をヒットさせたいと考え、公開日直前に、アーリヤンと自分のセックステープをわざとリークさせる。この作戦は大成功し、マーヒーは一躍時の人となって、映画も大ヒットに変貌した。しかしながら、彼女のよき相談役だった往年の女優シャグフター・リズヴィー(ヘレン)の死をきっかけに映画業界に失望し、彼女は表舞台から姿を消す。2年後、彼女はヨーロッパのどこかで姿が見られた。

 女優を主人公にした映画と言うと、何の背景も持たずに映画業界に飛び込んだ女性が成功の階段を駆け上がるサクセスストーリーがひとつの典型であるが、「Heroine」では、主人公マーヒーがトップ女優の地位にあるところから物語がスタートする。成功した女優にありがちなのだが、マーヒーについてもプライドが高く、わがままで支配的な性格であった。キャリア上で成功しているときは男性関係に悩みを抱えており、男性関係が安定しているときはキャリアが不安定な状態にあるという状態を繰り返す内に彼女は転落して行く。一時は有能なPR専門家の作戦もあって復活するのだが、気難しい性格が災いして彼女の周囲から人が去って行き、最後は孤独になる。最後は自殺で終わらなかっただけまだ良心的であった。

 マーヒーの台頭が描かれていなかったため、映画業界に足を踏み入れて以来、彼女がどう変容して来たのかは不明である。マドゥル・バンダールカル監督がこの映画を通して最も主張したかったメッセージは、特別出演していたヘレンが演じる往年の女優シャグフターの口から語られていた。映画業界は多くの物を成功者に与えるが、それよりも多くの物を奪って行く。それに気付いたときには既に手遅れになっている。マーヒーの人生も正にそれだった。マーヒーは、自身の地位を維持するために手段を選ばなくなり、自分のセックステープを自分でリークするまで落ちぶれてしまう。そうやって手にした成功は虚しいものだった。シャグフターの死により、マーヒーは彼女が語っていた言葉の真意に気付き、映画業界から足を洗うのだった。

 バンダールカル監督の映画では、各業界の汚点が赤裸々に映し出される傾向にある。「Heroine」においても映画業界の汚い部分が描かれていた。しかしながら、題名が示す通り、より集中的にえぐられていたのは女優同士の人間関係だ。表向きはお互いの仕事を賞賛し合いながら、裏では熾烈な足の引っ張り合いが行われている。男優についても、女優を性の対象として見ているような部分が描かれてはいたが、あまり突っ込んで描かれていなかった。

 わがままな女優マーヒーをカリーナー・カプールが演じていたが、実際にはカリーナー・カプール自身が非常にわがままな女優だと言われており、他の女優との確執の噂も事欠かない。正直言って、「Heroine」は彼女の自伝的な映画とも取れる作品であった。既婚で妻と離婚協議中の男優アーリヤン・カンナーとの恋愛は、結婚経験のある男優サイフ・アリー・カーンとの関係を思わせるものだ。中盤でマーヒーは、ヒロイン女優からの脱却を図るため、ベンガル語映画界で著名な監督の低予算映画に出演し、売春婦を演じる。カリーナー自身もキャリアの絶頂期に「Chameli」(2004年)という低予算映画で売春婦の役を演じた。この辺りは彼女の人生そのものだ。また、ヒロイン女優よりもアイテムガールの方が目立ってしまったというエピソードもあったが、これは逆にカリーナーがアイテムガール出演してヒロイン女優を食ってしまったことがあった。「Kya Love Story Hai」(2007年)のアイテムソング「It’s Rocking」である。

 元々、典型的なヒロイン女優として人気を博して来たカリーナーは、正に「Chameli」辺りから演技に力を入れるようになり、現在では大女優の風格を持っている。「Heroine」の演技にも、すっぴんでの登場も厭わないほど、かなりの気合が入っていた。

 ヒロイン中心の映画であり、ヒロインの周囲に複数の男優が散りばめられていたが、スターパワーから言っても、この映画での役柄の重要度から言っても、アーリヤン・カンナーを演じたアルジュン・ラームパールがメインヒーローと言っていいだろう。ヒンディー語映画界切ってのハンサム男優であるが、あまり我が強くない控えめな存在感も併せ持っており、女優中心のグラマラスなこの映画の雰囲気に見事に合致していた。

 「Heroine」は、ヒンディー語映画界においてリアリズムに立脚したユニークな娯楽映画を作り続けて来たマドゥル・バンダールカル監督は、映画業界、特に女優のアップダウンについて取り上げた意欲作である。興行的にはバンダールカル映画としては期待外れのものだったようだが、主演カリーナー・カプールの演技と、彼女の自伝的なストーリーという観点から、大いに見応えのある作品に仕上がっている。