Ishaqzaade

3.5

 ヒンディー語映画界最大のコングロマリット、ヤシュラージ・フィルムスは、大スターを起用した大予算型映画の制作の合間に、新人発掘にも注力しており、近年それが業界全体に非常にいい刺激をもたらしている。「Rab Ne Bana Di Jodi」(2008年)でのアヌシュカー・シャルマー、「Band Baaja Baaraat」(2010年)でのランヴィール・スィンなどが最近のヤシュラージの「発掘品」であるが、「Ladies vs Ricky Bahl」(2011年)でデビューし絶賛を浴びたパリニーティ・チョープラーは異色だ。なぜなら彼女はヤシュラージでマーケティングとPRを担当していた社員だったからである。その社員がまずは脇役として映画デビューを果たし、本日(2012年5月11日)公開の「Ishaqzaade」ではヒロインに起用された。お相手はこれまた新人のアルジュン・カプール。プロデューサー、ボニー・カプールの息子であり、アニル・カプールやサンジャイ・カプールの甥に当たる映画家系出身である。しばらく「Shakti: The Power」(2002年)などの助監督や「No Entry」(2005年)の助プロデューサーを務めていた裏方であった。本作が俳優デビュー作となる。監督は「Do Dooni Chaar」(2010年)のハビーブ・ファイサル。無法地帯でのラブストーリーという「ロミオとジュリエット」タイプのロマンス映画である。

監督:ハビーブ・ファイサル
制作:アーディティヤ・チョープラー
音楽:アミト・トリヴェーディー
歌詞:カウサル・ムニール、ハビーブ・ファイサル
振付:レーカー、チンニー・プラカーシュ
衣装:ヴァルシャー・シルパー
出演:アルジュン・カプール(新人)、パリニーティ・チョープラー、ガウハル・カーンなど
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 ウッタル・プラデーシュ州アルモールでは、州議会選挙を前にライバル政党の政治家一家同士のつばぜり合いが熾烈になって来ていた。立候補しているのは現職アーフターブ・クライシーと、挑戦者のスーリヤ・チャウハーンであった。スーリヤ・チャウハーンの孫パルマー(アルジュン・カプール)とアーフターブ・クライシーの娘ゾーヤー(パリニーティ・チョープラー)は幼い頃からのライバル同士で、選挙を前に若い2人の間でも一家のプライドを賭けた諍いが起こっていた。

 ある日、ゾーヤーは公衆の面前でパルマーを平手打ちする。それ以降パルマーはゾーヤーに対する態度を変え、彼女に言い寄るようになる。ゾーヤーはパルマーに恋をし、二人は内緒でデートを重ねるようになる。身体を求めるパルマーに対しゾーヤーは結婚してからだと制止する。そこでパルマーは翌日にでも結婚しようとする。パルマーはヒンドゥー教徒、ゾーヤーはイスラーム教徒であったが、二人は親に内緒で、ヒンドゥー教方式とイスラーム教方式の両方で結婚式を挙げる。そして二人は廃列車の中で肌を重ねる。

 ところがパルマーは行為を終えると豹変し、平手打ちの復讐として、ゾーヤーの貞操を奪っただけで結婚は茶番だと言い出す。しかもパルマーはゾーヤーがヒンドゥー教徒の衣装をした写真を携帯電話やインターネットで流す。この一件でクライシーはイスラーム教徒からの支持を失い、選挙にも負けてしまう。

 パルマーに騙され、父親にも多大な迷惑を掛けてしまったゾーヤーはしばし落ち込むが、元々気丈で行動派の彼女は銃を持ってパルマーを暗殺しに出掛ける。選挙での勝利を祝うチャウハーン家に潜入し、そっとパルマーに標準を合わせるゾーヤー。ところがそれを制止したのがパルマーの母親であった。ゾーヤーは彼女に全てを話す。母親はパルマーを呼び、彼がゾーヤーにした行動を責め、謝るように命令する。しかしパルマーは聞こうとしなかった。

 一方、ゾーヤーが行方不明となったことでクライシー家の人々は町中を捜索して回っていた。その中で、パルマーとゾーヤーの結婚式を挙げたカーズィー(イスラーム法判事)を捕まえ、事実を突き止める。怒ったアーフターブ・クライシーとその家族はチャウハーン家に押しかける。しかしスーリヤ・チャウハーンは家にゾーヤーがいることを知らず、ここにはゾーヤーはいないと断言してクライシーを追い返す。その後スーリヤ・チャウハーンはゾーヤーを見つけ、殺そうとするが、それをかばった母親が死んでしまう。ゾーヤーは逃げ出し、パルマーは追い掛ける。

 パルマーは、死ぬ間際の母親から「過ちを直すように」と言われたことで改心し、ゾーヤーを助けることにする。パルマーは懇意にしていた娼婦チャーンド(ガウハル・カーン)の部屋にゾーヤーを匿う。そして母親の葬式に駆けつける。そこでパルマーは愛していた母親を殺したスーリヤ・チャウハーンに宣戦布告をし、出奔する。こうしてパルマーとゾーヤーは娼館で暮らすことになった。パルマーとゾーヤーは心を通い合わせるようになり、二人は改めて結婚式を挙げる。

 イードの日、ゾーヤーはもう許してもらえるだろうと考え、娼館を出て、パルマーを連れて自宅に戻る。しかしアーフターブ・クライシーの怒りはまだ収まっておらず、彼女を殺そうとする。パルマーはゾーヤーを救い出し、逃げ出す。二人はバスでジャイプルに逃げようとするが、追っ手に見つかってしまう。そこで二人は大学校舎に逃げ込む。既にパルマーとゾーヤーは、チャウハーン家とクライシー家の両家にとって厄介者となっていた。両家の一族郎党は大学に結集し、協力して二人を殺そうとする。パルマーとゾーヤーは逃げ場を失い、敵に殺されるよりは愛する者に殺されたいと、お互いに銃で撃ち合って心中する。

 アルモールという架空の町における暴力的な政争を背景に、敵対する政治家一家の若い男女が禁断の恋に落ちるという、非常に古典的なプロットのロマンス映画だった。しかも最後に二人は心中してしまう。しかしながら主人公二人のキャラクターが非常に立っており、ストーリーにも極端なアップダウンがあって、観客は無法地帯での許されざる恋愛にグイグイ引き込まれて行く。とても楽しめた作品だった。

 シェークスピア劇のインド映画化はヴィシャール・バールドワージ監督のお家芸だ。「マクベス」を翻案した「Maqbool」(2003年)、オセロを翻案した「Omkara」(2006年)と、どちらも高い評価を得ている。これらの作品に共通するのは、大胆にも北インドの地方都市を舞台にしていることで、乾いた大地と空気が、研ぎ澄まされた人間関係描写を余計強烈に浮き彫りにしていた。「ロミオとジュリエット」の翻案ではないものの、多大な影響を受けていると言える「Ishaqzaade」も、ヴィシャール・バールドワージ映画の轍に従っていた。その点では目新しい点はなかったと言える。

 しかしながら、まずはパリニーティ・チョープラー演じるゾーヤーのキャラクターがとても魅力的であり、この映画に大きな魅力を加えていた。政治家一家の紅一点であり、男勝りの性格で、耳飾りを買うために与えられたお金で銃を買ってしまうような破天荒のヒロイン。父親のように州議会議員になるのが夢で、大学でも積極的に政治活動に関与する。そして額に銃を突き付けられても全く動じない度胸の良さ。それをパリニーティ・チョープラーは堂々と演じ切っていた。パリニーティはデビュー作「Ladies vs Ricky Bahl」でも主役を食うほどの存在感を示していたが、主役になった今そのオーラはますます力を増しており、完全に映画を支配していた。従姉妹のプリヤンカー・チョープラーのようにミスコン出身でもなく、決して絶世の美人という訳でもない。どちらかというとどこにでもいそうな「等身大のヒロイン」だ。しかし女優として大成するのに必要なのは美貌だけではないことを彼女は雄弁に物語っている。きっと大物に成長するだろう。とりあえず目標はヤシュラージ出身女優の先輩アヌシュカー・シャルマーだ。

 ヒーローの新人俳優アルジュン・カプールも非常に良かった。不敵な笑みを浮かべる無精髭の表情が印象的で、デビュー作とは思えないほど堂々と演じていた。最近はランヴィール・スィンやアーユシュマーン・クラーナーなど、似たようなキャラの若手男優が多いのが気になるが、彼もこのまま成長が期待できる男優だ。

 「キスシーンはタブー」、「ベッドシーンは御法度」のイメージが強いヒンディー語映画だが、それは幻想でしかなく、キスシーンもベッドシーンも普通に登場する。「Ishaqzaade」でも、生のキスシーンがあったし、局部の露出はないもののしっかりベッドシーンもあった。特に前半、廃列車の中でのベッドシーンは近年でもっとも美しいベッドシーンだった。しかしその直後にパルマーの冷酷な裏切りがあり、その辺りの突き放し振りはさすがとしか言いようがない。男に騙され、茶番の結婚式を挙げ、貞操を捧げてしまったゾーヤー。今までのインド映画だったら裏切られたヒロインは自殺または自殺未遂をするところであったが、近年では女性キャラが強くなって来ており、ゾーヤーも銃を持って復讐に乗り出す。その復讐はパルマーの母親に止められてしまうのだが、彼女に説得される形で、殺し殺されの復讐ではなく、自分を妻としたパルマーを本当に夫にするため、つまり彼の愛を勝ち取る道を選ぶ。それは獣を手なずけるに等しい行為だったが、ゾーヤーはその困難な道を選ぶのである。そういう意味では、「Ishaqzaade」の主人公はやはりゾーヤーであり、女性中心の映画と言っていいだろう。映画中で何度も「イシャクザーデー(愛の子)」という言葉が出て来るが、これは罵詈雑言の一種「ハラームザーデー(不義の子)」に対する言葉であると同時に、一度愛の道を選んだらそれを貫く男女に与えられる称号だと考えていいだろう。負けて死ぬのではなく、勝って死ぬことをモットーとするパルマーとゾーヤーの愛は、正にイシャクザーデーであった。

 他にガウハル・カーンが娼婦チャーンド役で出演していた。アイテムガール出演かと思ったら意外に重要な役だったが、彼女のキャラクター描写は弱かった。彼女もパルマーに思い入れを持っていたのだが、あっさりとゾーヤーに彼を譲ってしまうのだから。

 ちなみに、映画の最後には、「名誉殺人」で年間多数の男女が殺されている旨が提示され、この映画のストーリーを名誉殺人と関連付けようとしていた。名誉殺人とは、宗教、カースト、ゴートラなど、コミュニティーを越えて恋愛をした男女を、その家族やコミュニティーが殺すことである。しかしこれは蛇足に思えた。インドの社会的問題と切り離して、純粋なラブストーリーとして提示した方がしっくり来る内容であった。

 音楽はアミト・トリヴェーディー。娼婦チャーンドが踊るムジュラー・ナンバーが2つ――「Chokra Jawaan」と「Jhalla Wallah」――があり、どちらも地方都市の荒々しい雰囲気満載だ。しかしもっとも琴線に触れるのは、ゾーヤーがパルマーに恋に落ちる心情を代弁したバラード「Pareshaan」であろう。タイトル曲「Ishaqzaade」もいい曲だ。

 「Ishaqzaade」は、「ロミオとジュリエット」タイプの正統派ロマンス映画。プロットに大きな冒険はないが、パリニーティ・チョープラー演じるゾーヤーが非常に魅力的で、汗臭い男ばかりのむさ苦しい映画ながら、驚くほどに女性中心の映画に仕上がっている。観て損はない映画だ。